第12話:隣人共 その②
ふと目が開く。普段飛行機に乗り慣れていないからか、目が覚めてしまった様だ。ふと隣を見てみると、多田敷さんはアホ丸出しの顔で涎を垂らしながら眠っていた。
私はトイレに行くために席を立ち、機内を歩き始めた。
しかし、今これに乗っている私が言えた事ではないが、皆よくこんなものに乗れたものだ。一応原理は分かっているらしいが、こんな金属の塊が空を飛んでいるのかと思うとゾッとする。今の私にはこれが落ちないことを祈るしかない。
そんな事を考えながら歩いていると、ふと一人の少女に目が留まった。その少女は人形を胸に抱いて眠っており、その寝顔は穏やかなものだった。
正直羨ましい。飛行機に持ち込まれるくらいだ。きっとこの人形は、彼女にとても気に入られているのだろう。いつか私も色んな人に気に入られる様な可愛らしいキャラクター達を作りたい。出来る限り、早くホラー漫画から離れたい……。
トイレに付いた私は用を足しながら考える。
いつからファンタジー漫画を描きたいと思うようになったんだったっけ。確か一人で絵を描いてる時に多田敷さんがそれを偶然見て喜んでくれたんだったかな。それが嬉しくて漫画を描きたいと思い始めたんだっけ……。
トイレを済ませた私は外に出ると、来た道を戻っていた。その時、ふと足元に気が付く。
そこには先程の少女が抱いていた人形が仰向けに落ちていた。恐らく、寝ている彼女の腕から落ちてしまったのだろう。隣で寝ている親も気付いていない様だ。
「ほら……」
私は人形を拾い上げると少女の腕の隙間に押すようにして入れた。
事を終えた私が席に戻ると、多田敷さんがニヤニヤとしながらこちらを見ていた。
「何」
「いやぁ~? 何も~?」
これは完全に見られていたな……余計な事をするんじゃなかった……。
私は多田敷さんを一睨みした後、目を瞑って到着を待つ事にした。
それからどれくらい経っただろうか。
飛行機を降りた私達は、いくつもの電車やバスを乗り継ぎ、多田敷さんが予約していたとある村の宿に泊まる事にした。
その宿は相当長くやっているのか随分と年季が入っており、時代を感じさせるものだった。
部屋に入った私達は腰を下ろし、机越しに向かい合う。
「どうだった? 初めての飛行機は?」
「正直二度と乗りたくない。空を飛ぶ鉄の塊ってやっぱりおかしいでしょ」
「じゃあ泳いで帰る?」
「……笑えない」
私は多田敷さんのくだらない冗談を受け流し、部屋を見渡す。
年季は入っているが、綺麗にしてあるからか嫌な感じはしない。畳も私好みの感触だし、広さもそこそこだ。
そんな中、ふとある物に目が留まる。
「何あれ」
「ん~?」
部屋に置いてあった小さい冷蔵庫の上には、人形が置かれていた。飛行機の中で見た物とは違い、アイヌの民族衣装の様なものを身に付けていた。
「ここの飾りじゃない?」
「宿に置く? こういうの?」
私は立ち上がり、近付くと、適当に掴んで見る。
別に特におかしな所は無い。縫い目だってあるし、どこにでもある普通の人形だ。触った感じも別におかしくない。
「……まあ、こういう所もあるか」
私は元あった場所に人形を戻すと、再び向かい合って座る。
すると多田敷さんが鞄の中からノートパソコンを引っ張り出し、電源を入れた。
「ねぇねぇかしのん。ちょっと復習しとこうよ!」
「復習?」
「うん。ほら、かしのんって絶対ちゃんと調べてきてないでしょ?」
当たっていた。
正直、小人なんてものを信じろという方がどうかと思う。そりゃあファンタジーの中に出てくるなら全然ありだとは思うが、現実にそんなものがある訳がない。
「……まあね」
「じゃあ動画見ようよ動画!」
そう言うと多田敷さんはパソコンを持ったまま私の隣に移動し、動画サイトへ入った。そこには小人やUMA等の動画がずらっと並んでいた。
「……多田敷さん、普段からこういうの調べてるでしょ?」
「そうなんだよねぇ。今じゃこうやっておすすめが全部こういうのになっちゃっててさ」
多田敷さんは楽しそうに笑いながらカーソルを動かしている。その笑顔には一切の邪気は感じられず、まるで楽しい玩具を見つけた子供の様だった。
「これ見てみ?」
そう言うと、多田敷さんはある動画を再生し始めた。
「これね? この画面に映ってる人が、友達に家の紹介をしてる時に撮った動画なんだって」
実際に画面には海外の青年が映っており、キッチンやらを何か喋りながら撮影していた。やがて場面は屋外に移り、木が映された。
「ほらここ!」
「え?」
「いや今居たじゃん!」
そう言うと多田敷さんはその場面まで巻き戻し、もう一度見せてきた。
