第8話:思い出に残る火葬場 その①
後ろから体を揺する音が聞こえてくる。
さっきからずっとこんな感じだ。言いたい事があるなら早く言えばいいものを……。
私は痺れを切らし、椅子に座ったまま後ろを向く。
「ねぇ、それ止めてくれる? 気が散るんだけど」
「あっ、そうですね! いやぁすみませんすみません」
多田敷さんは笑いながら頬を撫ぜる。
また何か隠している事があるのだろう。大方予想はついている。どうせいつもの様にオカルト話を持ってきて、調査しようとか言い出すのだろう。
放っておきたいのが本心だが、もしここでそのままにしておいたら、また体を揺すり始めるだろう。そうやれば私が気が散って作業出来なくなるのを知っているのだ。
仕方なく私は自分から話を振る。
「……で? 今日はどんな話を持ってきた訳?」
「おおっ!? 樫野先生から振ってくるとは珍しい! こりゃ明日は雨ですねぇ!」
多田敷さんがわざとらしく驚く。
こうなる事が分かっていた癖に……。
「そういうのいいから。それで?」
「ふふん! 実はねぇ、今日はこれ!」
そう言うと彼女は一枚のチラシの様な物とタブレットを鞄から出し、机の上に置いた。
「これは?」
「まずはね、このチラシ見て欲しいんだ」
言われた通りに見てみると、そこには『思い出に残る葬儀を』と書かれた火葬場の写真が載っていた。会社名の所には『神代火葬場』と書かれていた。
別におかしい所は無い。強いて言えば、『思い出に残る葬儀』という部分だ。火葬場なのにここまで書くだろうか?
「……別におかしくないと思うけど」
「まあまあ待ってって。次はこれ!」
多田敷さんがタブレットを操作すると、衛星写真と思われる俯瞰の写真が表示された。
写真の真ん中には木々に囲まれた一つの建物が建っていた。この写真ではどういう建物なのかよく分からないが、恐らくこのチラシに載っている施設なのだろう。
先程のチラシと比べると、この写真には違和感があった。この建物の周りには全くと言っていい程に道が無かった。道路どころか、獣道すら見当たらないのだ。
「……ここ、このチラシのとこ?」
「そう! 察しがいいねぇ! ここさ、道がどこにも無いよね? こうやって宣伝してるのにさ」
「まぁそうだけど……誰かのイタズラでしょ」
こういう道が無いのに山奥に建っている建物というのは他にもある。大体が昔建てられて今では使われなくなったものだ。別段珍しいものでもない。
「まあかしのんの気持ちも分かるんだけどね? うちの編集陣はそうは思ってないみたいなんだよね」
「仮にこれが異常なものだとして、私が行く必要ある? 見た感じ山奥みたいだし、気付く人も少ないでしょ」
「うぐぐ……それはそうかもだけど……。ほらでも気にならない? イタズラならイタズラでさ? こういう廃墟って中々お目に掛かれないよ?」
「今のご時世、ネットで調べればいくらでも画像が出てくるよ。無理に行く必要がない」
「ん~? でもかしのんってぇ、そういうの怖くて一人じゃ調べられないよねぇ?」
……何で知ってるんだ。彼女に話した事は無かった筈だ。
「……何が言いたい訳?」
「あのね? こないだのかしのんの描いた話、結構評判良かったんだよね。やっぱり面白い話を描くにはリアリティが必要なんだよ」
「まさかそのために行けって訳?」
「一人じゃ廃墟の画像も調べられない。かと言って一人で廃墟に行くつもりも無い。これじゃいつまで経っても良いネタ浮かばないよ?」
多田敷さんが私の机の上に置かれている雪原の様に真っ白な原稿を見る。
正直言ってそこを突かれたら言い訳のしようが無い。実際、何もネタが浮かんでいない。描きたいネタはあるにはあるが、あの雑誌でそれを描いても評価されないだろう。
仕方が無い。今は我慢して彼女の言う事に従おう。いつか他の雑誌で連載を持てた時には、描きたいものを描くとしよう。とりあえず今は唯一の食い扶持であるこの仕事を逃す訳にはいかない。
「……分かった、分かったよ。行くよ……」
「さっすが! 話が分かるねー!」
「言っとくけど一人じゃ行かないからね」
「大丈夫だよ。そう言うと思って私も行く事にしてたから」
まあそうだとは思っていた。私は完全に彼女の手の平の上だ。何もかも彼女の計算通りなのだろう。
「それで? いつ行くの?」
「明日がいいかなぁ、早めの方がいいし」
「時間は?」
「朝早めにしようよ」
「ところでさ、ここ、道が無い訳だけど、多田敷さんのとこの出版社ってヘリとか持ってるの?」
川の流れる音を聞きながら、私は杖を片手に山を登っていた。まだ朝早いという事もあってか、空気が冷たく、夏場だというのに少し肌寒かった。
多田敷さんは私の先頭に立って進んでいた。全く元気なものだ。本当に大したものだと思う。一方私は普段の運動不足が祟ってか、息も絶え絶えといった感じだった。
「おーい! かしのん! こっちだよー!」
多田敷さんがこちらを向いて手を振る。
なるべく大きい声は出さないで欲しい……朝はまだ本調子じゃないんだ。そんな時に大声を出されたら耳に悪い……。
「すぐ行くっての……」
私は待とうとしない多田敷さんに苛立ちを覚えつつ、重たい足を無理に上げながら後を追っていった。
息を切らしながら多田敷さんを追っていると、立ち止まっている彼女を見つけた。
私は呼吸を整えながら後ろから追い着くと深呼吸をした。
「ここみたいだね」
「……そうだね」
目の前にはあのチラシに載っていたものと同じ建物が建っていた。本来廃墟というものはボロボロなものだが、何故かこの建物は作りたての様に綺麗だった。更に気になる事に、何故か入り口の前には鳥居が建っていた。
「鳥居があるなんて凄いね」
「……ここ本当に火葬場なの?」
そんな事を話していると、目の前にある扉が開き、中から一人の男が出てきた。
男はいかにも火葬場の職員といった感じでスーツを着ていた。見た感じはそこまでおかしい男ではなかったが、どこか空虚な感じがする男だった。
「ようこそお出で下さいました。どうぞ中へ」
男は深々と頭を下げる。
「あっ、私達偶然ここを見かけまして、ちょっと気になって来てみたんですよ」
当たり前の様に嘘を吐く多田敷さんを横で私は呼吸を整えていた。
「そうでしたか。ではここの施設の案内をさせて頂きます。宜しいですか?」
「はい! お願いします!」
多田敷さんが返事を返すとその男は扉を通らずに、建物の横を歩き始めた。私はもうここから逃げるのは無理だろうと考え、仕方なく多田敷さんと一緒に後に付いていく事にした。