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死闘

いろいろと問題を抱えすぎているコボルトの集落。

もう全滅したほうが良いと思うし、逆に全滅しても自業自得でしょとしか思わない。(作者)



■登場人物

但野(タダノ) (ヒロシ)

自分の死をきっかけに、謎の存在から正体不明の力を授けられた人間の男。

実は精神的にはめちゃくちゃにタフ。だが、肉体的には普通の人間でしか無い。

転生前には過労によって絶命している。


『月影森のガラ』

日が照らすことのない暗黒の森、「月影森」で暮らすコボルトの男。

肉体的にも精神的にも凄まじいタフネスを誇る一級の戦士。


『月影森のイズ』

日が照らすことのない暗黒の森、「月影森」で暮らすコボルトの男。

新しい族長として群れを導いていかねばならない…そのプレッシャーに潰れず、顔を上げて前へ進もうとする強かで確固たる器を持つ。


『黒狼の少女/月影森のザイラ』

日が照らすことのない暗黒の森、「月影森」で暮らすコボルトの群れと共に生きる謎の少女。

イズのことを「御主人」と呼び、仇なす全てを殺そうと牙を剥く。憤怒と憎悪にその身を震わせる狂狼。

 俺は、ここが本当に異世界なんだと改めて思い知らされた。

 二足歩行する犬だって、現実ではありえないことだったが。

 それでも、今俺の目の前で繰り広げられる猛スピードの攻防戦は、ここが元の世界とは全く別物なんだとハッキリと理解させられた。


 ガラは俺と黒狼の間に立ち入り、右から、左から、襲いかかる黒狼の猛攻を尽く御し伏せる。

 だが、槍を投げ放ってしまったガラは、その猛攻を生身で受け、素手で捌き続けている。

 黒狼の鋭い牙や爪がザクザクとガラの身を削っていくが、対する黒狼はガラの攻撃が当たったかと思うと、俺が[飯綱落とし]を使ったときと同じようにボフッと黒い靄になってしまう。

 その間のガラの攻撃は、明らかに素通りしてしまっている。

 手数はガラのほうが多いが、これではほとんど一方的だ、確実にガラにはダメージが蓄積し、黒狼は奇妙な方法でその攻撃を無力化し続けている。


 正直、何故これほどの攻防を目で追い続けることができるのか不思議だった。

 眼の前の激戦は、文字通り「目にも留まらぬ速さ」というべきだろう、剣の達人同士がひたすらに全身全霊で刀の振り合いをしているような、凄まじいパワーとスピードの連続だ。

 もしやと思い、思考を巡らせる。

 …あった、やはり特技のおかげだ…。

 [観察眼]、目標を定めた相手に対しては何があろうと見逃すことがなくなる。

 これは[縄抜け]などとは異なり、使っているという感覚がなかったから、今まで気づくことができなかった。


 激戦を目で追おうとすると、本当に目で追える。

 不思議な感覚だったが、特技のおかげだとわかると腑に落ちた。

 初めて[飯綱落とし]を使ったときも、巨大だったとはいえ空を飛ぶ鳥を、それもとんでもない高さから落下している最中という、コンマ1秒でもずれれば即死だったようなタイミングでもああやって目視で捉えて捕縛できた。

