第15話:鳴いてエンジン、もっと遠くへ…… その②
カメラの再生モードを開くと、画面に一枚の写真が映し出された。どうやら数ヶ月前、夏場に撮られたもので、この車と中に居る女性のツーショット写真だった。女性は穏やかな表情をし、車のドアノブに手を掛けている。
一つ前の写真を見てみようとボタンを押してみたものの何故か前の写真へと移らなかった。
「……?」
疑問に思い、次の写真へと移るボタンを押してみた。普通なら、この画面を開いた時に表示されるのが最新の写真で、この次へのボタンを押せば、最も古い写真が出てくる筈だ。しかし、表示された写真の日付を見るとその写真は明らかにさっきの写真より後に撮られたものだった。
車内で撮られたものらしく、ハンドルを握っている女性を隣から撮影した様なものだった。
よく分からないけど、多分この人の彼氏か何かが撮ったものか? このカメラをボンネットの中に入れたのもその人か……?
次の写真を見てみると車内では無く、一つの家を写したものだった。立派な一軒家で、そこそこ裕福な家庭である事が伺えた。夜に撮られたものらしく、二階の窓からは明かりが漏れていた。日付はやはり、先程の写真よりも後、数日後のものだった。
どうも妙な感じがする……。この車が異常な存在であるのは確かかもしれないけど、この写真を撮った人は何で家の写真を撮った……? これを撮る理由は何……?
その時、私の携帯に着信が入った。私は突然の着信音に少々驚きながらも電話に出た。
「もしもし?」
『あ、かしのん? 言われた通り通報しといたよ』
「ああ、多田敷さんか……ありがとう」
『あのさ、詳しく聞かせてよ?』
私は車内を覗き込む。
「……女の人が車の中で倒れてる。見た目は寝てる様にも見えるんだけど、後部座席に練炭が置いてある。多分自殺だよ」
『……一時期あったね、そういう事件』
「うん……。でも、まだ生きてそうなんだよ。ちょっとだけ、動いてる」
『動いてるって……女の人が?』
「そう。でも、おかしいんだ」
『何が?』
「私が見つけてから多田敷さんに連絡して、それから少し経ってるよね?」
『そうだね。5分くらいかな?』
そう……もう5分も経ってる。確か車内で練炭自殺を図った場合、1~2時間で死に至ると聞いた事がある。この状態になってからどれ位経っているのか分からないけど、まだ生きているというのはおかしい様な気がする。出来る事なら助かって欲しいが……。
「この車、表面が少し汚れてるんだ。そこそこ手入れされてないと思う。もし、もしもだけど……この車がこの山中に置かれてからこういう風になったんだとしたら、相当な時間が経ってる事になる」
『うーん……例えばだけど、その女の人はどこかから連れてこられて、閉じ込められてから練炭を点けられたんじゃない?』
「つまり、誰かがこの人を自殺に見せ掛けて殺す目的でここにこの車を置いたって言いたいの?」
『うん。それならそんなにおかしくないでしょ?』
確かに多田敷さんの言う通り、それなら一応この状況に納得は出来る。でもそれだけじゃない。この状況で最も異常なのは、そこじゃない。
「確かにおかしくない。でも、まだおかしい所があるんだ」
『どういう事?』
「……この車、何も弄ってない筈なのにクラクションが鳴ったり、ランプが点いたりしたんだ。中に居る女の人は何もしてないのに……」
『おー、それは変だね』
「しかもボンネットの中からカメラが出てきたんだ」
『カメラが? そんな場所から?』
「うん。明らかに妙だよこれは」
『写真はどんな感じなの?』
「写真はそこまで変じゃない。普通の写真だよ」
私はそう言いながら次の写真へと移る。
「……あれ?」
『どうしたの?』
画面に映ったのは、少し異質な写真だった。運転席に居る女性を横から写したものだが、外の景色は海辺だった。どこかの崖の様な場所の上に居るものと思われた。
おかしい……何か、おかしい。この人が泣いてる理由は不明だけど、普通女性が車を運転しながら泣く時、隣に人を乗せるだろうか? この車は恐らくこの人の所有物だ。これに乗ってどこに行くかはこの人が決める筈だ。泣きたくなった時、これに乗ってどこかに行く事もあったと思う。でもそんな時、人を隣に置くか?
「……ごめん多田敷さん、切る」
『えっ? ちょ、ちょっと……!』
私は一人で考えるため、多田敷さんとの通話を切り、次の写真を見る。
画面には女性の顔がドアップで映し出され、驚きのあまりカメラを落としそうになってしまう。しかし、私はすぐに落ち着いた。画面に映っている女性の顔は幽霊などがする様な不気味なものなどでは無かったからである。女性は目を瞑っており、目元には涙の跡が残っていた。口元は少しこちらに突き出されており、その様はまるでキスでもしているかの様だった。
この写真もおかしい。まるで一人称視点のドラマか何かみたいだ。カメラを構えている人間のレンズに向かってキスなどするだろうか? もし仮にしたとして、どういう意味がある?
そんな事を考えていると、突然車から大きな音が鳴り始める。どうやら盗難防止用のアラームが起動したらしい。しかし、やはり中に居る彼女が動いた様子も無く、ましてや車に何かの衝撃が加わったような痕跡も無かった。
更にそれに続く様にアクセルを思い切り吹かす様な音が鳴り始めた。それにも関わらず、何故か車はその場からピクリとも動かず、車輪も一切動いていなかった。まるで無理矢理ブレーキを踏まれているかの様だった。
山中に響き続ける音を聞きながら次の写真を見る。そこに映ったのは見覚えの無い店で何か買い物をしている女性を店外から写した写真だった。恐らく駐車場内で撮られたもので、女性の姿は店のガラス越しに薄っすらと見える程度だった。
まさか、これって練炭を買ってる……? もしそうだとしたら、この写真を撮った人は、彼女が練炭を買った事に気付いていた可能性がある。本来練炭は暖をとったりするのに使う物だから、怪しく思わなかったのかもしれないけど……。
次の写真を見てみると、そこには車内で練炭を点けている女性の姿が写っていた。後部座席から撮られたと思われる写真で、女性の顔には、どこか諦めの様なものが見て取れた。
おかしい……この写真を撮った人間は何で彼女を止めなかった? 彼女との関係性が何だったのかは分からないけど、普通は止めようとする筈だ。それなのに、何で写真なんか悠長に撮ってる? それに、これを撮った人間はどこに行った……?
私はけたたましく鳴り続けるアラーム音に包まれながら、周囲を見渡した。