第11話:隣人共 その①
私は仕事の休憩にパソコンを点け、ある掲示板を見ていた。それは『オカルト掲示板』と呼ばれている掲示板で、物好きな人間達がこぞって馬鹿馬鹿しい噂話やら都市伝説やらを語り合っていた。
上から適当に流し読みしていると、お目当ての名前が見つかった。
『神代火葬場』。数日前に私と多田敷さんが行った場所だ。あれから私がやった事がちゃんと狙い通りになっているか不安だったが、どうやら上手くいっていたらしい。恐ろしい火葬場は今やあらゆる人間に知られたチープな都市伝説に成り下がった様だ。こうなってしまえば、今では議論にも上がらない『口裂け女』と同類だ。
安心した私がパソコンを閉じようとすると、丁度メールが届いた。私は少し面倒くさいと思いつつも、仕事のメールである可能性も考え、メールボックスを開いて見る事にした。
見てみると、送信者は多田敷さんであり、何やらまた妙な話を見つけてきたらしかった。私は苛立ちながら携帯を開き、多田敷さんに電話を掛ける。
『あ、もしもし樫野先生? 見てくれました?』
彼女が敬語を使っているという事は仕事場に居るのだろう。
「見たよ。あのさ、ちょっと前にあんな場所に行ったんだよ? なのに何なのさ?」
『まーまー落ち着いて下さいって。その様子だと本文にはまだ目を通して無い感じですね?』
「当たり前でしょ。見て無いよ」
『やっぱりですか。まあちょっと気分転換に見てみて下さいよ?』
私は苛立つ気持ちを抑える様に鼻息を漏らし、メールを開く。
そこには『コロポックル』なる小人の話が書いてあった。
『見ました?』
「見たよ。で? まさかこれを捕まえるとか言わないよね?」
『まぁさかぁ! 捕まえるなんてしませんよ。会いに行くんです』
思わず呆れて溜息が出る。
「あのさぁ……私もこれ位は知ってるから言わせて貰うけど、こんなの作り話でしょ」
『何言ってるんですか! そこに添付してる動画見てみて下さいよ!』
私は画面をスクロールし、動画ファイルを開き、再生した。
動画内には外国人と思われる子供が映っており、カメラを回していると思われる親に何やら話している。しかしその直後、その後ろで小さな人影が凄い速度で走り、画面を横切った。親はパニックの様なものを起こしており、そこで動画は止まった。
「……見たよ」
『どうです!? 本物でしょ!』
「あんまり私を舐めないで欲しいよ。こんなの作り物だよ。ありえない。大方、注目浴びたくてこの投稿者が作ったんでしょ。全く……いい歳こいて恥ずかしくないのかな?」
『そんな訳ないですよ! テレビとかでも沢山小人の動画は出てましたよ!』
私は馬鹿らしくなり、椅子の背もたれにもたれる。
「それも知ってるよ……適当にチャンネル回してる時に偶然見ちゃったし……」
『お! どんなのでした!?』
「……警察官が小人に襲われるやつ」
『おお! いいのを見ましたね!』
「どこが? あんなのそこらのCGデザイナーに頼んだ方がマシなレベルでしょ。出来が悪過ぎる」
思い返してみれば、何でテレビはあんな動画を使ったんだろうか? そういう番組は別に好きにやればいいが、もっとこう……リアリティのある動画を使った方が人の心を動かせると思うのだが……。
『えー……そんなに言います? 人を襲う小人も居るっていう貴重な資料ですよ?』
「まるで小人が居るって前提の話し方だね。馬鹿なの?」
『ばっちり映ってたじゃないですか! 後、馬鹿じゃないです!』
「いや……あれを本物というのは無理があるでしょ……。それならさっきの多田敷さんが送ってきた動画の方がまだ信憑性があるよ」
その瞬間、電話先で小さく笑い声が聞こえる。
『……ほうほう。つまり、樫野先生は信じると?』
「……は?」
『今、確かに、言いましたよねぇ? さっきの動画の方が信じられるって?』
「言って無い。信憑性というか、リアリティがあるって言ったんだ!」
『いいんです……いいんですよ、ムキにならなくても。私には分かっていますから」
最悪だ……完全に油断してた。まさかこう来るとは思わなかった……あえてあの動画を選んだのか……わざとクオリティの高い動画を……。
