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精霊機伝説  作者: 南雲遊火
光神との対決編
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第百五章 エーイーリー

「ッ!」


 ルクレツィアは息を飲む。

 隣のミカも、思わず顔を覆った。


 ハデスヘルの心臓(コックピット)と、よく似た空間。

 けれども、その中央にうずくまる、小さな(少女)


「クルナッ!」


 一歩、少女に歩を進めたルクレツィアの目の前に、バチッと火花がはじけた。


『ルクレツィア様!』


 彼女(かつての主)を守るよう、ミカがルクレツィアと少女の間に割って入る。


『……不完全、かつ、手負いとはいえ、まがりなりにも神を宿す者。うかつに近づいては危険です』

「しかし……」


 ルクレツィアは唇を噛んだ。


 少女の胸からは、どくどくと大量の血が流れている。それは、たとえ大人であっても生きているのが不思議なほどの量で、小さな少女は立ち上がることもできず、苦しそうに荒い息を吐く。


 しかし、怒れる神──少女の瞳だけは、まるで劫火のように輝いていた。


『イザヤ様』


 ミカの言葉に、うむ。と、青い髪の老人は、うなずくと口を開いた。


『おそらく、権能の元である、真なる光の神(エロハ)様に、何かあったのだろうと思うのだが……』


 不意に、クスクスと少女が笑い始めた。


「……かえった(・・・・)の」


 少女の言葉に、一同──イザヤすら、眉を顰める。

 しかし、少女は苦しそうに顔を歪めながらも、嬉しそうに声をあげた。


「孵ったの! おにいちゃん(・・・・・・)が、孵ったのよ!」


 おにいちゃん……? その言葉に、ルクレツィアに悪寒が走った。

 何故だか理由は全く解らないが、まるで、雷に打たれたかのように、震えが止まらない。


 少女の甲高い笑い声が、心臓(コックピット)の中に響く。

 狂気の瞳は、ギラギラと明るく輝いて──。


「お兄ちゃん。こっち……こっちよ」


 少女が、小さな手を、(くう)にのばす。


エロハで(・・・・)足りないのなら(・・・・・・・)わたしをあげるわ(・・・・・・・・)!」



  ◆◇◆



二番目の邪神(エーイーリー)じゃとッ!」


 なんでこがぁなところにッ! と、金の翅の真っ黒な少年を見上げ、アックスはあんぐりと口をあける。


 創造主(エフド)の創りし、生命の樹に宿る十個の実。

 その実に宿る、生命()は七柱。


 しかし、実際は八番目(エロヒム・ツァバオト)六番目(エロハ)に寄生し、十番目(アドナイ・メレク)九番目(シャダイ・エル・カイ)が、丸ごと取り込んでいたことが判明している。


 唯一、行方どころか、存在の有無すら判らなかった二番目(ヨッド)


「エロハの奴、エロヒム・ツァバオトの他にも、抱え込んどったとは……」


 ──しかし。


「アックス。驚いてる、場合じゃない」


 金属のぶつかる感高い音と同時、単調ながらも、やや早口なモルガの声が重なった。


 いつの間にか、兄の手には例のゴツゴツとした剣が握られ──。


「ほう。隙をついたつもりだったのだが」

「いぃッ! 今度は創造主ッ!」


 朱と青の混ざる、高温の炎の色。

 ユーディンの肉体を乗っ取った破壊神(エフド)は、忌々しそうに、仕込杖の切っ先からアックスを守ったモルガを睨みつけた。


「また貴様か。アィーアツブス」

「………………」


 モルガは破壊神(エフド)の剣戟を、幅の広い剣で防ぎ、また、間合いを見ては、無言で振りかぶる(ぶん回す)


