やりたいこと
元の世界ではやらなかったこと。
転生後の世界でも、それは別にやらなくていいこと。
■登場人物
『但野 宙』
自分の死をきっかけに、謎の存在から正体不明の力を授けられた人間の男。
肉体的には一般人だが、精神的には何かがおかしい。
『黒狼の少女/月影森のザイラ』
日が照らすことのない暗黒の森、「月影森」で暮らすコボルトの群れと共に生きる謎の少女。
隙あらば人間を殺したい。
・・・・・・・・・・
[献身なる転身]、相手の受けたすべての怪我や病気を回復し、相手が回復したすべての怪我や病気を自分が受ける。
・・・・・・・・・・
目を覚ますと、俺はふさふさと柔らかい寝藁の上に横たわっていた。
全身が気怠い…だが、動こうと思えば動けないほどでもない…そんな感じだ。
酷い疲れだ……いや、疲れか、もしかして[チャクラ]を使えばこれもなんとかなるのか?
物は試しだと[チャクラ]を使う。
全身に生命エネルギーが満ち満ちていく。
指先いっぱいにまで詰め込まれていた疲れは、またたく間に爽やかな風となって身体から吹き飛んでいった。
さらには、どうやら頭も酷使していたらしく、[チャクラ]を使う前と後では明確に思考能力に差があることを感じる。
一瞬で完全回復か…やっぱり凄いな、[チャクラ]。
…これで本当に反動とか無いのか?
俺は[爆熱闘魂]を使用したことで、特技が使えなくなるほど…いや、実際はもう一度[爆熱闘魂]を使用しようとしただけなので、他の特技も使えなくなっていたのかは定かではないが…とにかく、意識を失うほどの疲労感に襲われた…これは[爆熱闘魂]を使ったことによる反動だと考えて良いのだろうか。
あの黒狼…ザイラだったか、彼女の猛攻を受け続けることができた[爆熱闘魂]は実際凄い特技だと思うが、こんなものを使うくらいなら普通に防御力が上がるとか、ダメージが無効になるとか、そういう特技をいつでも使えるように準備しておいたほうが絶対にいい。
俺もいい加減、危機意識を持つべきだった。
ここは俺の元いた世界とは全く異なる、異世界。
二足歩行する犬が槍を持って森の中をうろつき、ダチョウよりも巨大な鳥が群れをなして空を飛ぶ。
そしてさっきは人間の少女が狼に姿を変えて殺意を持って襲いかかってきた。
何が起こってもおかしくない世界だ、身を守る手段はいつでも実行に移せるようにしておこう。
…しばらくの間、ダメージが無効になる特技や、防御力が向上する特技について探してみた。
[影法師]…これはあの黒狼の少女がそう呟いたのを思い出し、もしや自分も使えるのでは?と探してみたところ、案の定だ。
効果は、自分の身体が影の下にあるとき限定で、すべてのダメージを無効化して、しばらくの間は影と同化する…らしい。
影と同化…というのはよくわからないが、そういえば[観察眼]を持ってしても[影法師]を使われたときには完全に見失ってしまっていた、影と同化するというのは相手の視界から完全に消えることができる能力でもあるのだろうか。
この森は密集する大木の葉が空を覆い隠す天幕となっている、つまりそこらじゅう影しか無い。
おそらくこのような場所でならどこだろうと[影法師]は役に立つはずだ、憶えておこう。
他にも色々と有用そうな特技が見つかった。
[血肉の鎧]、維持している間は自分の肉体を鎧のように強固にする。…少し物騒な名前だが、これは使えそうだ。
[妖精の舞]、維持している間は相手の攻撃がまったく命中しなくなる。…一応これも回避の特技だと思うのだが、結局の所どういう効果なのだろうか。
[岩盤返し]、足場を踏み上げることで壁を作る。…これは名前からも効果が想像しやすい、おそらく元の世界にあった「畳返し」と似たようなもので、これが俺の想像通りの技だとしたら即席の防御手段になるはずだ。
[貪食の王]、維持している間はなにかを食べているときだけすべてのダメージを無効化する。…これは言葉通りの効果なのだろうが、なんで食べている間だけダメージが無効になるんだ…。
[邪視]、相手の精神を揺さぶり大きく動揺させる。…なにも、自分の身を守る手段は防御力だけじゃない、防御だけじゃどうしようもない場面もあるかもしれないし、こういう絡めても憶えておいて損はないはずだ。
…しかし、もっとシンプルにダメージの無効化が発動できる特技みたいなのはないのだろうか?