『じゃっ、いつにします?』
「いや、何? どこにも行かないよ?」
『いや行くんですよ。北へ』
「……一人で行きなよ」
『いやぁ、でも今回行く場所は一人じゃ危険なんですよ。少なくとも二人は居ないと』
「じゃあ行かなきゃいいじゃん」
『そうはいきませんよ! 現地に行って調査するのも私の仕事なんですから!』
こうなったらもう行くしかないのだろう。もしこれで行かないとでも言ったら、彼女も現地に行こうとしない筈だ。そうなればクビも免れないかもしれない。そうしたら……彼女が担当する私の漫画はどうなる? ここで連載を終えてしまえば、ファンタジー漫画を描けるかもしれないが、拾ってくれる所があると言いきれるだろうか? もし無ければ私は飢え死にするはめになる。
「……分かったよ。で? 何で北の方な訳?」
『そう言ってくれると思ってましたよ! えっとですね? コロポックルの伝承は北海道とかに伝わってるんですよ』
私はパソコンで検索をかける。
「……みたいだね。言っとくけど、さっさと済ませてよ? ただでさえ寒い所は嫌いだっていうのに、居もしない小人を捜しに行く訳だからさ」
『分かってますよ。昔から寒がりでしたもんね?』
「……で、日付は?」
『えっとぉ……』
それから数日後、私は空港のロビーに座っていた。スーツケースに二日分の服を詰め、背中のリュックにはカロリーメイトやら乾板やら水、ニット帽やネッグウォーマーを詰め込んでいた。
視線の向こうから多田敷さんが走ってくるのが見える。背中にはキャンプで使う様なデカイリュックを背負っていた。
「かしのんーー!!」
馬鹿みたいに大きい声を出しながら多田敷さんはこちらに手を振っていた。
私は仕方なく立ち上がり、多田敷さんの方へと向かう。
「いやかごめんごめん! 遅くなって!」
「出発には間に合うからいいよ。それより、デカイ声出すの止めてもらえる? 見っとも無いないから」
「あーごめんごめん! あはは」
「……行くよ」
私は反省の色が見えない多田敷さんを連れて、飛行機へと向かっていった。
荷物検査を終えた私達は飛行機に乗り込んだ。多田敷さんは当たり前の様に私の隣に座っていた。
「一人が良かったんだけど……」
「えー、何で?」
「絶対うるさいじゃん……ただでさえ行きたくない所に行かされるんだからストレス溜めたくないんだよ……」
そんな事を話していると、離陸アナウンスが流れ、飛行機は飛び立った。
「それとさ、次の掲載は休みにしてよ?」
「分かってるよ。ちゃんと編集長に話し通しといたから」
「……そ。ならいいけど」
私は音楽プレイヤーにイヤホンを刺し、耳に付けた。それにも関わらず、多田敷さんは私の肩を叩き、注意を引こうとしていた。
最初は無視していたものの、いつまで経っても止めないため、仕方なくイヤホンを外し、話しを聞く事にした。
「おっ、気付いた?」
「何、何がしたいの」
「いやさ、かしのんは小人否定派なのかなって」
「……ファンタジーとかそういうのに出すならありだと思う。ただ現実では居ない、それだけ」
「えー? 言い切っちゃうの?」
私はプレイヤーを納める。
「そりゃそうだよ。だって今回捜しに行くコロポックルだって明らかに作り話の類じゃない」
「やれやれ……夢が無いなぁかしのんは」
「は?」
「いい? 動画サイトにはそういう小人とかUMAとかの動画が沢山上がってるんだよ?」
「そうだね、出来の悪いクソ映画みたいなのが沢山あるだろうね」
多田敷さんは上目遣いで睨む。
「何で信じないかなぁ……」
「あのさ、別に私はそういう動画を作るなとは言わないよ。ただ、クソ映画染みたクオリティの低い動画を本物って言うなって言いたいんだよ」
本当に、ああいう動画を見て信じる人間が居るんだろうか? 精々子供位だろう。あれを本物だと思っている大人が居るとしたら、恐らく何かの病気だろう。
「別に好きでホラー漫画描いてる訳じゃないけどさ、私だって一人のプロなんだ。ああやってクオリティの低いもので儲けようとするのは気に入らないんだよ……」
私は多田敷さんの視線を無視し、背もたれにもたれながら目を閉じ、到着を待つ事にした。