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第十話──雷を纏う獣と少年──

「ふぅ……楽になった」


 と、斗真は手首をブラブラと振りながら言った。周囲には切り刻まれた縄の残骸とその縄を切り刻むのに使ったナイフが落ちている。


「へー、そんな能力なんだー。便利そうだね」

「まぁな。ところで、俺が持ってたナイフ知らないか? 別にそのナイフが良いって訳じゃないが、新しく仕入れるのも億劫だし」


 そう斗真は落ちていたナイフを、能力で浮かして拾いながら聞く。こんな時に屈む必要が無いのは地味に便利だ。

 ナイフは綾乃が相当良いナイフを渡したのか、かなりきつく縛られた縄を切ったというのに刃こぼれ一つ見当たらなかった。


「あー、あのナイフ? なら、そのカバン開けるといいと思うよー。確かたいちょーがそこにしまってた気がする」


 颯太は左手でカバンを指さして、右手でノートパソコンに何かを打ち込みながら言った。

 片手だが、颯太のキーボードを叩く速度はかなり早い。

 少し覗いてみれば、無数の映像と何かの文字の羅列が写っていた。文字の方は斗真にはさっぱりだが、画面はどこかのカメラの映像らしく、蓮が走る様子が映し出されていた。映らなくなったら、どうもまた別の近くのカメラに切り替わっているようだ。


「いつまでぼくに指ささせるのー。いい加減腕疲れたんだけど」


 そんな颯太の呟きで斗真は正気に返った。


「あぁ、すまん。そのカバンだったな?」


 そう言いながら、いくつかあるカバンの中から颯太が指さしたと思われるカバンを開けた。

 どうやらドンピシャだったらしく中には大量のナイフが仕舞われている。

 数えたら元々持ってきた数より、何本か足りないが、流石に川に流されたりもしただろうし仕方ないだろう。


「そうそう、これこれ。ありがと」

「んー。どういたしましてー。……ところでさ。よくそんなにナイフ持てるよねー。しかも服とか身体中に仕込むとか。その状況で川に飛び込んだりするとか正気の沙汰とは思えないんだけど」


 そう颯太が語りかけてくる。

 しかし目と手はパソコンに釘付けである。

 斗真には、具体的に何をしているかは分からないが、恐らくこれが颯太の仕事なのだろう。

 対する斗真はかがみながら、先程颯太にも指摘された服や靴と言った部分にナイフを仕込む。


「そうか? まぁ言われてみたらそうなのかもしれないな。まぁ俺にとってナイフは体の一部みたいなもんだし」

「そんなもんかなー?」

「そんなもんだよ」


 そう言いながら、斗真は最後のナイフを右手の袖にある隠しポケットにしまい込んだ。

 全部しまったことを確認すると斗真は立ち上がる。

 無意識化で能力を発動させているため、ナイフの重さは一切気にならない。


「さてと、準備は完了っと。そーちゃん、改めてありがとな」

「いやいや、歩さんから頼まれてたしねー。あくまでぼくはただ一本のナイフを机の上に置いただけだよ。あと、これ」


 颯太は一枚の紙切れを渡してきた。

 斗真が受け取ると、そこには住所が書いてあった。


「そこにウロボロスがいると思うよー。少なくともぼくが調べたから間違いないはず」

「ここは基地の一つだったりするのか?」


 斗真が疑問を聞くと颯太はあっさりと否定した。


「いやー、全然。恐らくその場凌ぎだと思うよー。あのウロボロスの所有物らしき車は使えないようにこっちがあらかじめ細工しといたからー、仲間を呼ぶまでの隠れ場所って所かなー? 昼間の騒動のせいで警察が動いてて、迂闊に動けないから仲間を呼ぶか、もう少し夜中になるまで待つつもりだと思うよー」

「ふぅん」


 特に言っている事におかしい事は無かったので斗真はあっさりと納得した。

 むしろ、あらかじめ車に細工するとかできたのかとか、そんなことを思ったくらいだ。

 斗真は扉へと歩き、ドアノブへ手をかける。


「なら、行ってくる。じゃあな」

「いってらー。あ、もちろんぼくのことは秘密にしてね」

「当然だ。じゃ」


 そう言うと斗真は扉を開け、部屋の外へ出た。

 これから再び仕事だ。


 ──☆──☆──


 既に陽は落ち、道路の電柱に付けられたライトが点灯しだすという時間。

 蓮はそんな中、目的地であるとある廃ビルへと人目につかない道を一直線に駆けていた。

 少なくとも今すぐウロボロスが動くはずはない。そう予想は立てていたものの、確信とまではいかない。だからなるべく目的地へと早く着きたかった。

 そう思うからこそ、足には自然と力が入る。ちなみに車などは持ってきていないため、必然的に徒歩となっている。というか蓮の能力の性能上、戦う時はなるべく機械類を近づけれないのだが。