他の防御手段にしても、基本的には使用条件がかなり限定されているものばかりだ。
何か食べていればとりあえずダメージを無効化できるらしい[貪食の王]を除けば、発動条件が厳しすぎて有用とは考えづらいものばかりが揃っている。
そう考えると[堅牢]はある意味すごい特技なのかもしれない、特に発動条件もなく確率だがダメージを無効化できる。
だが、狙ったタイミングで無効化できないのはやはり不便だ、条件が厳しいといっても、やはりいくつかのダメージ無効の特技は使いこなせるようになっておきたいと思う。
…まてよ、そもそも攻撃を受ける前に相手を倒してしまえば良いのではないだろうか。
[飯綱落とし]は黒狼の少女にこそ回避されてしまったが、本当ならあれは捕縛したまま空中に飛び上がるおかげで使われた相手も対応しづらいはずだ。
今までずっと、なんとか命を繋ぐための方法として特技を使って切り抜けてきたが、ガラの扱う[双爪連撃]や[槍投げ]は攻撃に使うための特技だ、俺自身も万が一に備えて戦うための特技はいくつか憶えておいて、すぐに使えるようにしておくべきだろう。
黙々と考え事をしていると、バサリと布をかきあげる音とともに、自分が寝ているテントの中へ誰かが入ってくる気配がした。
「……」
入ってきたのは、あのときの少女。
黒い長髪を後ろで束ねた、殺意の塊。
黒狼に変身して襲いかかってきた…ザイラ、だったか。
「……」
「……」
バチバチと視線が交差する。
無言で見つめ合うその状況は、決してロマンチックなんてものなんかじゃない。
ついさっき死闘を繰り広げたばかりの相手だ、少女といえど油断できない。
一瞬の気の緩みが生死を分ける…本当なら使いたくはないが、また[爆熱闘魂]を使うことも考えておくべきか…。
「……」
「……」
…何も喋らない。
なんだ…なにか用があったんじゃないのか?
それとも、俺が気を許した瞬間に襲いかかるつもりか?
…いくら待っても動きはない…。
ならばと思い、俺はあの時使えなかった[鑑定眼]を使うことにした。
見た目はまったく人間そのものだが、彼女は黒狼に変身した。
コボルトたちと同じように、実際は人間ではないと考えるほうが良いだろう。
[鑑定眼]なら相手の種族を知ることもできる。
それに[影法師]という特技もそうだが、他にも俺の知らない特技を習得しているなら、先に知っておいたほうが色々対策できるだろう。
なるほど、[鑑定眼]…こいつめちゃくちゃ便利だな…。
今後は初めて出会った相手には積極的に[鑑定眼]を使うように心がけていこう。
俺は早速[鑑定眼]を使った。
テントの入口をくぐってから動かないあの少女は…名前は「月影森のザイラ」で、扱う言語はズーラ語。
それから…月影人狼の暗殺者?やはり人間ではなかったのか。
使用できる特技は[影法師][影走][影狼][影打][鉄斬爪][月牙][新月の舞][暗闇の毛皮]…多いな!?
ガラは[ハウリング][槍投げ][双爪連撃][跳躍]の四つだったが、この少女はゆうにその倍だ。
二人を比べると体格はガラが圧倒していたが、技の数にはこれだけの差があったわけか…やはり二人の死闘を止めに入って正解だった気がする。
特にこの森の中で戦うなら無敵の技となる[影法師]がある以上、やはり勝ち目は皆無だと思っていいだろう。
だが、[影法師]なら俺にも使える…というか、ザイラという少女が習得している特技も、どうやら俺はすべて使えるようだ。
…つくづく思うが、あのジャンボカカシが貸し与えたとかいう力はどうなっているんだ?
自分の力が強すぎるだかなんだか言っていたと思うが、まさかこの世界のすべての特技が使えるなんてことは…あるのだろうか…まさかな。
とにかく、俺にも[影法師]が使えるのだ、今度は襲われたって大丈夫なはずだ、…多分。
「……」
「……」
それにしても、なんで何も喋らないんだ?