言われた通り注意深く見てみると、確かに木の枝の部分に何か小さな人の様なものが動いているのが映っていた。しかし、カメラはすぐに横へと動いてしまったためあまりじっくりと見る事は出来なかった。
「……まあ、映ってはいたね」
「でしょ!」
「まさかこれマジだと思ってる?」
「勿論!」
驚きだ……本気でこれを信じるのか。私から言わせれば、これはただのやらせだ。木に乗っている小人に気付かなかったとしても、わざわざ木を撮影する意味が無い。それに、正直ボヤケていてよく見えない。それっぽく映してはいるが、すぐにカメラを動かして長時間映っていないのも怪しい。
「いや……流石に映ってる時間が短すぎるし、これは作り物でしょ」
「まだ信じないの!? ん~それじゃあ……」
多田敷さんは意地でも認めさせたいのか、また別の動画を開く。
「これとかどう?」
その動画は家を囲っている塀を撮影している動画であり、日本語が聞こえる事から日本で撮影されてものらしい事が分かった。やがてカメラは塀の角にある出っ張りを写した。そこから小さな人間がこちらを窺う様に体を覗かせていた。
「……で?」
「日本にも居るって決定的な証拠だよこれは!」
「……正直言うよ? 馬鹿なの?」
「え!?」
私は溜息をつく。
「あのさぁ……確かに私はホラーは苦手だよ。だけど、こういうあからさまなド素人演技に騙される程じゃないんだよ」
私は動画を巻き戻す。
「いい? ほら見てみなよ。こんな素人丸出しの演技を私が見破れないとでも? 馬鹿じゃないの? これなら子供の学芸会見てる方が万倍マシだ」
「え~……夢が無いなぁ……。何でそこまで信じないかなぁ……?」
「……多田敷さん、おかしいとは思わないの? 今の時代、安いカメラでもそこそこの画質はあるでしょ? それなのに、どうしてこういう動画はどれもこれも画質が悪い訳?」
多田敷さんは髪を弄りながら考える。
「それはぁ……急な事だったからじゃない? とりあえず携帯で撮ったとか」
「だいたいが偶然っていう体で撮られてる。それは理由にならない」
私は動画サイトの関連動画をクリックする。
「それに、これだよ」
「うん? これって……」
私が再生したのは、多田敷さんが私に見せたあの警察官が小人に襲われるという動画だった。
「この小人さ、何でこんな格好してる訳? 小人は大抵、人間に見つかったら逃げてる。それなのに、何でこんな目立つ服装してる訳? こんなのパーティー位でしか着ないでしょ」
「それはかしのん、ほらアレだよ。民族衣装って奴だよ!」
「……じゃあさっきの日本の動画は? 明らかにシャツみたいなの着てたけど」
「国によって違いがあるんじゃない?」
「いい? 多田敷さん。人間を見てみてよ。今までに長い歴史の中で服装は大きな変化を遂げてる。かつて誰もが着てた民族特有の衣装は、祝い事の時とか特別な時だけに着る事が増えてきてる。中には今でも伝統を守って着続けてる国もある。だけど、人間に見つかったら逃げる様な生物がそんな事を気にし続けるのはおかしいよね? 自分達の身と伝統、どっちが大切なんだって話になるでしょ?」
多田敷さんはムッとした表情をしながら私の話を聞いていた。話を聞き終えると、彼女は鞄からもう見飽きた雑誌を取り出した。そのまま彼女はそれを開き、あるページを見せた。
「最近は小さいおじさんっていうのも見つかってるんだよ? 芸能人の人も沢山見てるの」
「……芸能人なんて嘘の塊でしょ? それこそ注目するためなら下手な嘘でもつくよ。最も、最近はSNSが出来たせいで、一般人まで何の面白みも無い嘘をつく奴が増えたけど」
彼女が取り出した雑誌『グランドクロス』のページには『小さいおじさん』の記事が書かれており、そこにはテレビでよく見る芸能人へのインタビューまで載っていた。
可哀相な人だ。ちょっと注目されたくて下手な嘘ついたばっかりに、こんな胡散臭い雑誌に載せられるなんて……人によっては一生もんの恥だ……。
多田敷さんはむくれながらパソコンと雑誌を鞄に収めた。
「もう……強情だなぁ……」
「……皆嘘をつくのが下手過ぎるんだよ。面白くも無い、リアリティも無い、そんな嘘ばっかりだし……」
私は冷蔵庫の上の人形を見る。
「それに、こういうのはファンタジーだからいいんだよ。現実に居るとか言い出したら、それこそ夢が無い。夢は夢のままでいるからいいんだ」
「そんなもんかなぁ……?」
多田敷さんは納得出来ていない様だったが、それ以上は下手に信じさせようとはしてこなかった。
やがて私達は宿で出された簡単な食事を済ませ、明日に備えて眠る事にした。




