束の間の平穏
序盤から三回も死にかける最強主人公とかおるんやなぁ…。
■登場人物
『但野 宙』
自分の死をきっかけに、謎の存在から正体不明の力を授けられた人間の男。
こなしてきた趣味の種類は三桁越え。
『月影森のガラ』
日が照らすことのない暗黒の森、「月影森」で暮らすコボルトの男。
他のコボルトと比べるとかなりの巨体。
『月影森のイズ』
日が照らすことのない暗黒の森、「月影森」で暮らすコボルトの男。
他のコボルトと比べると快活で柔和な印象。
『月影森のギナ』
日が照らすことのない暗黒の森、「月影森」で暮らすコボルトの男。
他のコボルトと比べると背中と頭の毛量だけかなり多い。
三人のコボルトたちは、俺一人では何日かかっても食べ切れそうもないような丸々一匹分の巨大鳥の肉を容易く平らげた。
だがその眼には未だ生気の火は灯らない。
よほど衰弱していたのか、それに空腹が満たされはしたがまだ栄養にはなっていないはずだ、改めて見ると気力だけで立ち上がっていたのかもしれないというほど、その全身から疲れや体力の衰えが見て取れる。
様子をうかがっていたところ、一番に食べ終わったコボルトのイズが話しかけてきた。
「…ありがとうございました、久しぶりの食事で気が緩んでしまい、みっともないお姿を晒してしまいました…お恥ずかしい限りです」
コボルトたちは三人共、眼から大粒の涙をボロボロこぼしながら、本当に美味しそうに巨大鳥の肉を平らげていた。
久しぶりというが、それにしたってあまりにも凄い感動っぷりだ、本当にどれだけ食べていなかったのだろうか…。
巨大鳥の肉を渡す代わりに、交換条件として事情は隠さず話して貰う約束だ。
少しでも気になったのなら、思い切って聞いてみたほうが良いかもしれない、事情を聞くならどちらにせよそこの話はされるはずだし。
ちょうどいいので、そのままこちらに話しかけてきたコボルトのイズに聞くことにした。
「えっと…それじゃあ事情をお聞きするついでというか、実際どれくらい食べていなかったんですか?」
「これまでは木の根や種粒を食んでギリギリ凌いでいましたが…それすら口に含まなくなってから今日でちょうど七日です…今日、獲物にありつけなければ、俺達と俺達の群れは確実に次の眠りから覚める事はできなかった…」
な、七日…?それ以前には木の根や種粒だけって、そんな状況で狩りを続けていたのか。
というか、いくらなんでも困窮しすぎている。
上空にはこれだけ肉付きの良い巨大鳥の群れがいたし、ここらへんは見たところキノコが群生している。
食べようと思えばなにか食べれるものもまだあると思うが、そうはならなかった事情があるのか?
「だが、今日はお譲りいただいた月影雷鳥が丸々一匹、それも見たところとても上質なものですから、なんとか群れも食い繋げると思います。
俺達の群れのいる集落には、このあと準備が整い次第、向かいたいと考えています。
集落には俺達と同じように腹を空かせた仲間たちがいるので、できれば事情についてはそちらに着いてからお話できればと思うのですが…勝手な頼みではありますが、俺達の住む集落まで着いてきてもらえないでしょうか。
戦士の誇りにかけて、決して無碍な扱いはいたしません。
余所者であろうとも、事情を話せば皆快く迎え入れてくれると思います。
…といっても、今は碌な饗しも用意できないのですが…それでもよければ、是非とも」
「えっと…着いていくって言うと、どのくらいの距離でしょうか。
それに、俺みたいな余所者が着いていって、その群れというやつは本当に混乱しないのでしょうか」
「ここからそう遠くはありません、数刻も歩けばたどり着けます。
できれば群れの仲間たちにも、あなたのことは俺達の命の恩人であることをしっかりと伝えたい。
俺達は群れで狩りをしますが、冒険者との取り決めで俺達のテリトリーには無闇に足を踏み入れないように約束を取り付けています。
もしも冒険者たちと、俺達のような狩りを行っている最中のコボルトが遭遇したというのなら、俺達は自分たちのテリトリーから出ることがないので、殆どの場合は冒険者たちが俺達との約束を守らなかったということになります。