「!!」


 蓮は足を止めた。

 別に目的地へ着いた訳では無い。ただ目の前に不審な少年が立っていたからだ。

 半袖の白いパーカーを着て、片手には日本刀を握っている。


「やぁやぁ、君が上地蓮さんだね。なんとか出会えて良かったよ」


 少年はこちらに気づくと、そう明るく語りかけてきた。


「……昼間、斗真さん達が逃げている時、手助けをしたのはあなたですね」


 それに対して蓮は淡々とした態度で言った。

 内心は、今すぐにでも廃ビルへ向かいたいし、はっきり言って気の短い蓮からしたら既に少し苛立ってすらいたが、敵か味方かわからない相手を無下にする事はできない。そういう風に蓮の思考が至った結果こんな対応になった。


「あれ? なんで分かるの? まぁ僕の存在を秘密にしろとは言ってないし、僕も隠れる気はゼロだったからね。その点は仕方ないか」


 一人でブツブツと呟く少年。

 それが蓮をさらに苛立たせた。


「目的はなんですか? 私は急いでるんですが」

「強いて言うなら、君と雑談する事……かな?」

「……そういうのは後にしてください。急いでいるので」

「いやいや、今じゃないとダメだよ。──だって、今僕は邪魔するために君に喋りかけに来たのだから」


 そのセリフを聞いた途端、蓮は動いていた。


「『雷獣』」


 左手をピンと前へ伸ばすと、手の先から雷撃を撃ち出す。

 そして撃ち出された雷撃は少年を撃ち抜き、背後の壁に派手な焦げあとを残した。

 この間にほんの数秒もかかっていない。雷撃の早さも相まって並大抵な人なら死ぬはずだ。


「……ふむ。昼間の映像的に味方か少なくとも敵ではないかと思いましたが、敵でしたか。所属や名前を聞くのを忘れましたが、後で映像から分析すれば何とかなるでしょう」


 蓮はふぅと一息ついた。左手には能力行使の結果、常に静電気に当たっているようなピリピリとした感覚が残る。

 『雷獣』。それが上地蓮の能力だった。雷撃を中心として、様々な電気を身体中から撃ち出す事ができる。元々雷を操る能力は少ないが、その中でも一際強力なものである。


「──つまりその『雷獣』の雷撃で撃ち抜かれたはずのあなたは死んでいるはずなんですけどねぇ……。一体どういう能力を使ったのですか?」


 蓮はゆっくりと後ろを振り返った。


「世界が最も恐れる力の一つだよ」


 そこには、なんら変わらぬ様子の少年が立っていた。妙に含みを持たせた言い方で喋る。


「ちっ。……なんらかの幻惑、幻視または高速で移動するタイプの異能と言ったところでしょうかね」


 蓮は、今までは苛立っていたが、その中で焦りや得体もしれない恐怖が生まれるのを感じていた。

 あの雷撃は全力で撃ち出していた。少なくとも生け捕りにしようとかそんなつもりは一切ない。なのに少年はピンピンとしていた。

 雷撃をかわす能力なんて今まで蓮が戦ってきてほとんど無かった。それ故の恐怖。

 また、この少年は世界が最も恐れる力と言った。ハッタリかもしれない。よく喋るやつは嘘つきかどこか追い込まれていると相場は決まっている。

 が、この少年に嘘をついている様子は無かった。もし本当ならどうだろうか。Sランク……いや、SSランクの能力となれば蓮の手の負える範囲を超えている可能性が高い。

 ここで、もし蓮がとれる行動があるとしたら全力で逃げる事だろう。

 ──生憎、秒速百五十キロメートルの雷撃をかわす少年相手には、それは叶いそうもないが。


「まぁ、出血大サービスで言っちゃうと後者の方がより正解には近いかな。まぁいきなり攻撃をしかけてくるくらい雑談したくないなら、ささっとやられてよ」

「──待ってください!!」


 今にも日本刀を構え、攻撃に入ろうとする少年を蓮は止める。ただ、時間を伸ばすため咄嗟に口から出た言葉だった。

 まだ少年は一度も攻撃をしていない。が、一度戦闘に入れば負ける。蓮は経験から察した。だからこそ、少しでも時間を伸ばすために、こちらから喋りかけた。時間稼ぎをした所で結果は変わりそうもないが、悪あがきはするだけ得だ。


