第14話:鳴いてエンジン、もっと遠くへ…… その①
私は山の中に居た。
というのも今度描く話にこういう自然を登場させるからだ。主人公は山の中で未知の怪異に遭遇する。よくある話ではあるが、王道でもある。正直山には霊とかそういうの以前に危険が多いからあまり来たくはなかったが……。
「……ふぅ」
私は近くにあった倒木に腰掛け一息つく。周囲では小鳥達の鳴き声が響いており、木々は風でざわめいていた。
「さて……」
私は鞄からスケッチブックを取り出し、周囲のスケッチを始める。木々の表面に見える模様や落ちている葉の葉脈、そして枝の間から覗く空……どれも素晴らしいものだった。
やっぱり多田敷さんは誘わなくて正解だった。彼女が居ると騒がしくて敵わない。悪い人じゃないけどね……。
やがて腰を上げた私はスケッチブックをしまい、また歩き始める。歩く度に落ち葉達がシャクッと音を立てて崩れた。もう時期が時期だ、落ち葉も枯れているのだろう。
「……あれ?」
そんな中、私は山の中にポツンと存在している明らかに異質な物に目が行った。それはこんな山中にあるのはおかしい物だった。いや正確には、あったら嫌な予感がしてしまう物だった。
それは、車だった。
私は少し嫌な予感がしつつも落ち葉達を踏みしめ、その車へと近付いていった。
「……?」
その車は近くで見てみると薄っすらと表面が汚れており、あまり手入れがされていない状態に見えた。タイヤは空気が抜けかけているのか若干萎んでおり、ガラスは埃の様なもので曇っていた。
「誰か居るんですか~……?」
恐る恐る声を掛けてみたものの当然の様に返事は返ってこなかった。試しにドアを開けようとしてみたものの、内側から鍵が掛けられているらしく、全く開く気配が無かった。
やっぱりおかしい……こんな山中に車が放置されてるなんて普通じゃない。……こんな事考えたくは無いけど、これって……何かの事件現場なんじゃ……。
そんな事を考えていると、突然車のエンジンが掛かり、ライトが点灯し始めた。ライトは一定の周期で点いては消えてを繰り返し、まるでハザードを焚いているかの様だった。更に先程まで曇っていた筈のガラスは少しずつ曇りが取れ、やがて車内の景色を映し出した。
「っ!」
私は思わず腰を抜かし、その場に尻餅をついてしまう。
車内に居たのは一人の女性だった。綺麗な黒髪をしており、色々な美しい物を見てきた私でも息を呑む程の美貌だった。その顔はまるで眠っているかの様に安らかであったが、黄金長方形の比率で出来ているかの様な美しい手は小さく痙攣していた。後部座席に目線を移すと、そこには練炭が置かれていた。私の体から血の気が引く。
「ちょっ、ちょっと! 大丈夫ですか!?」
私はドアを叩き、何とかして空けようとしたものの、ドアはビクともせず、開く様子を見せなかった。
「そうだ、警察……!」
私は震える手を何とか抑えながら鞄から携帯を取り出し、急いで110を押す。しかし、なぜかコール音は聞こえず、その代わりに音楽が流れ始めた。その音楽は今若者の間で人気だという曲だった。
何で携帯からこんなのが流れる? 私はメールの着信音も電話の着信音もどっちも弄ってない。この音楽はどこから受信してる……?
「仕方ない……」
私は一旦呼び出しを取り消し、登録している番号の中から一番よく使っている番号を選び、電話を掛ける。
「頼む……」
数回のコール音の後、いつも聞いている元気な声が聞こえてきた。
『はーい』
「多田敷さん? ちょっといい……!?」
『どしたの? そんな慌てて。読者アンケートでも聞きたいの?』
「そういうのはいい! それよりちょっと頼みたい事がある、お願い!」
『いいよ。どうしたの?』
私は車内を覗き込む。
「今山に居るんだけど警察呼んで欲しい! 早く!」
『ちょいちょい、状況が読めないなぁ。まず落ち着いたらどう?』
私は肩で大きく息をする。
「……ネタ集めのために山に来たら、そこで車見つけたんだ。車内には女の人と七輪が置いてある。後は分かるでしょ?」
『あー……オッケ。分かったやってみるよ』
そう言うと多田敷さんは電話を切ってしまった。
これで警察の方は来る。しかしこのままだとこの女性は死んでしまうだろう。恐らく状況から見るに自殺を図ったんだろうけど、流石に目の前で死なれたら困る。確実にトラウマになる……。
私は急いで足元を見回し、手頃な石を見つけるとそれを拾い、車の窓ガラス目掛けて思いっきり打ち下ろした。しかし、普通なら割れるなりする筈のガラスはビクともしておらず、傷一つ入っていなかった。
「そうだ……!」
私はある事に気付き、後ろへと回り込んだ。
トランクが開くかもしれない。もし開くのならそこからそこから中に入れるし、仮に入れなかったとしても換気をする事が出来る。それなら助けられるかもしれない。
私は何とかトランクを開けようと必死に力を込めたが、これまたビクともせず、全く開ける事が出来なかった。
「クソッ……!」
私はすぐさま運転席側に戻り、車内を覗き込む。
女性は相変わらずシートにもたれる様に座っており、表情は安らかそのものだ。手もまだ動いている。それに練炭もまだ点いたままだ。煙も出続けている。……いや、煙が出続けている?
「おかしい……そんな筈無い。もし煙が出てるんなら最初みたいに窓ガラスが曇ってる筈……。何でこんなに綺麗に中が見える……?」
どの窓ガラスを見ても開いている様な感じは無い。つまり換気は出来ていないという事だ。それなのに何で中がこんなに綺麗に見える……?
その時、突然エンジン音が数回響いた。中の女性が動いた様な様子は無く、一人で車が動いたかの様な感じだった。
私はこの車が明らかに異常な存在であるという事を感じ取ってはいたが、車内の女性を助けるために逃げようとは思わなかった。
ボンネットの前へと移動した私は手を掛けボンネットを開く。トランクとは真逆に思いの外簡単に開き、その車は心臓部を剥き出しにした。そこには他の車と何の代わりも無い構造が広がっていたが、エンジンの上にはポツンとカメラが置かれていた。そのカメラは若干くすんだ水色をしており、かなりの間使われている事が分かった。
何となくカメラを手に取った私はカメラの再生モードを開き、中に入っている写真を見る事にした。