もしかして、俺が起きていることに気付いていない…?
視線がバッチリ合ってると思ったけど、実は顔を見てただけで目が開いてるかどうかは気付いていないとか…。
いい加減じっと見られ続けてムズムズしてきた。
俺は痺れを切らし、とりあえず上体だけでも起こした。
これなら起きていると流石に気づくだろう。
「……」
「……」
…いや、何も喋らんのかーい。
相変わらず視線はバッチリと交わされたままだ。
いい加減この状況が辛い…そもそも元の世界で、俺はろくに友達というやつを作ることができなかったようなやつだ、その上年齢イコール彼女いない歴だというのに女の子と見つめ合う状況に耐えられる方がどうかしている、今も内心は冷や汗ダラダラだ。
それに……この少女が向けてきているのは、多分敵意だと思う。
敵意は、苦手だ。
俺は、なるべく誰にも嫌われないように生きてきた。
幼い頃から、家族から向けられるその感情の怖さを、嫌われることの怖さを身にしみて思い知っていたからだ。
誰にも嫌われないように…そう思っていたのに、俺には結局、友達の一人すらも作ることはできなかった。
敵意を向けられないように、そのために俺が取った方法は、他人と「仲良くなる」ことではなく、ひたすら他人から「逃げる」ことだった、そうやって毎日の安心を得ていた。
俺は安心を得続けた、毎日安心であることを願って生きていた、そうしたら…いつのまにか…本当に、いつからだろうか、俺は何も満たされない毎日を過ごすようになっていた。
誰にも褒められない、誰からも肯定されない、当たり前だ…俺の周りには、俺自身が誰も寄せ付けなかったのだから。
俺の人生というやつは、俺自身がひとりきりで生きる道を、ひとりきりで死ぬ道を選んでいたのだから。
俺は…俺のやりたいことは…。
「……おい、人間」
「……」
「……おい、返事ぐらいしたらどうだ」
「え…んあ、えっと…」
まずい、完全に気が逸れてしまっていた。
っていうか、いつの間にかめちゃくちゃ距離を詰められ、近くに寄ってきていた。
思わずゴクリと喉を鳴らす。
首筋を嫌な汗が流れ落ちる。
落ち着け、今の俺には[影法師]がある、大丈夫、大丈夫だ。
「ザイラだ」
「…はい」
「…はい…じゃない!
私は、ザイラだ!
で、お前は?」
「え!?
あっ、宙です…但野宙」
「タダのヒロシ…そう…。
…怪我はどうだ、苦しいところはないか?」
「怪我…は、無いと思います。
疲れも、なんとか良くなり…ました」
なんだか普通に会話してしまっているぞ…。
そういえば、イズが俺に危害を加えないように言ってくれていた気がする。
もう襲われない…と、思って良いのか…?
「本当か…?
ハッキリ言うが、私はお前を殺すつもりで攻撃していたんだ。
それなのに何故無事なんだ、お前」
声が低くなり、視線が鋭くなったのを感じる…めちゃくちゃ怖い。
年齢は俺より十以上も若いようだが…だが、それが小柄な女の子だとしても、人を全力で殺しにかかるような存在なのだ、怖くないほうがどうかしている。
精神に影響を与えるような特技を持っているわけではないのだから、これは単純に、もの凄い殺気と威圧を俺に向けているということだ。
特技を使ったことを素直に話したほうが良いのだろうか…。
いや、冷静になれ…俺が[鑑定眼]で情報を見抜いたときに、戦うときの対策になると自分で気づいたばかりじゃないか。
なんでもかんでも教えてしまっては、次は本当に殺されてもおかしくはない…特に、防御手段は使用条件が限定的なものが多く、その手段を封殺されれば今度こそどうしようもなくなる、それはまずい。
ここは適当に誤魔化そう…うまくいくかどうかはわからないが、確かめる手段とかは多分無いだろうし、何を言ってもなんとかなるはずだ、多分。
「あー…俺は、…えーーーっと…」
だめだーーーっ、何も思い浮かばないっ…!
そりゃそうだ、繰り出されたすべての攻撃が、一撃一撃がそれだけで死んでもおかしくないほど強力なものだったのに、それを全部生身で受けきったんだぞ!?
