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瑕疵症候群  作者: 鯉々
22/22

第22話:私だけのリアリティ その許さない

 結局私はあれから一睡も出来なかった。あの画面に現れた言葉、彼女の言葉、それが私の心にいつまでもしつこく纏わりついていたからである。

 朝になり、体全体に鉛でも付けられているかの様な感覚を覚えながら体を起こす。普段なら多田敷さんと朝の挨拶を交わすところだったが、口を開けるのも辛い状況であり、出来る事なら横になっていたかった。

「かしのん、大丈夫?」

「本当、ちょっと具合悪いだけだから……」

「そう? じゃあ私、仕事行ってくるよ?」

「ああ、うん……」

 私はまだ休載を貰えているが、多田敷さんは漫画家ではなくただの会社員だ。いつまでも家に居るという訳にもいかない。こうして私は多田敷さんの家で一人ぼっちになった。

 別に孤独を感じるだとかそういう事は無い。元々一人暮らしであるし、むしろ一人で居る方がリラックスできる位だ。寝不足な私にとってはいい機会だった。

 

 目を瞑っているだけでも少しは体を休める事が出来るとどこかで聞いた覚えがある。それがどこまで本当なのか医者でも無ければ専門家でも無い私には皆目見当もつかないが、ともかく私はその言葉を信じてベッドで横になっていた。しかし、そんな私の安らぎを妨げたのは普段からよく使っているあの機械だった。

 普段休みの日などは携帯をマナーモードにしている。休みを邪魔されたくはないからだ。とはいえ、急な仕事の話だったりする事もあるので、念のために電源は入れているのである。

 私は面倒くさく思いながらも体を起こし、携帯を手に取る。しかしそこに表示されていたのは『非通知』の三文字だった。

 非通知……この言葉にいい記憶は無い。こういうのは大抵どこかの営業だとかが無作為に選んで掛けてきた電話だ。一旦出てしまったら最後、長々と聞きたくもない興味も無い話をダラダラと続けられて時間を無駄にしてしまう。こういうのは無視するに限る。

 そう思った直後、何の操作もしていないにも関わらず電話が繋がってしまった。指を下手に動かした覚えも無く、電話が繋がる要素はどこにも無かった筈だ。

『先生、分かってるんですよね?』

 電話口の向こうから聞こえてきたのは初めて聞く少女の声だった。しかし初めて聞く声の筈なのに、何故か私は彼女の事を知っていた。何故か彼女だと確信出来た。

『お願いです先生、もうあんな話を描くのはやめてください。も、もう嫌なんです』

「だ、誰だ……?」

『とぼけても無駄ですよ先生。あなたが私を知らない訳がないんですから。私はあなたであり、あなたは私でもあるんです』

「何なんだお前……! あんなゲーム送ってきて、挙句今度はイタズラ電話か!?」

『……認めさせてあげますよ』

 そう言うと彼女は電話を切った。そしてその直後、突然携帯が振動した。どうやらメールが送られてきたらしい。私が恐る恐るメールボックスを開いてみると、そこには大量のメールが送信されていた。どれも今の一瞬で完全に同時刻に送られてきたものらしく、どのアドレスも文字化けしていた。そして文字化けしているにも関わらず、彼女達の名前だけははっきりと確認出来た。

 まず一人目は彼女、主人公からだ。私が作中で描いているオドオドした彼女とはまるで違い、どこにも迷いのない文章が並んでいた。とても彼女とは思えない、真っ直ぐな文章だった。次に二人目『静見 里香』からだ。文章からもあのふわふわとした感じが伝わってきたが、その柔らかい雰囲気の中には私に対する敵意や憎悪の念が混じっていた。別段文章に威圧感がある訳でもないのに、何故か私はそう感じたのである。そして三人目『沢ヶ色 小春』からだ。文章越しにも底抜けに明るい雰囲気が伝わってきていたが、やはり静見と同じくそこには別のものも混じっていた。それはポカポカする様な明るい雰囲気を全て呑み込んでしまう程のどす黒い負のオーラだった。

 読むのも億劫になる程の大量のメールが送られてきていたが、要するに『自分達を解放して欲しい』という事が伝えたい様だった。

 いや……いやありえない。こんな事ありえない。彼女達はあくまで創作された人物だ。この地球のどこを探しても決して見当たらない存在なんだ。こんなのただの悪質な悪戯に過ぎない……。

 そう考えていると、突然パソコンの電源が入り、勝手にテレビ電話機能が起動した。すると画面内には殺風景な寂れた部屋が映し出され、画面外から主人公が入ってきた。

『もう認めてください。私達は生きてるんです』

「こんなのただの仕込みでしょ! こんな、あり得る訳……」

『でも今先生は、違和感を感じなかったんじゃないですか?』

 そう言われ、私はドキリとする。

 ……その通りだ。私の目に映っている彼女はどう見ても二次元であり、部屋も二次元だ。だというのに今私は、そんな映像をまるで三次元であるかの様に錯覚していた。意識ではおかしいと分かっている筈なのに、本能がそれを無理やりに押さえつけてきている様な感覚だった。

