第9話:思い出に残る火葬場 その②
その建物の周りはあまり整備されておらず、まさに山の中に建物だけを直接置いたかの様な印象だった。私は建築に詳しい訳じゃないが、どうにもこれは正式な建て方では無い気がする。
「ここ『神代火葬場』では皆様の思い出を焼却させて頂いております」
「思い出……?」
「はい。葬儀というものは、故人の方とお別れするために行われるものです。それはとても大切な事です。ですが、いつしかその大切な思い出すらも忘れられてしまいます」
まあ、そんなものなのだろう。永遠なんてものは無い。そんなものがあったとして、それは苦しみを生むだけだと思う。
男の後に付いていった私達は、やがて広場の様な場所に出た。
広場の真ん中には棺の様な木箱が置かれており、そこに繋がる石畳の通路が伸びていた。更に異様な事に、棺の前には鳥居も置かれていた。
これじゃあまるで神社か何かだな……。
「我々はそうした思い出を永遠のものとして残すために活動しております。ここはそのために建てられたのです」
「凄いですねぇ~これ。えっと、いつ頃出来たんですか?」
「覚えておりません。ですが、そんな事は最早どうでも良いのです。我々の仕事に必要はありませんから」
私はこの場所に言いようも無い不安感を覚えていた。
明らかにここは普通の火葬場ではない。イタズラにしても手が込んでいるし、ここの雰囲気……何か分からないが、あまり長居はしたくない場所だ。
「そちらの方、どうかなさいましたか? お寒いようでしたら、宜しければコートをお貸ししますが」
「い、いや……いいよ。いらない」
「左様で御座いますか。……さて、私の方から説明出来る事柄は全て説明致しましたが……」
多田敷さんがキョロキョロと周りを見渡す。
「ここって……変わった造り、ですよね? この造りに何か理由が?」
「そうで御座いますね。まず鳥居で御座いますが、鳥居というものは神様の通り道として設置されているというのは御存知ですか?」
「はい! バッチリ知ってます!」
「物には魂が宿るのです。よく『百年使った品物には魂が宿る』と言いますでしょう?」
「九十九神の考え方ですね?」
「ええ。実際には百年経たなくても宿るのです。人が大切に使っていた物なら、思い出を持っている物なら……」
九十九神……妖怪ものの漫画とかでよく見る存在だ。大体が元になった物に手足が生えたような形で描かれる。正直言って信じたくない。これを信じたら、呪いの日本人形とかを信じるはめになる。
「普通ですと、故人が使われていた物は大切に仕舞われます。ですが、これは思い出を、記憶を封じ込める事と同じなのです」
「それはつまり、さ……その思い出の詰まった物を燃やして故人の元に送る、と……そう言いたい訳?」
男は静かに首を振る。
「いいえ。私達が行っているのは、記憶の共有です」
「共有……?」
「ええ。持ち主様はお亡くなりになっても大切な思いでは失くしません。ですが、他の御遺族の方々は忘れてしまいます。それどころか、そもそも知らないと言う方もいらっしゃるのです」
それはそうだろう。普通、他人の記憶なんて知る筈が無い。何を言ってるんだこいつは……。
「それでは駄目なのです。忘れられるという事は恐ろしい事です。初めから存在していなかったのと同じなのです」
どうにもこれは普通じゃないな……初めから薄々感じてはいたが、やっぱりいつものオカルトじゃないか……それも本物の……。
私は思わず上着を握る。
「そう、か……分かったよ。助かった、説明ありがとうマジで感謝だよ、それじゃあ」
踵を返し、帰ろうとすると多田敷さんに腕を掴まれた。
多田敷さんはこちらに顔を向けずに男と会話を続ける。
「それって、体験出来たりします?」
「故人本人様からの許可が下りている物でしたら、可能で御座います。ですが、どうか忘れないで頂きたい事が御座います」
男は空虚な目で私達を捉える。
「これはあくまで、『思い出の火葬』で御座います故、遊び半分な気持ちでいらっしゃるのならお止め頂きたい」
「いえいえ! 遊び半分だなんて! 物も持ってますよ? ほら!」
そう言うと多田敷さんは背中に背負っていたリュックから何やら封筒を取り出した。
「そちらは?」
「これは私のお祖母ちゃんが昔書いてた小説です! 結局賞とかにも出さなかったらしいんですけどね」
多田敷さんの祖母が小説を書いていたというのは初耳だった。今まで聞いた事も無かった。私が聞かなかったからか……?
