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瑕疵症候群  作者: 鯉々
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第16話:鳴いてエンジン、もっと遠くへ…… その③

 山中に車のアラームが響き続けている。それによって鳥達の鳴き声等は聞こえなくなっており、まるでそこに居るのは私とこの車だけの様だった。

 どこに行った? この写真を撮っていた人物はどこに行った? 一緒に居た筈のこの女性がこうやって自殺しようとしていたというのに、この人物は止めようともせずにどこに消えたんだ……?

 何か手掛かりを探そうと再びカメラの記録を見ようとしたが、どれだけボタンを押してみても次の写真には写らず、それどころか前の写真にも戻らなかった。

 どういう事だ……? ここでこのカメラに残っている記録は終わり……? だとしたら撮影者はこの写真を撮った後、ボンネットにカメラを隠したって事になる。何故そんな事をした? もしこの記録を隠したかったならここに残しておく必要性が無い、持って帰った方が隠蔽し易い。それなのに何でここに残したんだ? それにこの車はいったい……。

 車中を覗き込むと、先程まで僅かに動いていた筈の女性が動かなくなっていた。私の体から血の気が引いていくのを感じる。それと同時に山の下の方からサイレンが聞こえてきた。多田敷さんが呼んだ警察のものだった。

「まずい……し、死んでないよね……?」

 私は無駄だと感じながらも扉を開けようと引っ張る。しかし、運転席の扉も後部座席の扉も相変わらずビクともしなかった。しかし、アラームは段々と弱くなってきており、その音は徐々にパトカーのサイレンに掻き消されてきていた。

 そして、やがてサイレンに完全に呑み込まれる様にアラームは音は消滅した。それと同時に車内を見せてくれていたガラスは練炭から出る煙で曇り始め、中に居た女性の姿を隠し始めた。

「クソッ……!」

 私は意地でも開けようと力任せに扉を引っ張ったが、無意味だった。それはまるで、彼女自身に拒まれているかの様だった。

 


「それでは、後はお任せください」

「……はい」

 私は駆けつけた警官と話を終えた。結局、彼らが到着するまで扉は開く事が無く、到着した警官達が使ったバールによってようやく開いた。女性は既に命を落としており、死因は練炭を使った一酸化炭素中毒死だった。他殺の痕跡は無く、彼らはこの事件を自殺として捜査する様だった。

 その場から離れようとしていた私は車の方を振り返る。アラームは完全に停止し、まるで最初から鳴っていないかの様に静かだった。そして、前方を照らすためのライトの下にある隙間からは黒い染みの様なものが垂れていた。

 彼女にいったい何があったのかは分からない。何故自殺しようとしたのかも……。ただ、今分かるのは、少なくとも『あれ』は……『彼』は彼女を本気で守ろうとしていたという事だ。その体全身を使って、自分自身が壊れてしまう事も厭わずに……。だが『彼』の思いは彼女には届かなかった。彼女をいつまでも、どうやってでも守りたいという『彼』の思いは……。もしかしたら、あの扉を施錠していたのは、『彼』の方じゃなくて彼女の方だったのかもしれない。

「帰るかな……」

 私は冷たい秋風を頬に受けながら、帰路へとついた。



 家に着いた私はこっそり持ってきていたカメラを取り出し、パソコンと繋ぐ。本来ならば警察に証拠品として渡すべきだったのかもしれないが、何故かそうする気分にはなれなかった。

 パソコンには『彼』が撮った写真がずらりと映る。どれも私が実際に確認したものと同じで、寸分の違いも無かった。それを私のパソコンにコピーし、専用のフォルダに保存した。

「これで良し……」

 何故そうしたのかは分からない。いつもの私なら気味悪がってこんなカメラは持って帰らなかっただろう。だが、出来なかった。もしかしたかもしれないが、私は『彼』の事を記録しておくためなのかもしれない。今回の事件はすぐにテレビ等で報じられるだろう。彼女は火葬され、供養される。だが、『彼』はどうだろうか? 使用者が死亡した、壊れてしまった曰く付きの『彼』……いったい誰が引き取るだろうか? きっと、誰も引き取られない。体まで壊されて、皆から忘れられる。だから私は、そんな『彼』を守りたいと思ったのかもしれない。おかしな話ではあるが……。

 私は台所へ向かい、コーヒーを淹れる。

 湯気のせいか、目元が潤む。私は目元に付いた冷たい水滴を拭いながら、出来上がったコーヒーを口に流し込んだ。

 これで良かったんだ。そう思わないとやってられない。『彼』の望みは果たせなかったが、少なくとも彼女の望みは果たせた筈だ、この世から去るという望みは……。だから涙なんて流していない。ただ目に湯気が入っただけ。私に『彼』の気持ちなんて分かる訳が無いんだから考えるだけ無駄だ。そう……私は『彼』が流した涙がどれ程熱かったかなんて、知る由も無いんだから……。

 私は体に熱いものをグッと流し込むと、全てを忘れる様に仕事場へと戻って行った。

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