 あれは[観察眼]が働いていたからこそできたというわけだ。


 だが、見えている理由がわかったからと言って、目の前の死闘を止めることができるかと言うと別問題だ。

 結局俺には、ガラが傷つき続け、いつか限界に達して倒れ伏すそのときまでを見ていることしかできない。


 …違う、そんなことはないはずだ。

 まぐれとはいえ、俺は目の前で死闘を繰り広げるガラの攻撃を一度は防ぎ、その相手をする黒狼の攻撃を受け止めてもなお生きている。

 俺に何ができるかわからない、だができることはあるはずだ、迷っている場合じゃない。


 それに、ガラは先に腹を満たしていたとはいえ、まだその眼に生気が宿りきっていなかった、限界は近いはずだ。

 それでもこうして黒狼の相手をしているのは、あのときの約束を守ろうとしているからだ。

 命を捧げると言ったあの言葉だ、あれは冗談や何かの常套句なんかじゃない、大真面目に命をかけて戦ってくれているんだ。


 ダメだ、俺なんかのために、お前みたいなやつが死んで良いはずがあるものか。


 できるかどうかじゃない、守る。

 そう思うと、自分でも驚くほどスムーズに体が動いた。

 頭の中にガラを守るために有用な特技が一つパッと思いつく。

 [キャスリング]、直線移動できる位置にいる単体に接近後、場所を入れ替わってから注目を自分に集める特技。


「んなっ…まてっ、ヒロシ殿…!」


『ガァアアアアアアアッッッ!!』


 これでガラを守れる。

 次は防御、防御だ…回避じゃダメだ、ガラを守るなら、俺がすべて受け切るんだ。

 使えそうな特技は…[爆熱闘魂]、維持している間は身体能力が強化され、ダメージを受けたときに自分の受けたすべてのダメージを回復する絶技。

 なんだこれ、多分防御に使えるような特技じゃない…だが、もう使える特技を探しているような余裕はない、次の攻撃はもうすぐそこだ。

 身体能力強化の効果と、ダメージを受けた直後に回復するという効果に期待して、この特技を使う。

 [爆熱闘魂]は[縄抜け]と同じように、自分で意識して使おうとしないとそうはならないタイプの特技のようだ、[爆熱闘魂]を使おうと意識する…。


 体内を勢いよく炎が駆け巡るような気がした、血流がすべてを飲み込む激流のように流れていくのを感じ取り、骨がきしむほど心臓の鼓動が高鳴る。

 体内の水分が蒸発しそうだと思えるほどの熱が全身を満たし、視界がグラグラと揺れ回る。

 まさか「維持している間は」って、これを維持しろっていうことか…!?


 この世界に来てからこんなのばかりだ、自分の想像を超えるどころじゃない、本当にわからないことだらけだ。

 それでも、今するべきことだけはわかる。

 わかることからやればいい。

 俺は、ガラを守る。

 この群れの問題をどうするべきかなんてわからない、でも俺のためにガラが死んだら、きっといよいよ取り返しがつかないことになるってことだけはわかる。


 全身を満たす熱に悶ながら、俺は黒狼の攻撃を凌ぐために動き出す。


「うっ、っ…ごおおおおおおっ…!」


 身体はなんとか動かせる。

 そして、身体能力強化の効果は予想以上だった、流石に無理だと思っていた黒狼の動きに対応できている。

 だが、気を抜くと[爆熱闘魂]の維持ができそうにない、これを維持している間は他の特技を探すどころか、何一つとして別のことに頭を働かせることができそうにない。

 グラグラと視界を振り回されこそするが、[観察眼]は見ようとするだけでほとんど自動で機能する特技であるためか、相変わらず黒狼の動きは視界に捉えて離さずにいられる。


 大丈夫、今はただ、ガラを守ることだけに集中するんだ。


『シィィィッ!!』


 鋭い爪や牙、更には鉄のような強度に感じた尻尾による打撃、受けきれているとはいえ、攻撃を受けるたびに肉が潰される感覚がする。

 [爆熱闘魂]を維持しているおかげですぐに回復しているのだろうが、痛みを無視できているわけじゃない。

 身体能力強化の恩恵で、肉体の強度も多少は増しているのかもしれないが、一撃で骨が見えるほど肉をえぐり、内臓や血管を破裂させてくるほどの重い攻撃、それがこうして凄まじい速さで何度も繰り出されてくる。

 一瞬でも気を抜いて、どこかで[爆熱闘魂]が維持できなくなったら、俺は多分…即死だ。


 内から身を焦がす熱に思考を焼かれる疲労感に、眼前の黒狼にひたすら骨肉を抉られる激痛に、精神がゴリゴリ削られていく。


 ギリギリだ、ギリギリの戦いだ。


『グッ…!!

