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瑕疵症候群  作者: 鯉々
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第5話:幽鳳様が見てる その②

 信者の女性に連れられるまま、私達は扉の先へと足を踏み入れた。

 玄関で靴を脱ぐとそのまま中へと通された。

 正直言ってこの時点で帰りたかった。客に対してスリッパも出さないなんて、どういう教育を受けてるんだろうか? 普通は出すでしょこういうの。

 私は靴下が汚れてしまう心配をしながら、廊下を歩いた。

「もう安心ですよ。幽鳳様は全て見ておられますから」

 歩いている途中に聞いてもいないのに女性が話しかけてくる。

 冗談じゃない。ただでさえ監視社会なのに、神様にまで監視されて堪るか。プライバシーの侵害じゃないか。

 私の腰を多田敷さんが軽くポンッと叩く。

 どうやら不満が顔に出ていた様だ。

 昔から私は不満が顔に出てしまう事があった。そんな時、いつも多田敷さんが今の様に私に教えてくれていた。そのおかげで、どうにか喧嘩を避ける事が出来ていた。こればっかりは感謝するしかない。

 そうして歩いていると、目の前に扉が現れた。どうやらこの奥に他の信者も居るらしい。

「さあ、こちらですよ」

 女性はこちらを向いて笑う。

 全く、本当に不気味だ。人間ってここまで笑顔になれるものなんだろうか? 今まで生きてきてお人好しな人間は沢山見てきたが、ここまで笑顔を見せる様な人はいなかった。

「さ、かしのん。行こ?」

「あ、ああ。そうだね」

 私はこちらに笑顔を向ける女性を警戒しながら、多田敷さんの後ろに付いていった。


 部屋に入ると、そこには先程の女性と同じ様な格好をした人々が居た。

 これもまた不気味だ。揃いも揃って同じ服を着て、主体性の欠片も無い。宗教を悪く言う訳ではないが、私からすればイカれてる。何で見えもしないものにそこまで必死になれるのだろうか?

「もうすぐ教祖様がいらっしゃいます。ここで座ってお待ち下さい」

 相変わらず不気味な笑顔で私達に話し掛けてきた。

 言う事に逆らって問題を起こすよりもここは素直に聞いた方が良さそうだ。

 私は言われた通り、その場に座り込んだ。

 その隣では私に続く様に多田敷さんが座った。

「かしのん……かしのん……」

「何? どうしたのさ?」

「どうしたのじゃないよ。ちゃんと座らないと……」

 どうやら多田敷さんは私が足を崩している事を言っている様だ。

 正直な話、こんな胡散臭い連中相手に正座とかしたくない。そんな敬意を払う様な連中だろうか? 見えもしないものを信仰する頭の残念な人達だぞ?

「やだよ。何で私が……」

「ほら……ちゃんとしないと罰が当たるよ?」

 何を言ってるんだか……仏教だとかの昔からある宗教なら多くの人間の意志が集まってそういう力があるかもしれないが、これは明らかに最近の宗教だろう。こんなのに力があるとは思えない。

 そんな事を考えていると、右太腿に痛みが走る。

「いっ……!?」

「ほら、罰が当たった」

 今のは明らかに多田敷さんにつねられた。間違いない。

 しかし、今ので注目されてしまったかもしれない。折角後ろに座っていたというのに……。

 仕方なく私は姿勢を改め、正座をした。

 隣では嬉しそうに多田敷さんが笑っている。

 そうこうしていると、視線の先にあった壇上に一人の男性が現れ、信者達がざわめいた。どうやら彼が教祖らしい。

 信者達と同じ様に上下共に真っ白な服を着て、首からは何やらアクセサリーをぶら下げている。頭には他の信者達が付けていないアクセサリーを付けていた。そのアクセサリーには幽鳳様をイメージしていると思われる真っ赤な丸い装飾が施されていた。

「やあフレンド達。元気にしていましたか?」

 フレンドだと? マジで言ってるのか騙すためにワザと言ってるのか、いったいどっちなのだろうか。いずれにせよ、信者達は何やら騒いでいる。本当にイカれてるな……。

「落ち着いて下さいフレンド達。おや? 新しい顔が見えますね?」

「あっ! どうもどうも! 以前こちらの方からここを紹介されて来たんです! 興味がありまして!」

 多田敷さんが元気に答える。咄嗟にこうやって会話出来るのは流石だ。私だったら慣れてる人以外にはすぐには言葉が出ないが……。

「そうでしたか。新しいフレンドですね。お名前は?」

「私は多田敷琴代です! ほら、かしのん」

「……樫野優です」

 私は仕方なく答える。

 出来れば話したくなかった。これって個人情報でしょ……。

「多田敷さんに樫野さんですか。ようこそ、幽鳳会へ!」

 教祖がそう言うと信者達が一斉に拍手をする。恐ろしい位にタイミングが合っており、一寸の乱れも見られなかった。

「あの! 私、是非幽鳳様が見たいです! 今日は会えますか?」

「そんなに慌てなくても大丈夫ですよ、新たなフレンドよ。今日は皆で幽鳳様をお迎えするために集まったのですから」

 お迎えする? そんなに簡単に呼び出せるものなのだろうか?

「随分と物分りのいい神様なんだな」

 思わず口に出てしまう。

 一瞬、マズイ事を言ったかと思い冷や汗が出たが、教祖はこちらを見て笑った。

「ハハハ。どうやらそちらの樫野さんはまだ疑ってらっしゃる様だ」

「す、すみません! この子昔から疑り深い子で……!」

 必死に多田敷さんがフォローする。ありがたいが、この子だと? 私はもう26だぞ? 子供扱いされる様な歳じゃない。

「いいのですよ。すぐに信じろというのも無理というものです。ですが、その目で見れば信じる筈です」

 そう言うと教祖は後ろを向いた。それと同時に教祖の目の前にあった壁が左右にスライドし、大きなガラスが姿を現した。先程までは壁だとは気が付かなかったが、そういうギミックになっていた様だ。

 すると教祖は両腕を広げ、口を開いた。

「天にまします我らが神よ。我らの願いを聞き入れ、どうかその御姿をお見せ下さい」

 何か、意外と普通に呼ぶんだな。もっとこう、変な儀式をしたりとか、かしこみかしこみとか言うのかと思っていたが。

 周りを見ると他の信者達も両腕を広げ、ガラスの向こうに見える空を拝んでいた。

「かしのん」

「分かったよ……」

 私は仕方なく多田敷さんと共に真似をする事にした。馬鹿馬鹿しいがやるしかないだろう。

 私は馬鹿みたいに両腕を広げガラスの向こうを見る。

 今日は本当にいい天気だ。こんな日はとても気持ちがいいものだ。……こんな所にいなければもっと良かったのだが。

 そんな事を考えていると、突然空に明らかな不純物が浮かび上がった。

 それは気色悪い程に真っ赤で、完璧過ぎる程に真ん丸だった。あの写真で見たのと同じやつだ……。

 私の体は一気に硬直し、鳥肌が立っていくのが分かった。

 あれは明らかに異常なものだ。普通じゃない。ただのコラージュだとか言って舐めていた過去の自分を殴ってやりたい。こんな所来るんじゃなかった……。

 横目で見ると、多田敷さんは目を輝かせていた。こういうオカルトが好きな彼女にとっては、素敵な体験なんだろう。だが、私にとっては悪夢でしかない。

 私はこの状況をなるべく早く打破するために視界に映る異常な赤と向かい合った。

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