異世界転生
初投稿です。
後書きには毎回キャラクター紹介などの雑記を載せていくつもりです。
また、次話以降からは前書きに、今話登場キャラクターの簡単な紹介などを載せていこうと思います。
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俺はただ、楽しい毎日というものを過ごしてみたかっただけなのかもしれない。
「やだっ…もうやめて!」
今となってはよくわからない。
俺にとって毎日というものは、ただただ通り過ぎていくばかりのもので、楽しい思い出というものを欠片も残してはくれなかった。
「ア、アンタなんか嫌いよ! 私のことはもうほっといてよ!」
俺がこうなったきっかけは何だったのだろうか。
結局、いくら考えても答えは出ない。
けれど、それでも、自分がここでするべきことだけは迷わない。
「嫌い!! 嫌い!! アンタなんか…」
俺はこの理不尽な世界で、生きてゆきたいと決めたのだから。
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俺の名前は但野宙。
男性。
会社員。
日々激務に追われ、そのために飲用していた栄養ドリンクの過剰摂取により、心筋梗塞を起こしてあっさり命を落とした。
何で死んでいるなんてわかるんだろうか、それは多分、俺の目の前に山積みになった書類に埋もれるようにして眠る「俺自身の肉体」が突っ伏しているからだろう。
俺には、目の前の俺の肉体が死んでいるんだとなんとなくわかる。
あぁ、大事な書類に、飲みかけのコーヒーがこぼれて染み込んでいく。
キーボードのエンターキーに俺の肉体がちょうど触れているのだろう。PCの画面には、無限にエンターキーを押し続けているせいで、作成中だった書類が空白のままページ数だけガンガン増えていく。
今この場には、俺以外誰もいない。
正確には、俺の肉体と、それを見る俺自身の二人?…って感じだが、この調子なら朝にはすっかり死体のできあがりだろう、蘇生を試してくれる人も多分現れないだろうし、完全に死んだ。
未練や後悔は残っていない、むしろいつ死んでもおかしくないと毎日考えながら過ごしていたし、こうなるのも必然だろう。
「そっか…俺、死んだのか…」
『ソのようだな。』
俺は耳慣れない声に驚き、声のする方に振り向いた。
振り返った途端、さっきまでそこに広がっていた日常はどろりと溶けてなくなった。
俺の肉体が突っ伏しているデスクと、俺の肉体と、そして俺の背後にいたソレだけが、ここに残った。
『ようこソ、旅人よ。』
ソレは、言葉では形容し難い姿をしている巨大なカカシのようだった。
高さは十メートルはゆうに超えているように見えるし、首といえる部分のカカシの骨は細く長い。頭部はまさしくカカシにように取ってつけたように乗せられているだけといった印象だが、乗せられているのは目の部分だけくり抜かれたローマの石膏像のようなものだった。精巧に人の頭を模しているが、首から下はその頭部に不釣り合いなほど細いカカシの骨のような部分だけが伸びているので、違和感がすごい。頭だけ作って放置された石膏像の骨組みとかなのかもしれない。そして、先程の声の主はその近くにいるとか。
だが、そうではないとすぐに分かる。その巨大なカカシは絡み合った骨の束のような腕を持ち上げ、その手で俺の肉体だったものをつまみ上げた。
『わたシのことは案内人とでも思えばいいだろう。
サて、旅人よ、お前はまさシく、シんでシまったようだな。』
「え、あの…あ、あなたは?」
巨大なカカシが、くぐもった機械のような低めの声で話しかけてくる、もはや理解が追いつかない。
いやまさか、これはもしかして神様ってやつなのか?
いやいやいや、冷静に考えてみると、これってもしかして夢なんじゃないか?
俺はひょっとすると、仕事中に眠りこけて、変な夢を見ているんだろう。自分が死んだ夢を見ることもあるらしいし、やっぱりこれって夢なんだろうな。
というか夢じゃなかったらなんなんだこの状況は。
『先程言ったとおりだ、案内人とでも思えば良い。
旅人よ、わたシは惜シいのだ。
人の悲劇が、ソの理不尽が、我が権能を持ってシても悲劇は繰り返サれる、このザまであるわけだ。
嘆かわシいことだ、ソうは思わないか。』
話が見えてこない。
何かを憂いている…ような気がするのだが、身振り手振りがいちいち仰々しく、つままれたままに振り回されている俺の肉体だったものがブオンブオンと空中を舞っていて、正直このジャンボカカシの話を聞くどころじゃない。
「あ、あの!!
さっきから旅人って言ってますけど、ソレって俺のことですか?