「ん? なに?」

「……なぜ……私を邪魔しに来たのですか? もちろん私から攻撃しましたが、その前から邪魔しに来たと言いましたよね?」


 蓮の言葉に少年は構えていた日本刀を下ろした。


「あぁ、別に君が葵ちゃんを助けるってのも良さそうだったんだけどね。ただ、あの昼の少年が葵ちゃんを助けた方がよりドラマティックな展開になると思ったからね。そちらの方が天使やお父さんも喜びそうだし。……まぁこれは僕の偏見に基づいた独断行動だよ。君は運が悪かったね」


 少年はべらべらと喋る。

 天使やお父さんなど蓮にはそのセリフに含まれる単語のいくつかが完全には理解できなかった。しかし、少なくとも少年の独断行動で蓮はやられるらしいということは理解できた。ドラマティックな展開にするために意味もなく倒される。ふざけるな。そう思った。


「展開をドラマティックに? それになんの意味があると──」

「はいはい、無駄話はここまで。最初は無駄話でもして君の邪魔しようかと思ったけど、いきなり攻撃されたから気が変わった。ウロボロスの奴らの動向も見たいしね。──ささっと君を倒す」


 そう言うと、少年は再び刀を構える。

 もう言葉には応じてくれないようだ。


「ちっ、『雷獣』!!」

「遅い!!」


 先手必勝。再び蓮が先に能力を発動させる。が、それすら少年には遅かったらしい。

 少年の姿が消えたかと思うと、蓮の目の前に現れていた。少年の言葉が正しいなら、恐ろしい速さで移動したか、瞬間移動したのか。どちらにせよ、蓮にはその早さに対応どころか見ることすら叶わなかった。


「グフっ!! ──このっ!!」


 腹を思いっきり蹴られる。蓮はすかさず『雷獣』の力で雷を纏わせたパンチをするが、その時には再び少年の姿が消える。

 と、思えば背中に派手な衝撃を喰らった。どうも後ろから蹴られたらしい。


「チッ! 『雷獣』放電」


 一点への攻撃が当たらないならと、今度は身体中から電撃を撃ち放つ。

 周囲の明かりが消える。どうも今の技で辺り一帯に停電が起きたらしい。

 が、それを気にする余裕は今の蓮にはない。

 停電ということは恐らく颯太の支援も受けられなくだろうが、どうせそんな物あったところで雀の涙程度だろう。


「はぁはぁ……」


 蓮は肩で息をした。放電はそれなりに体力を使う。もちろんそれに見合うだけの威力はあるが。

 それで少年がやられてくれたら御の字だ。


「いやぁ、凄いね。僕に本気を出させるだけで褒めれるレベルだよ。流石その歳で華原家の兵を纏めているだけあるよ」


 が、再び少年の声が聞こえる。

 予想はしていていたが、少年はやはりやられていなかった。

 蓮から三十メートルほど離れた地点に何食わぬ顔で立っている。怪我どころか息一つ乱れた様子がない。


(ちっ……強いですね。一切こちらの手が通用する気がしません)


 蓮はもちろんそんな様子を諦めるつもりは無い。が、弱点らしい弱点も見当たらず、どんな能力か分からず、こちらの手も一切通用しない今、完全に打つ手が無くなっていた。


「じゃあ、そろそろおしまいにしようか」


 再び少年の姿が消える。


「『雷獣』放──」

「チェック・メイト」


 直感で蓮は再び全身から雷撃を放とうとする。が、それより先に再び背中に衝撃を感じた。先ほどの蹴りの比では威力だ。

 蓮の意識が徐々に暗転する。


「まぁ、安心してよ。今回は峰打ちにしておいたからさ」


 蓮が最後に見たのは、日本刀を持ちながらそんなことを言う少年の姿だった。

1週間以上日が開いたぞこの人←


はい、すいません……

文化祭とかで忙しかったんです(言い訳)


次は1週間以内に投稿できたらいいな

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