そしてテリトリーに侵入した冒険者たちのことは、通常なら俺達のような戦士が総掛かりで追い返し、場合によってはその場で殺します。
そのため、事情を知らない者なら誤って命の恩人であるあなたにも襲いかかりかねない、それにそういうテリトリーがあるということもあなたはご存知ではなかった様子ですし、お互いの関係のためにも知っておいてほしいという本音もあります」
なるほど、群れのいるところまで着いてきてほしいと言うからなにかされるのかと思ったが、純粋に善意の申し出のように感じる。
正直、まだ俺のことを食料としてみているのではないかという懸念は拭えていない、一度は食べようとしていたし襲われたことの恐怖が鮮明に脳裏に焼き付いている。
しかし、彼らの様子はどうも、やはり日本の武士のようなイメージを彷彿とさせる。
言葉尻をとらえるようなこともあったが、そもそも約束に対してはきちんと守ってくれている。
見た目も犬っぽいおかげで、襲われたときはひたすら怖かったが、こうして善意や好意を向けられるとむしろ頼もしさのほうが強い。
彼らに襲われなくなる…というのは、決して今の俺に悪い条件じゃないはずだ、そもそも俺は本当にこの世界の知識について何も知らない。
それに、彼らは「冒険者との取り決めがある」と言っていた、これまでの情報を整理するなら、俺は冒険者の立場に近いと考えて良いはずだ、冒険者のことについて少しでも情報を集めることができて、しかも安全に身を寄せられそうな場所だというなら、次はそこで情報収集を続けるのが良いだろう。
コボルトたちは基本的に自分たちのテリトリーからは出ないと言うし、そこだけで情報を集めるには流石に限界がありそうだが…。
だが、なによりもこんな深い森の中で一人で生きていくのはどう考えても無理だ、眼前のコボルトたちですら見てわかるほど衰弱してる上、見るからに屈強そうな彼らですら飢餓に苦しんでいるほど険しく厳しい森なのだから、無闇に一人で動くより彼らを頼ったほうが絶対にマシだ。
少し考えてから、自分自身の身の安全のためにも、俺はコボルトたちの申し出を受け入れることにした。
「わかりました、実は俺もこの地域…のことについてはよく知りません。
それに、冒険者との取り決めというものについても詳しく聞かせてもらえるとありがたいです」
「ありがとうございます、それなら早速ですが、集落へ向かう準備を進めたいと思います。
その後は、俺達に話せることならなんでもお話しましょう、準備が整うまで少しお待ち下さい」
そういえば、最初こそコボルトのガラが場を仕切っていたが、いつの間にかこの三人組を仕切っているのはコボルトのイズになっている。
ガラの方が立場が上だと思ったのだが、実はそうじゃなかったのか?
いや、そもそも俺にはわからないことが多すぎるという問題がある、それにこのことに彼らのごく個人的な事情が絡んでいるなら、やはり俺が今ここで考えたところで答えが出ることはないだろう。
待っている間は暇になってしまったので、自分の使える特技や魔法について思考を巡らせていた。
とりわけ気になっていたのは一番最初に使うことを躊躇ってしまった[神眼]だ。
なんだ、情報吸収って…情報解析とどう違うんだ?
[鑑定眼]の情報解析は、実際使ってみてよく分かる。
この特技を使用すると、彼らの年齢や使用できる特技についてなど、一見して絶対に気づくことができないような情報も理解できてしまう。
…というか彼らも特技とか使えるのか、それなら彼らに使用できて俺も習得しているらしい[槍投げ]という特技を使ってみてもらうのも良いかもしれない…それから、いつか[神眼]という特技を使える人に出会えたら、[神眼]がどういう効果を発揮する特技なのかも聞いてみたいものだ。
どんな効果なのかもわからずにいきなり特技を実践して、また[超跳躍]のようなとんでもないことになるのは御免こうむりたい。
他にも彼らが使える特技にある[ハウリング]や[双爪連撃]も一応俺にも使えるみたいだが…人間の手で[双爪連撃]ってどれほど効果があるんだ?
