第十一話──侵入──
「西山ビル」。それが颯太から渡された紙に書いてる住所が指し示す場所だった。
ビルとしては比較的小さめの五階建て。飲食店らしき店の看板などが付いていることから元々は雑居ビルだったらしい。
ただし、だいぶ前に廃墟と化しているらしく、汚れて廃れた様子が月明かりと合わさって、不気味な雰囲気を醸し出していた。
「いや、まぁ廃墟だからこそ、ウロボロスの奴らが潜伏したってところだろうけど」
そんなビルの向かいの建物の屋上から斗真一人言を呟く。
ホテルから出た後、蓮等に出会わないように慎重に目的地へ向かったら日が沈んでしまった。
プルルルル──。
唐突にズボンのポケットから着信音が響く。昼に川に飛び込んだ際に、水没したと思っていた為、斗真は驚いた。
ズボンから取り出してみたら、昼間使っていたのとは違うスマホが出てきた。昼のスマホはやはり水没したらしいが、この様子だと自分が気絶している間に、颯太辺りが入れ替えたと言うことだろうか。まぁ、颯太は綾乃にあらかじめ何か言われていたらしいので、これもその命令の一つだったのかもしれない。
「もしもし」
「もしもし、ぼくだよー。そうちゃんだよー」
電話にでたら、颯太の声が聞こえた。相変わらずの間延びした喋り方だ。
「はいはい、そうちゃんね。何の用? 今からその言われたビルに突っ込むから急いでほしいんだけど」
「あのねー、たいちょーがやられた」
「はっ!?」
そののほほんとした言い方からは、似つかわない内容に一瞬思考回路が止まる。
「えっ? いや、どういう事だ? 蓮がやられたって死んだのか? 誰にだ?」
「いやー、とりあえず落ち着いてー。たぶんだけどたいちょーは死んでないと思うよー」
「落ち着けってな。で? 死んでないなら、具体的にはどんな感じだ? 誰にやられた? まさかあんなに大口叩いといて、ウロボロスにあっさりやられたとか言うんじゃねぇぞ」
「いやいや、それがぼくにもよく分かんないだけどねー。なんて言ったらいいのかな」
何故か歯切れの悪い言い方をする颯太。
「もっとちゃんと言え。なんかパソコンから蓮のやつを監視みたいな事してただろうが」
「それがねー、唐突に周囲のカメラ全破壊されちゃったから状況がぼくにもいまいちーって感じなんだよね」
「なんだそれ。そんなことできるやつがいるのか?」
未だに颯太のやる事がよくわからないが、少なくともパソコンを覗いた限りは、かなりの映像が映っていたはずだ。つまりそれだけ何らかのカメラがあっただろう。それを全部破壊するなんて出来るのだろうか。
「さぁねー。まぁ壊されちゃったのは事実なんだけどー。で、一応壊される前に最後に確認できたのが、昼間、斗真と出会ってたあの少年なんだよねー」
「あいつか……」
脳裏に昼間のパーカー姿のあの少年が思い浮かぶ。なんというか助けてもらって助かったという思いがある反面、色々と胡散臭かったというが斗真の印象だ。
「だからー、一応気をつけた方がいいかもよーっていう忠告の電話かな」
「そうか、ありがと」
「うん、今一応たいちょーを最後に目撃した場所に向かってるから、ぼくもしばらくは電話出れないかもー。じゃあ頑張ってね」
「わかった。電話切るぞ」
「うん、じゃあねー」
電話を切ると、再びポケットにしまう。
名前もまだ知らない少年だが、再び会うときはもっと警戒した方が良いのかもしれない。
「まぁ、今はいない奴の警戒なんてしてもあれだし行きますか。『ポルターガイスト』」
能力を発動させると、屋上から一気に飛び降りる。昼間と同じ要領で身体全体を軽くして、着地の衝撃を和らげる。
そして、一気に建物へ走ると、そのまま入口へ入らず、ビルとその隣の建物の間に入った。
「また『ポルターガイスト』っと」
そして、足に力を入れると跳ぶ。今度は室外機を掴んだり、壁に挟まれていることを利用して壁キックしたりと、器用にビルを登り、屋上の手すりを掴んだ。
「よしっ……あっさりいけたな」
手すりを乗り越え、屋上の扉を見ながらそんなことを言う。
別に一階の正面から入っても良かったのだが、わざわざ裏というか屋上から入るなど、ここら辺は暗夜夜叉にいた頃の癖が抜けてないのかもしれない。
扉を開け、ビルへ入る。
そして、目の前にあった階段を降りる。降りた先の五階は何やらオフィスか事務所だったようだ。ホコリの被った机や、元々はパソコン等に繋いでいたと思われるコードが部屋の端に積まれている。
念のために、丁寧に部屋を探索したが、なにも見つからなかった。ホコリなどを見るにほとんどこの階には入ってすらないのかもしれない。
再び階段を伝って四階へと降りる。四階は、五階とほとんど造りは変わっていなかった。同じくこの階もオフィスか何かだったらしい。階段から一番離れた部屋は会議室か何かだったらしく、それなりの広さの部屋の隅には、折りたたみ式の机と椅子が積んであった。
(ふむ、この部屋も何もなしと。意外と一階から突っ込んだ方が早かったか?)