「少し拝見しても?」
「ええ、どうぞ」
男は封筒を受け取ると中に入っていた古びた原稿用紙を取り出し、読み始めた。しかし、以外にも男は最後のページまで読む事は無く、そのまま封筒の中に戻した。
「なるほど。どうやらこれは貴方様の御婆様の記憶、思い出が詰まっている様ですね。火葬するに値するものだと感じました」
「じゃあ!」
「ええ。準備致しましょう」
そう言うと男は後ろの建物の中に入っていった。
多田敷さんが私の腕を離す。
「やったね! かしのん!」
「……やったねじゃないよ。どう考えてもこれおかしいでしょ? これ今までのと同じで本物じゃん……」
「そーだよ? そりゃあ私だってちゃんと事前調査位はしてるからね。なるべく本物に当たれる様にさ!」
「……帰るよ」
今度はこちらから腕を掴み、無理矢理引っ張って帰ろうとする。しかし、普段から家に居る私にとっては、女性一人を動かすというのは不可能な事だった。
「ほらほらかしのん。そんな引っ張ったら危ないよ?」
「ここに居る方が危険でしょ……!」
どんなに力任せに引っ張っても多田敷さんはビクともせず、そうこうしている内に男は何やら道具を持って帰ってきた。
「どうなさいましたか?」
「いえいえ! 何でもないんですよ! それより、その道具は?」
「見ての通り、松明で御座います」
確かに男の手には先端部に何かを巻いた木の棒があった。
「これを用いて火を点けるのです。準備が宜しいようなら、すぐにでも開始しますが?」
「はい! お願いします!」
「畏まりました」
そう言うと、突然松明の先端部に火が点き、男はそれを掲げた。
いったい今のはどうやったんだ……何も着火に使った痕跡はなかった。一応自然発火するものも世にはあるが、それを使った様には見えなかった。
男は木箱へと近付くと蓋を開け、そこに封筒を仕舞いこんだ。そして、松明をゆっくりと木箱に下ろし、接触させると瞬く間に火が点いた。
おかしい……いくらあの箱が木で出来ていると言ってもあんなに簡単に火が点くとは思えない。どう考えても異常な火の点き方だった。
炎はどんどん強くなり、やがて木箱そのものを包み込む程の炎となった。
「……熱いな」
「まあ目の前で火が燃えてたらこんなもんでしょ」
何となく感じた体の火照りはやがて増幅していき、体中から汗が出始めた。だが、普通に熱いという感覚とはまた違う様な感覚でもあった。熱いのだが、そこまで嫌では無い様な今までに私が体験したことの無い感覚だった。
火が強くなっていく中、男が口を開く。
「皆さん、忘却してはいけません。記憶に留めて下さい。この美しき魂を、この素晴らしき思い出を。そして焼却しましょう。焼却せよ、棄却せよ。我ら黄昏より出者。輝かしき未来へと進む者。さあ、時は来ました。……記憶せよ」
その瞬間、私の体に衝撃が走ると共に、脳内にイメージが流れ込んできた。それは私の身に覚えの無い文章の記憶だった。いくつもの文字のイメージが一気に頭の中に流れ込み、体の火照りも最高潮に達しているのを感じた。
私はまるでインフルエンザに罹った時の様に体の自由が利かなくなり、多田敷さんにもたれる。
「何……これ……?」
「どうしたの、かしのん?」
私とは反対に、多田敷さんはケロッとしている。顔も火照っておらず、熱さも感じていない様だ。
さっきの男の言ってた事から考えるに、あそこで燃やされたものは他の人間の記憶に埋め込まれるんだろうか? だから私の脳内にあの小説のものと思われる文章が次々と浮かんでくるんだろうか? 多田敷さんは元々あの内容を知っていたから、私みたいになっていないのだろうか? 初めから、記憶しているから……。
何度も考えをまとめようと頭を働かせたが、熱を帯びた体のせいで考えが上手くまとまらず、私は目の前で燃え盛っている木箱を見つめる事しか出来なかった。