第4話:幽鳳様が見てる その①
「幽鳳様って知ってる?」
お気に入りのカフェのテラス席でコーヒーを飲んでいるところに多田敷さんが話し掛けてきた。
丁度、仕事が一段落着いて休憩を挟んでいたところだというのに、そんな事はお構い無しといった様子だった。
「……何? ユーフォー?」
「違う違う! 幽鳳様だよ幽鳳様!」
また変な話を持ってきたのだろう。彼女の目はまるで新しい玩具を見つけた子供の様に輝いていた。
うんざりする。私はオカルト話が本当に駄目なのだ。しかも御丁寧に『様』とか付いてる。
「何、神様かなんかなの?」
「おっ! 流石樫野先生、話が分かりますねぇ~」
彼女が敬語を使っている。まぁ当たり前といえば当たり前か。他の人間の目もあるし、社会人としての礼儀だ。今はプライベートじゃないし。
「言っとくけど調査とかしないから」
「え~!? 何でですか!? 今話題の『幽鳳会』ですよ『幽鳳会』!」
『幽鳳会』……そういえば、最近テレビで名前を聞いた気がする。確か胡散臭い宗教団体だったか?
「ねぇまさか、私を勧誘してるんじゃないよね?」
「いやいや、違いますよ。私にとっての神は、樫野先生だけですよっ」
また彼女はこういう事を平気で言う。本当に質が悪い。
こういう事を言えば私が喜ぶと思っているのだろう。そういうところがむかつく。
そして、実際嬉しくなってる自分にもむかつく……。
「……それで? 何なのさ?」
「あのですね? うちの調査員の人が実際に内部に潜入調査に入ったんですけどね?」
そう言うと彼女は一冊の雑誌を鞄から取り出した。
『月刊 グランドクロス』。私が連載させてもらっている雑誌だ。
連載させてもらってる身でこんなことを言うのも何だが、本当に胡散臭い雑誌だ。あれこれと屁理屈を並べ立てて、やれ陰謀がどうだ、やれ秘密結社がどうだと読者の不安を煽る。正直、読んでる人間の気が知れない。
「何と! その調査員の人が実際に幽鳳様を見たって言うんですよ!」
「……それ、ヤバイ物でも飲まされてたんじゃないの?」
馬鹿馬鹿しいにも程がある。科学が発達した現在なら、いくらでも不思議な物を見せる事が出来る。
見たと言ってる奴もどうかと思うが、それを真に受ける方もどうかしてる。
「いえいえ! 幻覚とかそういうんじゃないんですよ!」
「多田敷さん。君、詐欺とかに気を付けた方がいいよ?」
「あっ! 可哀相な人を見る目で見てる! 失礼ですねぇ!」
無理もないと思う。こんなの信じる方が馬鹿だ。
私はテーブルに置かれていたカップを持ち、口を付ける。
「多田敷さん、今すぐ帰るか何か注文するかしなよ。お店に迷惑でしょ」
「あっ、とと! そ、それじゃあえっとぉ……」
多田敷さんは椅子に座り、メニューを見始める。正直、大人しく帰って欲しかった。
私はうんざりしながらも、最早逃げられない状態である事を悟り、コーヒーを飲み続けた。
しばらく経ち、多田敷さんが頼んだケーキセットが運ばれてくると、彼女は再び話を再開した。
「それじゃあ続き話すけど、ちゃんと証拠もあるんですよ?」
「君、私がコーヒーしか飲んでないのにケーキ頼むって、結構図太いね」
多田敷さんは雑誌を開き、あるページを見せる。
「ほらここ。この写真です」
「うん……?」
彼女が指差した写真には、空に浮かぶ赤い球体が写っていた。
その球体は、他の色は一切混ざっていないかの如く真っ赤で、赤過ぎて気味が悪い程だった。
とはいえ、いつもと違い、私は冷静だった。
「あのさ、こんな出来の悪いコラージュ信じる人いるの? 確かに私はオカルトは駄目だけど、人の手で作られた物には全く怖いとは思わないよ?」
