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瑕疵症候群  作者: 鯉々
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第1話:生誕放送 その①

 いつもと変わらない一日だった。

 出不精な私は仕事部屋に篭り、いつもの様にペンを走らせていた。

 集中するあまり、神経が昂っている私の耳に家のチャイムが響く。恐らく彼女が来たのだろう。

 私は足早に玄関口へ急ぎ、ドアのチェーンを掛けたまま扉を開く。

「原稿の回収に来ましたー!」

 やはり彼女だった。

 パーマを掛けたようにフワッとした髪形は、短くてガサツに切られた私の髪とは違い、非常に女性的で魅力的に映る。

 目はクリッとした可愛らしい目をしており、その人当たりの良さと合わさって他人とすぐに打ち解ける事が可能であった。

「ああ。入って」

 中に入るように促すと、彼女は靴を脱ぎ、家の中へと入ってきた。

「原稿なら部屋にある。飲み物でも淹れてくるから先に行ってて」

 そう言い渡し、私は台所へと向かう。

 

 台所に着いた私は棚から引っ張り出した茶葉をポットに入れ、そこにお湯を流し込んだ。

 彼女は私と違って紅茶が好きだ。昔からよく飲んでいた。

 私にはあれの何がいいのかよく分からなかったが、別段非難するような事でもないため、口出しはしなかった。

 準備が出来た私はこぼさない様に仕事部屋へと運んでいった。


 仕事部屋では彼女がすでに原稿のチェックを済ませており、原稿の入った封筒を鞄に収めていた。

「あ! 樫野先生! 今回も良かったですよ!」

 彼女が私を褒める。

 私は社交辞令を言ったりして機嫌をとろうとする人間が苦手だが、彼女の言葉からはそういうのを感じなかった。それは、私が彼女を担当として側に置いている理由の一つだ。

「……描きたくもないものを描いてるのに褒められるっていうのは複雑な気分だよ」

 いつもの癖で少し冷たい言葉を吐いてしまう。

 私がこういう事を言うと、大抵の人間は機嫌を悪くするか、私の側から離れていく。当たり前といえば当たり前だ。

 だが、彼女は違った。そんな私に怒りもせずに、いつもニコニコ笑っていた。

「まあまあ、そんな事言わないで下さいよ」

 彼女が頬の辺りを指で撫ぜる。

 私がよく知っている癖だ。

 彼女は嘘をついたり、何かを隠している時、必ずこういう動きをする。

「何隠してるの。時間が勿体無いから早く話して」

「あはは……ばれちゃったかぁ……実はねぇ……」

 彼女は鞄からよく見知った雑誌を取り出す。

 『月刊 グランドクロス』。私が連載を持っているオカルト雑誌だ。

 UFOがどうのとか、ピラミッドがどうしたとか胡散臭い記事ばかりが載っている。

 私はこの時点で嫌な予感がしていた。

「うちの読者投稿コーナーがあるでしょ?」

 彼女が馴れ馴れしく話を始める。

 それもいつもの事だった。

 彼女、多田敷琴代ただしきことよは私と二人っきりの時はあくまで親友として会話を行う。

「そこでこんな投稿があったの。『深夜のラジオから流れる不思議な放送』」

 彼女は昔からこういう怪しい話が大好きだった。

 私はこういう胡散臭いオカルトはあまり好きにはなれず、いつも適当に聞き流していた。

 しかし、今やそういう事は仕事柄出来なくなっていた。

「多田敷さん。前にも言ったけど、そういうのは私は関わりたくないんだ」

「大丈夫だよ! 私も一緒にいるから!」

 そういう問題ではなかった。

 私は恥ずかしながら、ホラーが大の苦手なのだ。ホラー漫画を描いているのにである。

 こんな事が読者に知れたら、SNSなどで一気に拡散されてしまう。

 本当はふんわりとしたファンタジー物が描きたいのだ。

 それだと言うのに多田敷さんと来たら、「怖がりの人の方がホラーは上手く描ける」とか抜かしてきたのだ。

 私の顔から冷や汗が垂れる。

「……絶対に関わらない」

「何でも夜にラジオをつけてると、次の日に産まれてくる人の名前が読み上げられる事があるんだって!」

 私は声の震えを抑えながら、声を絞り出した。

「デマでしょ。昔ネットか何かで似たようなの見たよ。確か、『明日の犠牲者』だったかな?」

「詳しいねーーっ!」

 余計な事を言ってしまった……これではまるで興味があるみたいじゃないか……。

「そんなに興味があるんならぁ……」

「やめて! 絶対にやらない! そんなの知らなくてもいい! 別に連載に問題は無い!」

 私が叫ぶのも空しく、机の上にはラジオが置かれた。

「問題あるよ? かしのん最近ちょっとスランプ気味だよね?」

「っ!」

 言い返せなかった。

 当たり前だ。私はやりたくてホラー漫画描いてる訳じゃないんだ。本当は可愛いファンタジーを描きたいんだ。

 何も言葉が出ず、私は沈黙するばかりだった。

「……よし! 決まりだね!」

 いつもこうである。

 彼女は異常な程に私の扱いに長けている。私がどういう風に考え、どういう風に行動し、どういう言葉を吐くかを全て計算しているのだ。

 一見あまり頭が良くなさそうな言動でこちらを油断させておいて、実際は掌の上で転がしている。

 本当に恐ろしい親友だ。

 もうどうにもならないと堪忍した私は仕方なく、彼女が持ってきたこの話を検証する事にした。そうだ。全てデマなら何も起こらないのだから、それで問題ない筈だ。デマに決まってる。

 姿勢を正した私は深呼吸し、心を落ち着け、夜が来るのを多田敷さんと二人で待つ事にした。

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