ガラの場合は自分からも攻撃を行い、それで少女に回避や防御の行動を取らせることで少女からの攻撃の機会を減らしていた、そのため俺よりもずっと少ない回数の攻撃しか受けていない、まだ命を繋いだ理由としてはわかる。
だが俺は、あのとき俺からは一切攻撃を行っていない…相手に回避や防御の手段を取らせることがなくなったのだから、あたりまえだがその分だけ猛攻は激しくなる。
俺は自分の体格の倍以上はありそうなガラが、もう少し攻撃を受けたらもしや死ぬのではと思えるような攻撃に対して、そのガラの何倍もの数を生身で受けきったという状況から生き残ったことになるんだぞ…なんだこれ、もう何をどう誤魔化せっていうんだ!?
どう考えても誤魔化しきれない…どうせ話すなら、せめて[チャクラ]だけで凌ぎきったことにしておこう、やはり手の内は明かさないでおくに越したことはない。
肉体の疲労に関してもそうだが、受けた傷が瞬時に回復するなんて、普通じゃ考えられないことのはずだ。
回復した手段だけはどうやっても話さなければ、下手に隠してこれ以上嫌われたら余計に厄介だ。
「…なんだ、何故黙っている」
「……その、実は、自力で怪我を回復する手段があるんです。
特技…[チャクラ]っていうやつを使うと、怪我や病気、疲れが消え去ります。
それを使っていたおかげで、何度攻撃を受けても無事でいられた…んだと、思います…」
頼む…!どうだ…上手く誤魔化されてくれるか…!?
「そうか、無事なら良い」
めちゃくちゃあっさりしてるーーー。
こんなに心配して、すごく損した気分だ…。
いや、特に問題にはならなかったことを喜ぼう。
俺はちゃんと、間違えなかったみたいだ。
……そう、俺は…間違えなかったんだ。
だから、これは聞かないほうが良い。
相手もそのことは話してこないじゃないか。
ならきっと、もう気にしなくて良いはずだ。
俺が悪かったわけじゃない、俺が心配する必要なんて…。
俺が…俺は…
どうする、俺が…俺がやりたいこと…。
いいのか、こんな変なこと聞いて、大丈夫なのか?
俺が生きたいように…やりたいことを、やりたいように…。
絶対にヤバイ…俺の心が、余計なことをするなと…聞くな、逃げろと、全力で警笛を鳴らしてくる。
上手く口が開かない、言葉が口から出てこない、…でも、アレは多分、俺のせいだ。
やりたいことを…。
俺の…、やりたいことを。
「…族長を呼んでくる。
お前はしばらく、ここで静かに待っていろ」
くるりと身を翻し、少女は部屋を出ていこうとする。
迷うな。
俺のやりたいことだろ、どうせ一回死んでるんだぞ、もう…迷うな、俺!
手を伸ばし、少女の腕を掴み取る。
少女の動きが止まった。
だが、振り向かない。
なにか声をかけなければ、そう思うのに、うまく口が動かない。
クソッ、怖い、ダメだ、やっぱり聞けない。
俺の心がそれを拒絶してしまう。
「…なんだ、用がないなら手を離せよ、人間」
「…、…だっ…」
き、聞けない…言葉が出ない…。
もう腕を掴むところまでやってしまったのだ。
それなら、俺がやりたいと思っていたことだけでもしておかなければ。
「…ウグッ!?
ぁがっ…かッ……っ……!?」
視界がバチバチと発光した気がした。
ヤバイ、とてつもなく痛い。
これは悶絶するのもわかる、やはりあのとき、彼女の牙が根本から折れていたんだ。
それだけじゃない…頭が痛い、寒気がする、関節が軋む、腹が痛い、目が痒い…なんだ、なんだこれは。
俺が使ったのは、少女の牙を治せる特技がないかと思い探しておいた、特技[献身なる転身]。
相手が受けているすべての怪我や病気を治す代わりに、それをすべて自分が受けるというものだ。
歯がもげる痛みはある程度覚悟していたが、他のは明らかに俺が関わったものじゃない。
何かの病気…それもかなり深刻な感じだ、こんな状況で整然と立って歩いていたのか、この少女は。
「なんだ…?