『図星ですね。隠し事は出来ませんよ』

「何なんだ、何が狙いなの!?」

『簡単な事、一つだけなんです。私達をあの世界から解放してください。もうホラーなんて嫌なんです。私達だって、平和に過ごしたい……』

 そう言うと彼女はカメラの視界から消え、静見と沢ヶ色を連れて戻ってきた。二人は私が描いている二人と比べると異常に暗く見えた。

『せんせ~……』

「静見……?」

『どーして……いじめるんですか~……? 私達の事、嫌いですか……?』

 何なんだこいつは……確かに見た目や喋り方は似てるが、こんなに暗いキャラじゃなかった筈だ。もっと、いつもふんわりにこにこ笑っている様な、そんな子だった筈だ。

『先生なら分かる筈ですよ。見えなくていいものが見えちゃうって気持ちが』

 何も言い返せない……別に霊感がある訳ではないが、今まで色んな怪奇現象に遭遇してきた。

『ねーセンセ、あたしの事嫌いになった……?』

「沢ヶ色……」

『センセは……明るいあたしじゃなきゃ、駄目なのかな……怖い目に遭うあたしじゃなきゃ駄目なのかな……?』

 ありえない……沢ヶ色はいつでも明るい奴だ。ちょっと馬鹿な所はあるが、場の雰囲気を明るくしようと頑張る奴として描いている。こんな自分から暗くなる様な奴じゃない……。

『……まだ認めないんですか先生?』

「認めるもなにも……どうしろって言うの?」

『ですから、あの話を描くのを止めてください。路線変更してください。私知ってるんですよ。今って、日常系が流行ってるんですよね?』

「いやそれは……!」

『先生はああいう作品の事、毒にも薬にもならないって思ってるんですよね? でも、私知ってるんですよ。先生は、本当はファンタジー作品だけじゃなくて、ああいうのも描いてみたいって』

「馬鹿を言うな!」

『馬鹿な事を言ってるのは先生ですよ自分に素直になってください。さぁ先生、ペンを持って原稿に描くんです。ほら、何の脅威も無い、優しくて、暖かくて、誰も傷付かない世界を』

『せんせ~……怖いのよりも優しい方がいいですよね……? 幽霊さんも優しい方がいいですよね……?』

『センセ……許して……許して……いい子にするから酷い事しないで……あたし、いい子になるから……怖い事しないで……』

 路線変更……? そんな事、出来る訳がない……私が描いてるのはそういう雑誌の漫画なんだぞ……おかしいでしょ……オカルト雑誌に日常系漫画なんて……それこそ一種のホラーだ……。

 そこでふと私は気付く。

 何故彼女達は私に描かせようとしているんだ? 少なくともあのゲームの中では彼女達は平和な生活を送っていた。それでいい筈だ。それなのに何故私に敢えて描かせようとするんだ?

『さぁ先生、正直になるんです』

「…………ああ、そうか。そういう事か」

 私は仕事道具を取り出すと、寝不足で鈍っている頭をフル回転させ、新しい話を構築する。そして思いつき次第、ネームも描かずに一気にペンを進めていく。チラとパソコンの画面を見ると、三人が何やら慌ただしくしている姿が見えた。

 やっぱりそういう事か……彼女達は私が作ったキャラクターだ。つまり、私の世界で生きる存在。私の作る世界に存在が依存してしまう存在という事だ。あのゲームを作ったのが誰なのかは分からないが、恐らくあそこは彼女達の避難場所なんだろう。私が作った世界から一時的に逃れるための場所。

 私が動かしているペン以外の音が聞こえ顔を上げると、画面の向こう側では主人公である彼女が、私と同じ様に漫画を描き始めていた。するとそれに反応する様に手元にある白紙の原稿に次々と絵が描かれていった。それは彼女達が望んだ、今の私に似つかわしくない優しい世界だった。

 私は心を鬼にし、修正液を取り、彼女が描いた部分を一気に消し、そこを埋める様に作品を作っていく。

 彼女には漫画を描くという設定は与えていない。もしかしたら私が知らなかっただけで多少はそういう才能があるのかもしれないが、私の作品において、その設定は必要ない。

 結果、私は全ての原稿に漫画を描き込む事に成功した。画面を見ると彼女は机に突っ伏しており、静見と沢ヶ色が揺さぶって何とか起こそうとしている。やがて彼女達が居る寂れている部屋は、まるで竜巻にでもあったかの様に滅茶苦茶になり、徐々に部屋が暗くなっていった。そして遂には静見と沢ヶ色は画面外から現れた謎の手に掴まれ、引っ張られていった。何かを叫んでいたが、我武者羅に叫んでいるせいか、何を言っているのかは聞き取れなかった。

『諦めません……』

 彼女が顔を上げる。

『先生……諦めませんよ……』

 彼女は私を睨み付ける。

『必ず……わ、私が……ああ……また、また……あの私になって……』

 そこまで喋った彼女は突如何かに引っ張られる様にして机の下に引きずり込まれ、画面から姿を消した。それと同時にパソコンは勝手にシャットダウンした。

 私は鉛筆を持ち、最後の吹き出しに書き込む。

 ……これが正しい事かは分からない。だからせめてもの償いとして、こうしておこう。彼女だけが持っていなかったものを与えておこう。

「ごめん……静見、沢ヶ色、[    ]……」

 今の私には、これしか出来なかった。

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