第百二章 失望の光神
「AaAaaAaAaAaaAaaAaaAaAaAaAaaAaaaAaAaAaAaAaAaaaaa!」
「話を聴けッ! サフィリンッ!」
ケムダーの叫び声に合わせ、飛んでくる光線を避けながら、カイは叫ぶ。
ルクレツィアとジンカイトの射撃を援護に、ヘルメガータは接敵。
デウスヘーラーの腕をつかむが、至近距離から光線を叩き込まれ、地上へ叩きつけられた。
「ぐぅッ……」
『無茶しないでくださいッ!』
痛みに呻くカイに、ルツが苛立たし気な声をあげる。
『大体、反転状態で話なんて、できるわけないでしょう?』
「……っちゅーてものぉ」
カイも苦々しく表情を歪めながら、反論をするべく考えた。
が。
そもそも邪神への反転は『神が罪悪感も躊躇いも抱くことなく、人間を皆殺しにできるよう』創造主から備えられた殺戮機能。
自分にも備わる機能故に、一筋縄では解除できないことは、カイもよくわかっている。
「カイッ! 大丈夫か!」
ルクレツィアからの通信に、彼女を心配させないよう、にかっと笑って手を振った。
『……かなり無茶したくせに、調子がいいんだから』
呆れたようなルツの声。
とにもかくにも、ケムダーの反転を解除することから考えなければ……。
白い砂に足をとられつつ、ヘルメガータはよろよろと立ち上がり、繰り広げられる戦闘を見る。
「邪魔をするなと言っているッ!」
アックスとユーディンの連携がとれていないせいか、いつもに比べ、もだもだと動きの悪いアレスフィード。
苛立たし気なユーディンの声が、カイの耳にも響いてきた。
「余が用があるのは、光の神……いや、チェーザレの肉体に宿った神だ! こんな所で、足止めを食らっているわけにはいかぬ!」
「それじゃぁッ!」
突然のカイの大声に、ルツがびくりと肩を震わせる。
叫ぶや否や、飛び上がったヘルメガータは、再度、漆黒の光の精霊機に掴みかかった。
「エロハ! 聴こえとるじゃろッ!」
至近距離から光線がぶつかり、ヘルメガータにの関節が軋む。
同時に、カイの体中に激痛が走るが、構わず叫んだ。
「エロハ! お前と直に話がしたい! 今すぐヘルメガータと、アレスフィードを、お前のところへ案内せいッ!」
言うや否や、ヘルメガータとアレスフィードの姿が、忽然と消えた。
「……は?」
「おいマテッ! そんなのアリかッ!」
突然の事に状況が呑み込めず、呆気にとられるルクレツィアとギード。
しかし。
『あちらさんは、待っちゃくれませんよっとッ!』
暗赤色の鎌が、グルグルと回転しながら飛んできて、緑のウラニアに向かって振りかぶる白銀のウラニアの剣をはじいた。
デウスヘーラーの攻撃からルクレツィアの機体を庇いつつ、ハデスヘルは、ブーメランのように帰ってきた鎌をキャッチ。
『まぁ、そろって初陣のお嬢さんとインドア引きこもりにゃ、ちょっと荷が重いですかね?』
ふふんと得意げなジンカイト。
その言葉に、二人の機体が反応した。
『い、言いましたわね?』
『疫病神の分際で、偉そうに……』
「ち、父上……?」
ルクレツィアの声などきこえていないようで、ウラニアとムニンの声が、怒りで震える。
ムニンのその感情に比例するよう、ムネーメーの出力が上がった。たぶん、ギードの機体も同様だろう。
唯一、精霊の姿や声が見えない聴こえないギードが、状況が理解できず、目を白黒させていた。
『行きますわよギード様! 初陣だろうがなんだろうがッ! 私たちの愛の力! 目に物言わせてみせましょう!』
『ルクレツィア! 目標をデウスヘーラーに固定。なに、私たちならやれるさ』
「えーっと……四等騎士・ザイン。その、皆様……ものすごくやる気になられてて……頑張りましょう。だ、そうです」