やはりどこか痛みがあるのか?」
「……っ……だっ…」
「うわっ…、何だお前…その顔…うわっ…」
なんで今、二回も「うわっ」って言ったんだ、俺は今いったいどんな顔をしてるっていうんだ。
確かにもの凄い痛みがそこかしこに一斉に現れたせいで、ものすごく渋い顔をしていると思う。
でも、「うわっ」って…素で二回も言われた…。
「だっ……、…もう、大丈夫…ですっ…!」
「そ…そうか…いや、ゆっくり安めよ…?」
俺は少女から手を離し、無理やり笑顔を作った、俺は平気だというアピールだ。
それを見た彼女はもう一度「うわっ」と言って、その後は無言でテントを出ていった。
…これでよかったのか?
結局、俺は何がしたかったんだ。
俺も、俺が何をしたかったのかわからなくなってきた。
そう…ただ俺は、あの子が泣いていたのが、ただ気になっていただけで…。
なんだか頭がくらくらする。
思考が定まらない、ふわふわ、グラグラと、俺の意識が沈んでいく。
多分、これは彼女から貰った病気のせいだ…この病気、マジでやばいぞ…なんだ、なんなんだこれは…。
かすかに残る意識を振り絞り、俺はなんとか[チャクラ]を使った。
痛みが引いていく、疲れが吹き飛ぶ、口の中に残った[献身なる転身]の効果で抜け落ちた歯をペッと吐き出し、歯が抜け落ちたはずの場所に歯が生え治っていることを確かめる…大丈夫、ちゃんと生えてる。
…[チャクラ]、これ…本当に使ってて大丈夫なのか…?
・・・・・・・・・・
テントを出ると、なぜだか身体が軽くなった気がした。
テントに入る前は本当にまったく全っ然っ気が乗らず、入ってもどう声を掛けて良いのかもわからず、結局言いたいことは言えなかった。
でもまぁ、言わなくていいだろう、相手は人間だ、いくら御主人の客人だからといっても、そこまで礼を尽くす必要もないだろう。
しかし、入ったときは割と無事そうに見えたのに、最後に振り返ったときの顔は、まるで死体のようだった。
アイツ…実は何かの魔物や悪魔のたぐいではないだろうな…不気味なやつだ…。
しかし、なんでだろうな。
なぜか随分とスッキリとした気分だ、私はアイツには生涯癒えぬ傷を残された、この痛みが私の精神を削り蝕むたびにアイツへの憎悪が…憎悪が……?
……あれ?
・・・・・・・・・・
◆モンスター紹介
『月影雷鳥』
体長は二メートルをゆうに越え、翼を広げると端から端までは六メートルに届くほど巨大な鳥。
栄養豊富な肉、万病の薬となる肝、食えば良い乳を作れるようになるという骨、美しい羽根…あらゆる部分が無駄なく消費できるために、どの部位をどこへ持っていっても需要がある。
しかしその生息域は広大な「月影森」の上空のみ。
空を飛んで空中から狩りに行こうとすると落雷に襲われる危険が極めて高く、そうでなくても月影雷鳥はその巨大でありながら群れで狩りを行うという習性を持ち、一匹が襲われるなら群れの全員で相手を蹴散らした挙げ句に食い殺すという凶暴性を持つ。
巨体であるがゆえに森の中へは殆ど入ってくることはないため、森の中なら狩ろうとするなら反撃を受けにくくなるが、しかし逆に森の中から月影雷鳥を狩ろうとすることも難しい。
なにせ月影森は空が見えないほど大木が密集しているせいで、森の中からだと木の上に登るまでは月影雷鳥が今どこを飛んでいるのか検討もつかなくなる。
しかも月影雷鳥は広大な月影森で一定の場所に群れを維持することなく、餌を求めてぐるぐると回遊しているため、一度木に登って群れの位置を確かめてから移動し、もう一度木に登ったらすでに全く別の位置を群れが飛んでいる…なんてことがほとんど。
月影雷鳥の主な食事は、樹上に生きる昆虫や爬虫類、木の上に姿を表した人間などの生き物である。
月影雷鳥は月影森の環境との相性もよく、その生態系ヒエラルキーの最上位にいる生き物なのだ。