 なんだお前、これだけやってなぜ死なない…!!』


 なぜ…なんでだ、なんで俺は死にたくないんだ…。

 そんなもん、知るかよ…今死んだら、絶対にダメだと思っただけだ…。

 彼らが俺のせいで死んでいくなんて、それだけは絶対にダメなんだ…。


 そんな事を考えてしまったせいか、自分が下手を打ったことにすぐ気付いた。

 思考が乱れ、[爆熱闘魂]の維持ができていない。

 全身を満たす熱から解き放たれ、そのかわりとして意識を失いそうになるほどの疲労感が、余すことなく全身に満ちていく。


 力が抜けていく…立っていられない…。


 いまだに視界に捉え続けている黒狼の眼が怪しく光った、今が勝機だと気付いたのだろう。

 鋭い牙を剥き出して、強靭な脚力で地面を蹴り上げ、力なく仰向けに倒れようとしている俺に飛び掛かってくる。

 その牙は、まっすぐ俺の首を目掛けて空を走る。

 これを受けたら、俺は死ぬ。


 [爆熱闘魂]をもう一度使おうとした、だが全身に力が入らない。

 [爆熱闘魂]が発動しているとも思えない、ダメだ、牙が俺の首に、食い込む…。


 ガギッ


『ッッゴアッハァーーーアッッ!?』


 黒狼が素っ頓狂な声を上げて俺の首から口を離し、飛び退いた勢いのままに地面を転がり跳ねた。

 そのまま俺は仰向けに倒れ、首にまったく痛みを感じないことから、どうにか俺は無事だったとわかった。


『ゥグゥゥ…ァガァァ…』


 黒狼はもんどり打って苦しんでいる。

 なんだ、俺の首に何があったんだ、特技は使えなかったはずだ…。

 だが、そこでふと思い出す、最初にガラに襲われたときに無傷となった特技、確率で発動する[堅牢]だ。

 多分あれが、牙の攻撃を受けたときに発動したんだ。

 もしや、全力で牙を立てたらあまりにも硬すぎたため、逃げ場のなくなった力がすべて顎への負担となったのだろうか…。

 猛攻が落ち着いてくれてラッキーだったが、相手の顎のことを想像すると少しかわいそうに思える…。


「ヒロシ殿、無事か!?」


 ガラだ、仰向けに倒れている俺を見下ろしている。


「…ぶ、…じ…」


 口もろくに動かない、とんでもない疲労感だ。

 だが、立ち上がらねば。

 俺が立ち上がらなければ、またガラと黒狼が死闘を繰り広げてもおかしくはない。

 なんとか力を振り絞り立ち上がろうとする、全身がブルブルと震え、生まれたての子鹿のような感じで少しずつ体を起こしていく。


『ゥゥゥ、ゥゥゥァァァ…』


 黒狼だったものは、その全身がサラサラと…砂が風に吹き流されていくように空気に溶けていき、人間の少女の形をその場所に残していく。


「ぐぅぅぉぉぉ…こ、殺すぅ…絶対に殺してやる…」


 涙目になりながらよたよたと少女は立ち上がり、両手で口元を抑えている。

 かたや生まれたての子鹿フォームの男、かたや涙目で口を抑えて悶絶する少女。

 絵面が一気にしょぼくなった気がする。


「そこまでにしろザイラ!!」


 背後から青年の声がする。

 ずいぶんと泣き腫らしたのだろうか、少し枯れた声にはなっていたが、イズの声だ。


「御主人!

 申し訳ございませぬ、すぐにこの人間を始末いたします!」


「ザイラッ!!」


「ひんっ」


 初めて少女らしい声を出した。

 イズの怒鳴り声を受け、その顔は困惑に満ちているようだった。


「ザイラ、俺の目が届かぬうちに何があった。

 なぜガラとヒロシがお前と相対し、そして傷だらけなのだ」


「ご、御主人…人間が集落に…わ、私は始末せねばと!」


「ザイラ…ヒロシは俺の招いた客人だ、これ以上手を出すことは俺が許さぬ」


「ご…、そんっ………御主人……」


 ザイラと呼ばれた少女はみるみるしおらしくなり、眼には悲しみの色が濃くなっていく。

 だが、イズのおかげで、俺は目の前の少女にひとまず殺されなくなったと考えて良いんだろう。

 安心感から、張り詰めていた気が一気に抜け、ガクリと膝をついて崩れ落ちる。

 もう本当に立ち上がれる気がしない、とっくに限界を超えていた。


 両膝を地面に落としたことで、ふと妙なものが地面に落ちていたことに気がついた。

 黒く濁った泥土の上に、白くて綺麗な石のようなものが転がっている。

 なんとなしにそれをつまみ上げると、鋭くてしっかりとした硬さだが、石のような硬質感ではない…。


 これは………あっ。


「あっ」


 俺がこれが何なのか気付いたのとほぼ同時に、両手で口元を抑え続けていたザイラという少女もまた、俺がつまみ上げた物が何なのか気がついたようだ。


「う、ぐ、ひぅっ……ううぅうわああああああああんっ!!」


 少女は俺がつまみ上げた物をダッシュで奪い取り、そのまま飛び上がって森の奥へ消えていってしまった。


「あっ!!

 待て、ザイラ!!」


「ガラ、大丈夫だ、頭を冷やせば戻ってくるだろう。

 それよりヒロシとガラの傷の手当をしたい…ヒロシをテントへ入れる、手伝ってくれ」


 俺はまた、ギリギリで命を繋いだ。

 ここで俺が死ぬことで解決するなにかもあるかもしれない、でもそれじゃダメな気がする。

 俺のやりたいこと…どんなに考えても、どう生きたいかなんてわからない。

 でも、それならとりあえずは、ここにいるコボルトたちの抱える問題は解決させてやりたい。

 薄ぼんやりとそんなことを思いながら、俺はついに、意識を手放した。




◆キャラクター紹介

『月影森のザイラ』

月影人狼の暗殺者。

月影人狼の群れはザイラただ一人を残してすでに全滅しており、ザイラはその唯一の生き残り。

なんとか生き延びようとしたが、ついに自らも行き倒れてしまい絶命寸前だったところをイズに拾われ、さらには無理を通して群れの一員として迎え入れてくれたことに多大な恩を感じており、絶対の忠義を持って接している。

コボルトも月影人狼も、本来は自らのテリトリーを守り、他種族を自らの群れに迎えることを容認することはない。

最後にひとりきりとなって野垂れ死んでいくだけだったというところに現れ、差し伸ばされるはずのないその手を差し伸べて暖かく迎えてくれたイズのその姿は、人狼の少女が盲信するには十分すぎるほどに眩しく映った。

月影人狼にとって牙というものは美しさの象徴であり、より美しい牙を持つものこそが美しいものと見られ求愛されるようになる。

牙が欠けていたり、歪だったりすると当然美しくないとみなされるし、牙が抜け落ちたなどというのはもはや論外である。

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