ルクレツィアのざっくりとした通訳に、ギードは目をしばたたかせ、「お、おう……」と一応、答えた。
ムネーメーはデウスヘーラーへ、ウラニアはもう一機のウラニアへと向かう。
その動きは、|ヴァイオレント・ドール《量産機》とは思えない機敏さで、それぞれ互角以上に対峙した。
『うわー。発破かかり過ぎたか……素直な子はホント、扱いやすいのかにくいのか……』
舌打ちしながら、ジンカイトは続ける。
『あ、おーい! 乗ってるの一応、ウチの息子と娘なんで、二人とも手加減してくれるとありがたいなーっと……』
『きこえちゃいませんわ! この大馬鹿者ッ!』
パァンッ! とミカがジンカイトを平手打ちにし、唯一その様子を聴いていたルクレツィアは、大きなため息を吐いた。
◆◇◆
「とりあえずはようこそ。我が聖域へ」
もちろん、歓迎はしないけれど。と、精霊機から降りた三人を、光の神は単調な言葉で出迎えた。
よくよく見知った、チェーザレの顔。されど。
長い金の髪に巨大な六対の金の翼。体中に広がる銀の鱗と、元のチェーザレとはかけ離れた、神の姿。
それ以上に、彼が自分に向ける、他人を見る視線に、ユーディンは思わず、口の端を噛んだ。
「お前……その傷は……」
「えぇ、チェーザレ=オブシディアンの首が、落とされた際の傷です」
これはきっと、今後も癒えることは無いでしょう。と、カイの言葉にエロハは淡々と答える。
目尻から涙がこぼれる金の瞳は、ただただ冷たく、要請に応じて「対話には応える」が、ただ、それだけであるという意思を、カイはひしひしと感じた。
「エロハ。その様子じゃ、お前は反転しとらんのか」
アックスが解せないと、眉間に皺を寄せ、光の神に問う。
「えぇ。私はエロハです」
ですが。と、エロハはうっすらと赤い血のにじむ、首の傷に触れた。
「私は善神であるまま、人間に対し、失望しました。私の肉体に刻み込まれたチェーザレ=オブシディアンの最期の瞬間も、エロヒム・ツァバオトの……いえ。サフィリン=ヘリオドールの恐怖と怒りと悲しみも。エロハは全て、肯定します」
故に。と、光の神は、金の目を細める。
「エロハは、不必要な人間との接触を拒みます。エロハは、全ての生物へ太陽を与えません」
エロハの長い爪に──そして指に、首の傷から、赤い血が伝った。
「エロハは、全ての人間へ、光の加護を与えることを拒絶します」
ぞくり──と、一同の背筋に悪寒が走る。
エロハからほんの一瞬、放たれた殺気。
しかし、彼はカイたちに何かしらの危害を加えることなく、そのまま、その場にゆっくりと座り込んだ。
「お帰りください。もう、こちらから話すことはありませんから」
「ま……待て!」
姿が薄れかけた光の神に、ユーディンが手を伸ばす。
「最期と言ったな! チェーザレの! アイツの!」
チェーザレは、本当に、死んだのか?
其れは、心の底から知りたい真実。
でも、そんな事、自分で口にしたくない。
いや、本当は、聞きたくない──。
ユーディンの中の、ぐちゃぐちゃな感情。
しかし、その答えは、エロハではなく、予想もしなかったところから出た。
「あのひとは、此処にいる」
不意の言葉に、思わずユーディンは振り返る。
呟いたのは、カイ──否。
「兄ちゃん?」
ジッと光の神を見つめる、虚ろな赤い瞳。
アックスの問いに答えることなく、モルガは、ゆっくりと歩を進めた。
それは本当に突然で、消えかけていたエロハも、思わず再度、実体化する。
しかし、そんな一同を気にすることなく、モルガは首をひねり、マイペースに光の神に問いかけた。
「あのひとの魂は、エロハが持っている」
ねぇ……そうでしょう?




