第20話:私だけのリアリティ その①
「いやぁ~しかし本当無事で良かったね」
向かいに座っている多田敷さんはにこやかに話し掛けてくる。
「ああ、うん……」
何があったのかは私自身もよく覚えていないが、家に置いていた古いストーブが爆発し、仕事部屋が思い切り焼けてしまったらしい。私はその部屋の中から発見され救出されたらしいが、とても仕事が出来る状態ではない上に、私自身も軽い記憶喪失になっていたため、編集部からしばらく休むように伝えられていた。
今私達はカフェのテラス席に居る。この席からは街を行く色んな人達の姿が見える。そういう人達を観察しながら普段はネタを考える。悪趣味だとは思うが、ホラー漫画を描かなければならないため、少しでも人の動きや顔を観察する必要があるのだ。
「でもまさか、かしのんがうちに泊まりに来るなんてね~」
「仕方ないでしょ。改築してる間はあの家に住めないんだから」
「どれ位掛かりそうなの?」
「まあそんなに長くは掛からないみたいだよ。すぐ済むと思う」
情けない事だが、今私は多田敷さんの家に泊まっている。念のために仕事道具などを持ち出しておいたため、休暇が終わるまでに改築が終わらなくても一応仕事も出来る様にしてある。
「そっか。何か住み難いとかは無い?」
「いや、別に無い。多田敷さんがどういう人なのかは知ってるし、今更気を遣う様な間柄でも無いし」
「まっ、そうだね。小さい頃は偶にお泊りとかもしてたもんね?」
「……そうだったね」
まさかこの年になって友人の家にお世話になる日が来ようとは思いもしなかったが、偶にはこういうのも悪くは無いかもしれない。多田敷さんはオカルト話をよく持ち込んでくる人間ではあるが、決して悪い人間ではない。それは私がよく知っている。
「あっそうだかしのん」
多田敷さんは鞄に入れていたノートパソコンを取り出すと電源を入れた。
「何?」
「あのね、うちの編集部にファンの人からメールが入ったんだ」
「それが?」
「えっとね、ちょっと待ってよ~…………あっ、これこれ!」
そう言うと多田敷さんはパソコンをこちらに向け、届いたというメールを見せる。そのメールには私の漫画を応援しているという本文が書いてあった。ああいう漫画を描くのはそもそも好きでは無かったが、こうして応援されると嬉しい気持ちになる。
本文を読み進めて行くと一番下にファイルが添付されていた。そのファイルに向けて本文からは矢印が伸ばされており、『先生の漫画をゲーム化してみました!』と書かれていた。
「これは……」
「凄いよねかしのん! かしのんの描いた漫画がここまで愛されてるって事だよ」
「……ねぇ多田敷さん、このファイルまだ開けてないよね?」
「うん、そうだけど……」
「だったらそれ、すぐ消した方がいいよ。どう考えても怪しい」
こんなの怪しすぎる。ファンゲームというものがあるというのは知ってるけど、私の作品にそういうのがあるとは思えない。別にファンが居ない訳じゃないけど、わざわざゲームにする様なものでも無い。
「大丈夫だって。ただのゲームだよ。ねぇ、ちょっとやってみようよ」
「嫌だ。それさ、多田敷さんのパソコンでしょ? ウイルスが入ったりして困るのは多田敷さんだよ?」
「ホントに大丈夫だって。ちゃんとウイルスが入ってないか検査もしたし……」
そう言うと多田敷さんはファイルを開き、中に入っていたゲームファイルをクリックする。するとゲーム画面が開かれ、タイトルが表示された。青空に黒く縁取られた白い文字で『日常探検隊』と書かれていた。
「……どうなってもしらないからね? それにしてもこのタイトル、変だな……」
「何が?」
「いや何がって……私が描いてる漫画の名前は『怪奇探検隊』でしょ? こんな名前じゃない筈だけど」
「まあそりゃそうかもだけど、そこはほら、ファンゲームだし?」
ちょっと気に入らないな……描きたくてホラー漫画を描いてる訳じゃないけど、一応プロとしてのプライドを持ってやってる。こういうのを作るならせめてホラーゲームにして欲しかった。
スタートボタンをクリックするとゲームが始まった。どこかの教室の様な場所が映り、主人公が現れた。黒い長髪に大人しそうな見た目で喋り方まで弱々しい……その様子は間違いなく、私が描いている漫画の主人公だった。
「おぉ~、結構絵柄似てるね」
「確かに似てるけど、これってホラー展開になるの?」
「さぁ? でもかしのんは本当はホラー苦手なんだし、ならない方がいいんでしょ?」