「コラージュなんかじゃないですって! 不気味に浮かぶ赤い球体……もしかしたら宇宙人が乗ってる宇宙船かも!?」
「ハハハ上手いジョークだね。幽鳳とユーフォーを掛けてる訳か。それで?」
私が適当に返事をしたからか、多田敷さんはむくれてしまった。
彼女は昔からこうだ。話を聞いてもらえないと拗ねる。昔から何も変わってない。
こうなるとメンドクサイ事は知ってるので、私は素直に謝る事にした。
「……悪かったよ」
「あっ! 樫野先生も乗り気なんですね!? いやぁそうだと思いましたよ!」
まんまと彼女の術中に嵌まってしまった。予測はしていたが、ああなった彼女を放っておく訳にもいかないのだ。
まぁ、オカルトというよりもインチキ宗教の取材に行くって考えれば、ネタとしては悪くないかな……。
「分かったよ。前回みたいに怖い目には会わなさそうだし、一緒に調査するよ」
「さっすが先生! よっ! 日本一ぃ!」
やかましく騒ぐ多田敷さんを見ながら、追加で頼んでいたコーヒーを流し込んだ。
調査当日、待ち合わせ場所の駅前で待っていると、多田敷さんがやってきた。
「いやぁ遅くなっちゃった!」
「ホントにね。5分も遅れてる」
「ごめんごめん。許してよかしのん!」
「私だからいいけど、社会じゃ通用しないからね? クビになっても知らないよ」
そう言いながら、私は鞄の中身を確認する。
この中には取材に必要な物が入っている。一つたりとも忘れる訳にはいかない。
「忘れ物ない? ハンカチ持った? トイレ行った? 歯磨きした? お風呂入った?」
「今まさに君を置いて行こうかと考えてたところだよ」
私がそう言うと、多田敷さんは笑いながら私の手をとり、歩き始めた。
私は急いで振り解く。
「ありゃ? 嫌だった?」
「一人で歩ける。先に行って」
「はいよー」
彼女は昔もそうだった。
今みたいに私の手を引いて色んな所に連れ回した。
山、川、海、行って事もない場所……家に篭りがちな私にとってはいい体験だったと思う。
だが、彼女はいつまでも私を子供扱いしすぎだ。もう今年で26になるんだ。立派な大人だ。
頭の中でぶつくさと文句を言いながら、私は多田敷さんの後に付いていった。
それからしばらく歩いていると、多田敷さんが雑居ビルの前で立ち止まった。
「ここだよ」
周りを見ると、他の建物からは離れ、更に裏は山に面しており、立地の悪さが目立った。
通りには人通りも少なく、何とも言えない寂しさがあった。
「……それで? どうやって入るのさ?」
「そこは大丈夫! 前に調査してくれた人が紹介するって事前に幽鳳会の人に話してるから!」
別に本当に入信する訳ではないものの、こんな胡散臭いインチキ宗教に入るっていうのはちょっとばかり不服だな……。
そんな事を考えていると、多田敷さんがエレベーターを呼び、中に入っていた。
「ほら、かしのん」
「あ、うん」
私は促されるままにエレベーターに乗り込み、上へと昇っていった。
三階に到着すると、すぐ目の前のドアに『幽鳳会へようこそ!』と書かれた貼り紙が貼ってあった。
多田敷さんが扉をノックしようとしたその瞬間、突然扉が開いた。
「ようこそいらっしゃいました。多田敷さん。樫野さん」
そう言って私達を出迎えたのは初老の女性だった。
上下共に白い服を身に纏い、首からは何やらアクセサリーの様な物をぶら下げていた。
何というか、典型的な信者といった感じだ。
「どうも! 今日はこちらの会に興味があって伺いました!」
「ええ、ええ。そうでしょうとも。分かっていましたよ。さぁさぁどうぞこちらへ」
そう言いながらその女性は私達を中へ迎え入れた。
何故だろうか……本能的に嫌な予感がする。
私は危険な雰囲気を察知し、全身の毛が逆立つのを感じていた。