 突然の剣戟に驚いて尻餅をついたアックスは、周囲を見回すと慌てて立ち上がり、息も絶え絶えな光の神(エロハ)を、二人から守るよう、彼の側に駆け寄った。


「おい、生きとるか?」


 エロハは仰向けに倒れ、その身から産まれた空に浮かぶ小さな子どもに、手を伸ばす。


「なん……で……エ……イーリ……」


 アックスは小さく舌打ちし、エロハを抱えると、地の神(モルガ)破壊神(エフド)の戦闘に巻き込まれないよう、全身の翼を羽ばたかせ、この場を離れる事にした。


「その傷で悪いが、きっちり答えてもらうぞ。エロハ」


 風の神は一瞬で、オアシスの大きな湖の対岸まで移動する。


「お前、八番目(エロヒム・ツァバオト)だけじゃなく、二番目(ヨッド)まで抱えとったんか」


 一番目の神(エヘイエー)の威厳を、六番目(格下)に示すよう、アックスが言葉を放つたび、ピリピリと震えた。

 ──相手の顔が、|チェーザレ《実は内心ちょっと苦手な相手》だけど、構うものか!


 意識しないように少し視線をそらすアックスに気付くことなく、エロハは口を開く。

 胸の傷から血は止まらないが、それでも、聖域という、光属性にとって心地の良い場所故か、ほんの少しだけ、呼吸は整ったようである。


邪神(エーイーリー)……だけです。私が、持っていたのは……」

「だけ? ……ヨッドは?」


 エロハは、ゆっくりと首を横に振った。


「わかりません……故に、彼女(エロヒム・ツァバオト)邪神(ケムダー)も揃っていましたが、エーイーリー(あれ)は……あれが、全て(・・)、です」


 神と邪神は、表裏一体。二つそろって、初めて機能するもの。

 故に、不完全な八番目(エロヒム・ツァバオト)十番目(アドナイ・メレク)も、ケムダーとキムラヌートを、それぞれ有している。


「故に……本来なら、正常(まとも)に機能するはずないモノでしたので……自分(エロハ)彼女(エロヒム・ツァバオト)に影響しないよう切り離し、凍結させた状態で、自分(エロハ)の奥底に、封じていました」

「そこに、チェーザレ=オブシディアンの魂、か」


 アックスの言葉に、エロハは深く息を吐いて、小さくうなずいた。


「だぶん、エーイーリーは、()の魂を……ヨッドの代理(・・)としたのでしょう……」

「とりあえずそれで、お前から独立して起動自体はできたものの、根本的な出力不足で、姿が子どもっちゅーワケか」


 合点がいった。と、頷くアックスに、目を伏せたエロハが、再度うなずく。


「エーイーリーは……私の邪神(カイツール)の一部に侵食し、そこからも補強をしてはいますが、現状、信仰も(・・・)属性も(・・・)持たない神(・・・・・)ゆえ……いつまで持つか……」

「ほーじゃのぉ……」


 彼の話を簡潔にまとめると、現在エロハは、エロヒム・ツァバオトとエーイーリーの双方から、ガンガンエネルギーを搾り取られている状態で──。


「とりあえず、お前(・・)が干からびる前に、早急になんとかせにゃーならんっちゅーことじゃの」


 言うが早いが、アックスは空へ飛び上がり、黒い子ども(・・・・・)の元まで駆け飛んだ。



  ◆◇◆



 眼下で繰り広げられる戦闘を、金の虹彩が、じぃっと見つめる。


 見つめる。というより、目が離せない。といった方が、正しいかもしれない。


 嫌な奴(エロハ)は側に居ない。


 おまけに、ずっと欲していた自由(・・)を、エーイーリーはようやく、手に入れたというのに。


 なんで? この気持ちは何だろう? と疑問に思うと、『懐かしい』という答え(・・)が、脳裏をよぎって理解する。


 それだけではない。


 欲した疑問(・・)は、すぐさま頭の中に、答え(・・)が、かえってくる。


 理屈はわからない。

 けれど、エーイーリーは短時間の間に、問答を、何度も繰り返した。


 彼らは、何をしている?


 彼らは、何故、戦っている?


 創造主は、何を、望んでいる?


 そして、彼は、全てにおいて、答え(・・)を得た。


「あぁ……」


 エーイーリーは小さく、ため息を吐く。


 実に(・・)全てが(・・・)くだらない(・・・・・)

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