そんな事を思った時だった。
「!!」
斗真は人の気配を感じた。蓮がやられたという報告を聞いた今、このビルに味方はいないはずだ。……蓮が斗真にとっては味方なのかは怪しいが。
気配の方向は、階段の方である。斗真と同じように階段から来たというところだろうか。
カツ、カツとその気配の主からの足音が廊下に響く。
どこか隠れるところは? と斗真は辺りを見渡すが、生憎ほとんどの物は置いてないこの部屋には隠れるところは無さそうだった。部屋を出たらこの気配の主と鉢合わせするだろう。
「!?」
足音が止んだ。足音や気配を考えると止まったのは、恐らくこの部屋の前の廊下。
「そんな部屋に閉じこもってないで出てきたらどうだ」
廊下から声がかけられた。
このやや低い男の声は、昼間の蜥蜴男──グラサン男のものだ。
「まぁ、そのまま部屋にいると言うならこちらは下の仲間にも連絡するぞ。五、四、三──」
「チッ!」
舌打ちを打つと部屋から出た。恐らく既に連絡されたと思うが、もし事実なら一人一人各個撃破したい。
「よぉ。誰かと思ったがお前か、ナイフ使い」
「お前とは因縁があるらしいな、蜥蜴男」
男は、思ったよりも目の前にいる訳ではなかった。四メートルほど離れた位置でタバコを吸いながら佇んでいる。
生憎、昼間の戦闘を考えるとその程度の距離だと一切安心できなかったが。
「まぁ、お前は昼間のあの程度じゃ死なないと思ってたよ。いつかまた殺り合うだろうとも思ってた。まさか今日のうちに再びだとは思わなかったがな。『リザードマン』」
京介はそう笑みを浮かべながら、能力を発動させると、持っていたタバコを鱗まみれとなった手で握りつぶす。
「ちょうど、俺が見回りしてて良かったよ。お前は俺が倒したいと思っていた」
「そうかよ。俺としてはあの乱射魔とどっちでも良かったがな。まぁ各個撃破できるというなら、ありがたくそうさせてもらおうか。『ポルターガイスト』」
身体中に仕込んだナイフを、取り出しながら能力で周囲に浮かす。既に互いに能力はバレてる。隠して出し惜しみする必要もない。
グラサン男は、そんな様子を口元に笑みを浮かべながら見ていた。見ているということは、こちらに準備くらいさせても勝てるという自信の表れだろうか。
「フフフ……。準備できたか?」
「楽しそうだな。そんなに戦闘が好きか。まぁ準備はできたよ。なぁ、一ついいか? お前の名前は?」
何となく、思いついたと言った様子で斗真が聞く。
「西尾京介。お前を殺す名だ。覚えておけ!! ──いざっ!!」
そう律儀に答えると、一気にグラサン男──京介は異形の腕を振りかぶりながらこちらへ飛びかかった。
『ポルターガイスト』VS『リザードマン』。
開幕。