第13話:隣人共 その③
翌朝、目を覚ました私達は、宿で出された簡単な朝食を終えるとすぐに宿を出た。私には行き先は分からなかったが、多田敷さんはもう行く場所を決めている様だった。
「……それで、どこ行くの?」
「実はここの近くにある山で小人の目撃証言があるんだよね」
「まさか証言だけ? 証言だけで調べに来たの?」
「うん」
本当に呆れてしまう。散々映像を酷評した私が言うのも何だが、何故証言だけで調べようという気になれるのだろうか。映像があるからという理由の方がまだ分かるが……。
しかしここまで来たからには一人で帰る訳にもいかず、私は仕方なく多田敷さんに着いていく事にした。
私達は白銀の山道を進み、どんどん山奥へと進んでいた。宿からはすでにかなり離れており、私一人では下山することが困難であろうという事は明らかだった。もしここで遭難してしまったら、下手をすれば命を落とす可能性も十分あった。
「本当に……こんな山奥に、居る訳?」
「目撃証言はあるからねぇ」
「……本当に信頼出来る情報筋な訳?」
「どうだろ? うちの編集部に小人を見たって人の友人から電話が掛かってきたんだよね」
私は思わず足を止める。それに気付いてか、多田敷さんも立ち止まった。
「何? 今何て?」
「いやだから、その人曰く、友人が小人を見たって……」
「本人からの証言じゃない訳?」
「うん。小人を見たって電話があった後にそれっきり行方不明になっちゃったんだって」
冗談でしょ……? 多田敷さんはそんな信憑性の薄い話を本気にしてここまで私を連れ出したのか? 証言をした人間が行方不明なんて、こういうオカルトでよく使われる手段じゃないか……。
「……多田敷さん。どう考えても怪しいよ、それ」
「そうかな?」
「都合が良過ぎる。そんな行方不明になったなんて……」
「まあまあ行ってみようよ。何も無かったら無かったでさ」
そう言うと多田敷さんは再び前を向いて歩き始めた。
何でそこまで信じられるんだろうか……オカルト雑誌の編集部に居る人間は全員こんな感じなんだろうか? 類は友を呼ぶと言うが、全員が全員こんなのだったらセーブが利かないと思うのだが……。
色々と文句を言いたくはあったが、この身に沁みる寒さの中で無意味に体力を使う訳にはいかなかったため、仕方なく私は彼女の後を着いていく事にした。
それからどれ位歩いただろうか。私達は相当山の奥深くまで辿り着いていた。辺りには葉を付けていない木が生えており、春を待っている様だった。それ以外は完全にしろ一色で、空が無ければ平衡感覚を失ってしまいそうだった。
「確かここら辺らしいよ」
「……普通の場所だね」
雪で隠れているのか、それとも本当に何も無いのか、周囲を見渡しても何もおかしいものは見当たらなかった。どこにでもある雪山といった感じだった。
そんな中、私はある場所に自然と目が行った。よくよく見てみると、その場所だけ少し雪が隆起しており、小さな穴が開いていた。
「どしたの、かしのん?」
「……いや、まあ偶然開いただけか……?」
「あっ、確かに何か開いてるね」
多田敷さんは足元の雪をものともせずにその場所へと突き進んでいった。私は少し遅れながら後を追う。
「……ねぇかしのん」
「何?」
「ここさ、何か硬さが違うくない?」
多田敷さんが言った通り、その隆起している場所は他の所と比べると、少し固い様に感じられた。自然に雪が積もったというよりは、人間によって固められたという様な感じだった。
「……確かに、ちょっと違うかな」
「だよね? ちょっとここ怪しいよね?」
そう言うと多田敷さんは鞄から小さなスコップを取り出し、雪を除け始めた。
「勝手に掘るのはまずいでしょ」
「でもかしのんもおかしいと思ったんでしょ?」
多田敷さんは一切手を止める事無く、ひたすらに掘り続けていた。しかし、突然途中でその腕がピタリと止まった。
「これ……」
「……?」
多田敷さんが見付けたものを見た瞬間、私は腰を抜かしそうになってしまった。そこにあったのは、余りにも不自然で、あまりに不気味だった。
それは、死体だったのだ。
「っ!」
その死体は特に目立った外傷は無く、誰かに殺されたというよりは自然死した様に感じられた。服装にも乱れは無く、まるでまだ生きているかの様な見た目だった。
「け、警察に言った方がいいよね!?」
「……そうだね。そうして」
私は多田敷さんが警察に電話している隙に詳しく調べてみる事にした。何か身分を証明するものが入っているかもしれないからだ。そんな中、私は鞄からある一冊のノートを発見した。表紙には『研究用資料』と書かれていた。
何気なくそのページを見た私は、体中に悪寒が走るのを感じた。心が本能的な危険信号を出していたのだ。
私は電話を終えた多田敷さんの腕を掴む。
「どうしたの、大丈夫?」
「帰ろう……」
「え? でもまだ見つけて……」
「いいから」
私は多田敷さんを引っ張る様にして、足早に山を後にした。
宿にも戻らず、空港まで行った私達は、長い待ち時間を終え、帰りの飛行機に乗っていた。
「ねぇかしのん、どうしたのさ?」
「……これ見て」
私はあの死体が持っていたノートを見せる。
「ノート?」
「あの死体が持ってた鞄に入ってた。このページを見て」
私は本能的な危険を感じるきっかけとなったページを開き、多田敷さんに見せる。
そのページには、世界各地の伝承に語られている小人に関しての記述がされていた。かつて北海道に居たというコロポックルや精霊の類であるノームなどについてだ。恐らく彼は多田敷さんと同じ様なオカルト好きだったのだろう。
「んー……特に変な所は無いと思うけど……」
「この写真、見て」
私はノートに貼り付けられていた複数の写真を指差した。
その写真は人形やぬいぐるみを写したもので、それらは一見どこにでもある普通の人形やぬいぐるみにしか見えなかった。今でもそうとしか見えない。だが、その写真の下にはこう書かれていた。
『ただのにんぎょうです』
一つだけではない。張られている全ての写真にしつこい程同様の言葉が書かれていた。それがノートに書いてある筆跡と同じものであれば、どれ程良かった事か……。
「多分だけど、あの人は私達と同じで、小人を捜してたんだと思う。そして、真相に辿り着いてしまった」
「それって、この人形が……」
多田敷さんがそこまで言ったところで、私は彼女の口を手で塞ぐ。そうするしかなかった。
「……駄目、話しちゃ駄目だ」
私はノートを閉じ、鞄にしまい込む。
「今回の事は忘れよう。私達は何も捜してなかったし、彼はただの不幸な事故で亡くなった。いい?」
「……オッケ」
流石に理解をしたのか、多田敷さんはそれ以上『アレ』について話そうとはしなかった。私が今言った事も、多田敷さんに向けて言ったというよりもむしろ、『彼ら』に対して言ったという面の方が大きかった。
……やっぱり私の言ってた事の方が正しかったんだ。ファンタジーは現実じゃないからいいんだ。現実になってしまえば、ただの恐怖の対象になってしまう。
私は近くの座席に座っている女の子が持っている人形から目を逸らし、窓から見える景色に逃げ出す事にした。