あと、とりあえずその手に持ってるものを振り回すのはやめてほしいっていうか、その…」
『ソうだ、旅人よ。
わたシはお前を旅人と呼んだのだ。』
やはり、旅人とは俺のことのようだ。
そして、俺の肉体を振り回さないでほしいという願いはスルーされ、相変わらず振り回されている。
『わたシは悲劇を、ソの理不尽を正シたい、ソのためにはお前が必要だ。
お前には我が権能の一部を貸シ与える、ソシてこの世界と同ジく、悲劇と理不尽が渦巻く嘆かわシき世界を、わたシに変わってお前が変えていくのだ。』
「ちょ、ちょっと、何言ってるか全然わかんないんですけど…」
なんかヤバイ夢だ、いや、夢だったらまだいい、夢であってほしい、だけどこれがもし本当に夢じゃなかったら、嫌な予感がする。
夢だと思う。だが、同時に現実感もある、最初に自分が死んだと感じたのもその現実感からだ、死んだというのがわかった。そしてその感覚からすると、今この状況は間違いなく夢ではないと、俺に警笛を鳴らしてくる。
『旅人よ、臆スることはない。
力を貸シ与えると言っても、お前にあれこれと命ズるつもりはない。
思うままに、自由に使えばソれでよい。
ソれに、今のわたシが直接世界に干渉スるには、ちと力が強スぎる。
分霊でスらこのとおり凄まジい規模となる、厄介なことだ。』
もしこれが現実なら…と焦った俺は、ジャンボカカシの言い分を理解しようと思考を巡らせた。
言い分からすると、「世界を嘆いているが、自分の力が強すぎてそれを実行に移すのが難しい」ってことか…?
だが、それが俺となんの関係があるっていうんだ…第一、俺にそんな世界を変えるような力も、意志もない。力を分けられたところで無駄になるだろう、どうして俺なんかを選んだんだ…?
俺は素直に疑問に思ったことを、とりあえずこのジャンボカカシに聞くことにした。
「あの、世界を嘆いてることとか、ソレをなんとかしたいこととか、なんとなくわかりました。
でも、なんで俺にそんな話を?
そんな事を急に言われても、俺は世界を変えたいなんて思っていません、無理です。」
俺はただの社畜だった。
たしかに俺の人生は悲劇的だったかもしれない、年齢イコール彼女いない歴、生涯を通して友達と呼べる存在もろくにおらず、ヒステリックな家族とは常に不仲で青春時代と呼べる期間は最高に陰鬱な毎日を過ごしていた。
人との付き合いが苦手になってしまったことや、何をやっても誰にも肯定されないことから、どんなことにもやりがいを感じることがなかった俺は、せめて満足感を得たいと願って様々な趣味を持ったが、結局どんな趣味を持っても一つも満足することはなかった。
ひとりきりで生きて、ひとりきりで死んでいく、それは本当に嘆かわしく思われることなのかもしれないが、でもその程度なんじゃないかと俺自身そう思う。
俺一人が死んで大きく世界が変わることがないことと同じように、俺一人が救われたところで世界は大きく変わりはしない。
世界を変えたいとジャンボカカシは言うが、俺には力を与えられたところでその方法は何もわからない、もし力を得たとしても、せめてせいぜい俺みたいなやつ一人を救えるかどうかだろう。
嘆かわしいことなのかもしれない、でもその程度だ。
ムカつくほどに、俺は俺自身の生涯を達観してしまっていた。
今更だが、ひどく虚しい人生だった。
俺が悲観に暮れ始めた頃、ジャンボカカシからは予想の斜め上を行く返事が返ってきた。
『お前だからだ、必ズわかる。
お前はただ、次の世界をただ満喫シていれば良い。好きに過ごシ、好きに渡り歩くが良い。
できぬことはできぬと諦めて良い、やりたいことがあれば思うように成セば良い。
お前は、必ずわたシがお前を選んだことが間違いではないとシるはずだ。』
言うべきことは言ったとばかりに、ジャンボカカシはつまみ上げていた俺の肉体を掲げる。
すると、俺の肉体は白い光の粒となり、ソレを見ていた俺自身の方に集まってくる。
暖かい…自分の体に血が通っていくような感覚がする。
『サらばだ、旅人よ。
願わくばお前が、いつかわたシの願いを果たスように。』
そのセリフを聞き終えると、次に自分の体が光りに包まれていくことがわかった。
直感でまずいと気づいた、これはもう「次の世界」とやらに飛ばされる。
夢なら覚めて終わりかもしれない、でも夢じゃなかったら、わからないことがわからないままだ。
「ま、待ってくれ!
結局お前の言う旅人ってなんのことなんだ、それに力ってどういう…」
俺はジャンボカカシに聞きたいことを伝えようとしたが、その前に視界が大きく揺れた。
聞きたいことは山ほどあるし、俺は何も了承していない。
「理不尽なこの世界を変えたい」と嘆き宣うジャンボカカシは、理不尽にも俺にその願いとやらを託して、俺はそのまま意識を手放した。
り…、理不尽だ…。
◆キャラクター紹介
『????(ジャンボカカシ)』
機械仕掛けの巨像、もつれた糸を紡ぐ者、解決困難な局面に陥ったときに絶対的な力を持って混乱した状況に一石を投じる者とされる。
異世界では「神」として信仰を集めたりもしていたが、とある事情によりその信仰はすっかり失われてしまっている。
信仰を失ってしまい、すべての力が失われようとしていたそのさなか、自分の力を分け与えるべきだと確信できる人物を見つけ出したが、時すでに遅くその人物が絶命したあとだった。
自らに残された時間もわずかとなり、苦肉の策で「転生」という手段を選んだが、それにより残るすべての力を使い果たしてしまったために、その後にその人物がこの「神」の願いを果たしてくれたのかどうかを知ることはできなくなった。
「説明不足も仕方なし、あとは託すのみ」として、再び信仰が得られるその日まで、この「神」はすべての世界から消え、静かな眠りの底に沈む。