「……否定は出来ないけど、プロとして誇りもあるんだよ。出来ればホラーで作って欲しかった」
「我が儘だなぁ」
我が儘なのは分かってる。こういうのに寛容になるべきだとも思う。しかし、自分の作ったキャラクターが勝手に操られて一つの物語を演じさせられていると考えてしまう。
画面をクリックするとテキストが進んでいく。
「これノベルゲームなんだね」
「正確にはビジュアルノベル。音楽や絵が付いてるし」
ストーリーを進めて行くとフワフワとした雰囲気の少女が出てきた。彼女の名前は『静見 里香』。主人公の友人であり、私が描いている原作では霊感のあるオカルト少女という設定である。物語の始まりはいつも彼女なのだ。
「おっ、静見ちゃんだね」
「うん。まあ、性格はかなり忠実に再現してるんじゃないかな」
静見は主人公と取り留めのない会話をしている。それこそ、最近よくやっている様な『日常物』と言われる毒にも薬にもならない作品の様な会話だ。あまりにも普通すぎて、とてもここからホラーに行くとは思えない。どうやらこの作品はタイトル通りのものと見て間違いない様だ。
「……何か、随分のほほんとした雰囲気だな」
「でも静見ちゃんはこんな感じの子じゃない?」
「まあ確かにちょっと不思議ちゃんな感じで描いてはいるけど、ここまでダラダラ喋る奴だったかな……」
「ほらほら、進めようよ」
「……うん」
言われるままに話を進めていくと、またキャラクターが出てきた。明るい茶髪をポニーテールの様に結んでおり、時折口元から覗かせる八重歯が特徴的だ。『沢ヶ色 小春』と名付けた少女だ。原作の中では賑やかし要員であり、それでいて同時に物語を進める引っ張り役でもある。正直、この子が居てくれるだけで物語が進めやすくなる。
「おっ、沢ヶ色ちゃんだ!」
「多田敷さんこの子好きだよね」
「だって可愛いじゃん! 何か人懐っこい子犬みたいでさ!」
「まあ意図してそういう風に描いてるしね。一人位賑やかしが居ないと話が暗くなり過ぎる」
沢ヶ色は静見と主人公を遊びに誘っている。彼女の性格を考えると恐らくは遊園地とかだろう。
『遊園地行こー! ゆーえんちー!』
……当たった。どうやらこのゲームの製作者はキャラクターに関してはかなり理解が出来ているらしい。まあ当たり前か、こういう風にゲームまで作る様な人だし。しかし、これが原作なら、私なら間違いなく遊園地で何かしらの怪異に遭遇させる。
「やっぱ可愛いなぁ沢ヶ色ちゃんは」
「……ここからホラー展開、にはならないだろうなぁ……」
私の予想はピタリと当たった。その後主人公達は遊園地に遊びに行ったものの、そこでは特に変わった事が起こるでもなく、ただ普通に遊ぶだけに終わった。ジェットコースターに乗ってみたり、観覧車に乗ってみたりと普通の日常であった。
「……これはどういう風にしたらクリアなんだろう」
「どういう風にって?」
「いや、この感じ……あんまりストーリーがある様には見えない。解決するべき問題みたいなものも見えてこない。何をすればクリアになるんだろうと思って」
「あーそっか、かしのんはあんまりこういうゲームやらないんだね。あのね、こういうのは大体誰かを攻略すればクリアなんだよ」
「攻略?」
「そうそう。要は仲良くなって、その子のルートに行けばいいって事だよ」
恋愛シュミレーションの様なものって事か? でもおかしいな……私は作品中でこの子達の恋愛模様を描いた覚えが無い。恋愛に絡めた怪異というのは描いた事があるけど、それもあくまでモブキャラの恋愛だった。それに攻略って……主人公のこの子が他のキャラクター達を攻略するって言うの? そういう子じゃない様な気がするんだけどな……。
「……ルートねぇ。まあ一応やってはみようか」
「おっ、意外とやる気なんだね」
「まあファンが作った作品だしね……原作者としては一応やっておかないと。私の作品がどういう風に見られてるのかも気になるし」
「じゃあ一緒に見てもいい?」
「いいけどこれ以上は家に帰ってからにしよう。カフェのテラス席でやってる事がゲームって、何しに来たんだって話でしょ」
私は画面右下にある設定ボタンからセーブを選び、現段階までのデータを保存するとゲーム画面を閉じた。閉じる際に主人公と目があった気もしたが恐らくは気のせいだろう。絵柄が似てるから結構じっと見てしまったし、それで偶然目が合っただけかな。
「ほら、帰ろう」
「そうだね」
こうして私と多田敷さんは飲食代を支払うと家へと帰った。