第17話:そこに居る者 その①
「ああ、それじゃあお願いね」
私はそう言うと、さっさと扉を閉める。
……さて、何とか今回の分の原稿は渡せたな。多田敷さんがまた変な話をしだす前に帰らせる事も出来たし、今日はストレス無く過ごせそうだ。
そんな事を考えながら居間へと移動し、テレビをつける。丁度ニュース番組をやっており、様々な事件について取り上げていた。その時にやっていたのは火事のニュースで、どうやらストーブの故障による灯油漏れが原因らしかった。映像内には消火活動を終えた現場が映っており、野次馬なども多く集まっていた。
ストーブが原因か、まあまだ使ってる家庭もあるだろうし、こういう事もあるだろうな。しかし、何でこうも野次馬って集まるんだろうか。人の不幸ってそこまで興味深いかな? まあ確かに私みたいな仕事をしてれば、多少は人の人生に興味を持ったりはするけど、別にそうでもない人間が何故そこまで他人の人生に興味を持てるんだろうか? 理解出来ないな……。
「……何か、食べるかな」
私は昼時という事もあり、昼食を作る事にした。とはいっても料理はそこまで得意な訳ではない。全く出来ないという訳でもないが、多田敷さんと比べれば、そこまで大したものは作れない。
一先ず野菜炒めでも作ろうかと台所に移動し、冷蔵庫から野菜を取り出し、切り始めた。その後、テレビを見ながら野菜を炒めていると、妙な違和感を覚えた。
現場に居る野次馬や近所に人間にインタビューをしているところが映っていたが、そこに映っている人間の中に不自然な存在が居たのである。見たところ成人した男の様であり、よれよれになった黒いスーツを着ていた。髪は若干禿げかかっており、髭などは見られなかった。その男は目をギョロッと見開き、目の前の光景に驚いているという風ではあったが、その視線は明らかにこちらを、つまりはカメラの方を向いていた。
気色悪いな……まあこういう頭のおかしい人間って、住んでる所に一人は居るよね……絶対に係わり合いにはなりたくないな。
私は少し嫌な気分になりながらも、調理を終え、簡単な昼食を済ませた。
昼食を終えた私は食器を流しに浸け、仕事場で休憩をとっていた。そんな中、携帯に着信が入る。
「多田敷さんか……」
正直、またいつもの様にヤバイオカルト話でもされるのではないかと思うと出たくない気分だったが、原稿のミスなどの仕事に関係する話の可能性もあるため、仕方なく出る。
「はいもしもし」
『あっ、先生?』
「何? オカルト話なら切るから」
『いやいやそうじゃないんですって。ちょっと聞きたい事があってですねぇ……』
「何?」
『ちょっと手元にあるやつを確認して欲しいんですけど、12ページ目です』
私は念のために取っておいた原稿のコピーを手に取る。
『そこの三コマ目に居るキャラって、新キャラですか?』
「……は?」
言われた箇所を見てみると、そこには私が描いた覚えの無いキャラクターが存在していた。まるで最初からそこに居たかの様にしれっと物語の中に現れており、他のキャラクターとも会話をしていた。それだけでも不気味だったが、もっと不気味だったのはその容姿だった。ニュースに映っていたあの男そっくりだったのである。
『こんなキャラ今まで居ましたっけ?』
「いや……いやこんな奴は知らない……描いた覚えも……」
『え~? でもこの原稿先生が描いたんですよね?』
それは間違いない。私にはアシスタントなんて居ないし、そもそも仕事中は基本的に部屋に人を入れない。誰かが後から描いたとかじゃないと説明がつかない。でもこの家の中には他に人は居ない……というか、原稿を作った後はすぐにコピーして封筒に入れたし、目を離した覚えが無い。
「私が描いたのは間違いない。でも本当にこんなキャラクターは知らない。こいつに物語上での役割なんて与えてない」
私はいつも物語を作る上で、キャラクターに役割を与える。被害者役、驚き役、解説役といろいろあり、役割の無いキャラクターはそもそも登場させない様にしている。これは読者に物語に集中してもらうためである。
「多田敷さんも知ってるでしょ。不必要なキャラクターは作らないって」
『うーん……それは知ってますけど、現に居ますしねぇ』
「ねぇ、一応聞くけど、原稿を受け取ってからどこかに少し置いてたとか、誰かに不用意に渡しただとか、そういう事してないよね?」
『まっさかぁ! そんな事して何かあったら私の首が飛んじゃいますよ!』
まあそれもそうか……彼女はそういう事をする人間じゃない。それは幼い頃から一緒に居た私がよく知ってる。しかし、だとしたら誰が描いた? いや、それよりもあの男は誰だ……? 何故あのニュースの男と同じ顔をしてる……?
私の背筋に嫌な感覚が奔る。
「多田敷さん、そいつ……見覚えあったりしない……?」
『え? どうかなぁ……もしかして誰かモデルが居たりします?』
どうやら彼女はあいつを見ていないらしい。という事は、確認出来る限りでは現段階であいつの事を他の所で見たのは私だけか……。
「……多田敷さん、悪いんだけどそいつだけ修正液とかで消しといてくれないかな」
『え? いいんですか?』
「うん。別に問題は無いでしょ?」
『ええまあ……特にこのキャラと台詞を消しても問題なくお話は進みますけど』
「じゃあお願い。切るよ」
電話を切った私はもう一度原稿に居るキャラクターを見る。
やはりと言うべきか、あのニュースに映っていた男と同じ様な出で立ちをしており、同じ様に目をギョッとさせていた。唯一違う点といえば、こちらを向いていないという事だろうか。
何なんだこいつ……気色悪いな……。これが誰かのイタズラとかだったらムカつくだけで済むのに、どう考えたってこれはいつもみたいな怪異の類だ。そうじゃないと説明がつかない。ただ問題はこの怪異の対策法と起点が分かって無いところだ。私がニュースに映っていた『あれ』を見てしまったからこうなったのか、それともそれは関係無くて、どこか別の所に起点があるのか……それがはっきりしないとどうしようもない。今のところはこの程度の実害しか無いけど、この先何を仕掛けてくるか分からないっていうのも不気味だな……。
私は何かヒントが無いかと再び居間へと戻り、テレビをつけた。もしかしたらそこにまた映るかもしれないと思ったからである。しかし既にニュースは終了しており、別の番組が始まってしまっていた。
「他は……」
他のチャンネルならやっているかもしれない。そう考えてチャンネルを切り替えようとしたその時、私の目にまた映り込んできた。
その時丁度やっていたのはトーク番組だった。大物司会者が毎回違うゲストを呼び、いろいろと話をするという人気の番組だ。関係者以外は立ち入り禁止、そんな場所であるにも関わらず、『奴』はそこに居た。司会者とゲストがソファーに座って話をしている中、セットの奥にある階段の様な場所にあいつは立っていた。丁度壁で左腕の辺りが隠れていたが、間違いなくあいつだった。相も変わらず禿げかかった頭によれよれの黒スーツ、そして目玉が飛び出すのではないかと思ってしまう程のギョロッとした目をしていた。
おかしい……流石にこれはおかしい。野次馬の中にそういうのが居たとしても、偶然頭のおかしい人間が来ていたで説明がつくが、流石にこれは説明がつかない。何で誰も気付かない? 何で誰も連れ出さない? どう考えたって関係者では無いし、不審者だ。それだというのに当たり前の様に放送されている。確かこれは生放送だった筈だ。だからこそ余計におかしい……あの位置にいるんだから現場のスタッフが気付かない筈が無い。それなのに何故……。
悪寒を感じた私は他のチャンネルも確かめてみる事にした。