そんなことを考えていると、ガラ…この三匹の中で、唯一[双爪連撃]を習得しているコボルトが俺に声をかけてきた。
「すまないヒロシ殿、待たせてしまっているな」
見れば他の二人は巨大鳥…月影雷鳥といったか?の下処理を進めている。
内蔵も丁寧に腑分けし、余すことなく持ち帰るようにしているようだ。
様子を伺うに、まだもう少し時間がかかりそうに思える。
「いや、俺もちょっと、いろいろ考え事をしていたので、落ち着ける時間があってありがたいです」
ちょうどいい、手が空いているというのなら[槍投げ]がどういうものなのか、見せてもらうことができないか聞いてみよう。
「…すみません、ガラさんは槍をお持ちのようですが…」
「フハハ、いい加減こそばゆいぞヒロシ殿。
俺達はヒロシ殿を群れに迎えると決めた、ならばもはや俺達の間に隔たりは無用であろう、できれば俺のこともガラと呼んでほしい。
それから、俺はまだ多少行儀の良い会話ができるが、群れの者たちはそうもいかん。
気に障るなら先に謝るが、なんとか慣れてほしいと思う、俺の話しぶりもさほど行儀が良いとは言えぬものだろうしな」
「あ、いや、気にしないでください。
じゃあ…ガラ…は、槍を持ってるみたいだけど、[槍投げ]ってできたりするのか?」
「うむ。
俺は相変わらずヒロシ殿と呼ばせてもらうが、これは俺の誇りの問題だ、重ねて許してほしい。
さて、[槍投げ]か、それなら今ここで披露してみせようか?」
[槍投げ]がどういうものなのか見れるのは願ったりだ、やはり聞いてよかった。
「是非お願いします。
俺も[槍投げ]を試してみたいけど、どうなるのかなぁと考えてたところだったから…」
「…? まぁ、さほど難しいものでもないからな」
そう言うとガラは、片手で持った槍を大きく上体の後ろに構え、全身を引き絞り、流れるような美しい投擲フォームで数メートル先の大木の幹、そのど真ん中に命中させた。
いくら力強いと言っても、石器の槍を巨木の幹に投げて深々と突き立てるなど、常識破りも良いところだ。
「凄いな…」
「これをしてしまうと手持ちの槍を取り戻すまでしばらく素手となるからな、奥の手とする代わりに必殺の一撃となるように研鑽を積む。
槍を失えば、必然接近戦でのみ戦わなければならない。
コボルトの戦士は素早さは優秀だが、それでも近接戦闘では攻撃を躱すことが困難となる。
そのため、俺達にとって槍を手放すというのは、決死の覚悟を決めるということに等しい」
「なるほど…」
ガラは[双爪連撃]が使えるからまだなんとかなるかもしれないが、本当なら槍を投げ終えたらひたすら素手での戦闘を強いられることになる。
…ガラは槍を置いてでも、あのとき俺に戦いを挑んできた。
群れのために、ここにいるあの二人のコボルトの戦士のために、俺に決死の戦いを挑んできたのか。
「ガラ、事情を知らなかったとはいえ、槍を手放せなんて言って、すまなかった」
「いや、命の恩人に謝られることなど何があろう、俺達はヒロシ殿に救われたのだ、誇ってほしい」
「そうか?…そうか」
「ああ、俺はヒロシ殿を誇りに思う」
そうか…俺は、人に誇っていいと言われる何かができたのか。
でも、それはただの偶然だ、偶然食料が手に入っただけ、自分の命が惜しくて食料を明け渡しただけ、別に誇れるようなことなんかじゃないはずだ。
命を救ったのは、本当にただの偶然に過ぎない、俺はそんな誇れるような人間じゃないんだ。
だめだ、これについて考えるのはやめておこう、俺には…誇れるとか誇れないとか、そんなものわからない。
とにかく[槍投げ]についてはよくわかった、結構な距離があっても命中精度はしっかりしてる。
いや、これはガラの技量のおかげということもあるのかもしれない、俺だったらどうなるのか…まぁ、これは今度試せばいいだろう。
そのうちに、どうやらいい感じに時間は潰れたらしく、イズとギナの二人が準備を終えてこちらに声をかけてきた。
いよいよ彼らの群れの集落へ向かうこととなる。
ここから歩けば数刻でたどり着けるというコボルトの集落。
冒険者のこと、この世界のこと、色々と聞かなければならない。
きっと大丈夫だ、まさか今以上に悪い展開なんてそうそう無いだろう。
そうやって特に理由もなく、真っ暗闇の森の中で自分を鼓舞した。
◆キャラクター紹介
『月影森のギナ』
最初に出会った三人のコボルトの戦士の一人。
大戦士ガラ、次期族長イズ、それに続く強さを持つのがギナだ。
ギナは元々別の群れで生きていたが、群れが全滅したことにより放浪のみとなってしまったところを、今の群れが迎え入れてくれた。
迎え入れられたばかりの頃のギナはまだ戦士ではなかったため、迎え入れられたところで食い扶持が増えるだけだったはずだというのにこうして迎え入れてくれたことに多大な恩を感じており、その思いから戦士としての訓練に励み、無事大成した。
余所者であったギナを最も快く受け入れてくれたのは族長の息子だったイズであり、共に戦士としての訓練に励んでいたことで、他の誰よりも連携の取れる優秀な相棒となるまでに成長した。
イズは自分の代の族長の補佐としてギナを側に置きたいと願っているが、それに対しては流石に反対する仲間も多い。
コボルトの群れは縦社会であり、後から群れに加わったものは基本的に最も格下として扱われる。
代を経ることで徐々に馴染んでいくのが通例だが、ギナはよその群れから来てそのままナンバー2のポジションに就こうとするという異例中の異例の存在ということになる。
ギナもその事はわかっているため初めこそずっと拒んでいたが、イズの熱意についには折れるしか無いと納得し、せめて誰からも格下ではないと認めてもらうようにいっそう戦士としての技量を磨くことにした。