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『山の海〈10〉』『死んだ白猫〈9〉』

『山の海』


 山際にだいだらぼっちのような入道雲が沸いていて、それが流れてきたのだった。

 数粒の斥候が、ぽたりと、乾いた地面に丸い目印をつけた。

 ぽたり、ぽた、ぽた、ぽたり。

 みるみるうちに薄暗くなってゆく夏空に、不穏な気配を引き連れた落雷がどんどん近づいてくる。大太鼓を渾身の力でもって打ち鳴らしているかのような轟きだ。行進にしてはいささか精細を欠いた、下手くそででたらめなリズム。一体全体今回はどんなものどもがやってくるのだろう。少しだけ楽しみに思いながら、しみじみと明滅する稲光を見つめていた。

 夏の夕立が連れてくるものどもについて、まだ幼かった私に語ってくれたのは、今は亡き母方の祖母だった。深々と茂った緑に囲まれた田舎の一軒家――今現在私が住み着いている、だだっ広いだけの古民家――の縁側で、祖母は私にいろいろなことを語ってくれた。

 例えば御山に住まわれる神様のこと。陽炎が背丈ほども立ち昇る暑い昼中に現れるという畑のふよふよのこと。笹鮎という草を生やした珍しい川魚の生態と産卵について。怪談じみたものでは、新月の夜に染み出すという床下の影について語ってくれたことまであった。

 どれもこれも不思議な魅力に満ちた話ばかりで、まだ幼かった私は祖母の巧妙な語り口もあって、どんどん奇妙な世界に惹きつけられていった。帰省するのは決まって盆の二三日に過ぎなかったけれど、情報と物とに溢れかえった都市空間から離れることは一向に苦にならなかった。それどころか、ある種の冒険にでも出かけるような気分で、毎年盆が来るのを楽しみにしていたのだった。

 そんな私のことを、両親はあまり良く思っていなかったようだ。とりわけ私が、祖母の荒唐無稽な作り話に傾倒していくことが我慢ならなかったらしい。むせ返るほどの緑に囲まれた祖母の実家で過ごすこと自体は意義あるものとして捕らえていたみたいだったが、それ以上のことは、例えばそれが経験であれ伝聞であれ、決して望んではいなかった。

 結局のところ、母も父も観えない人たちだったということに尽きるのだと思う。両親には湿っぽい彼らの息遣いも聞こえなければ、濃密な影のような気配も感じ取ることが出来なかった。彼らがどれだけ側に近寄っていようとも、朧気な輪郭さえ掴めない普通の人に過ぎなかったのだ。

 とは言え、両親の体質なり感覚といった先天的な資質について、劣っているとか低俗であるなどと見下したいわけではない。ただ少しだけ、ほんの少しだけ悲しくあるだけだ。例えばもし、両親が、望むらくは母だけでも、彼らの存在を欠片ほどだけでも理解できていたのならば、祖母はきっと違った人生を歩めていたはずだから。

 蛇口から落ちる水滴のような雨がぴたりと止んで、山からは冷たい吹き降ろしの風がなだれ込んでくる。運ばれるのは雨のにおい。とびきり濃密な、湿潤たる雨の、水のにおいだった。

 ちょうど楢の木がある庭先に干してあった洗濯物を取り込み終えたところだった私は、ずんぐりと鈍色に染まった空を見上げて、急にぞっとしなくなった。なんだかとてつもなく大きいものがやってくる気がする。直感と言うにはあまりにも明瞭ではっきりとした感覚が鋭く脊髄を貫いたのだ。

 勢い良く吹き降ろす風が、ざわざわと楢の枝を揺らしている。

 ――いけないいけない。ああ、大変よろしくない。

 声帯を潰したような、しわがれくぐもった老女の声が頭上から落っこちてきた。

 ――これは大軍だよ。轟々と唸って謬々と吹き荒ぶ荒くれものどもだよ。海から川から森から沸き立って、混ざり合わさり、到底考えられないようなうねりになっている。桑原桑原。今回ばかりは一溜まりもないかもわからないねえ。あな恐ろしや恐ろしや。

 声を聞き終えるや、飛び跳ねるようにして我が家を振り返った私は、すぐさま家の中に飛び込んで、家中の雨戸という雨戸を引き出し始めた。古くなったためか、それとも元来より立て付けの悪いためか、雨戸は上にも下にもガタガタとぶつかって、そう多くはない仕事に出ることを拒みに拒む。いい加減にしなさいと、半ば憤慨としながらも、ようやく外壁に仕舞い込まれた重い腰を引っ張り出し終えた途端に、どん。どしん。と唐突な落雷が大気を穿った。

 衝撃で箪笥や食器棚や卓袱台といったものものが僅かに飛び竦み、細かな音を立てる。天井を横断する大きな梁やそれを支える黒々しい柱などは、みしりみしりと小さく軋んで、まるで家全体が震え上がったような錯覚に捕らわれてしまう。

 洗濯物を放り込んみ雨戸を閉じた縁側から、こっそりと小さな隙間を開けて伺ってみると、遠く山の向こう側から、いよいよ夕立の本隊が攻めこんでくる様子をしかと目のあたりにすることができた。

 上空からザッと長く垂れた篠突くカーテン。遠景をぼんやりと霞ませながら、ゆらゆらと風に煽られて、小波のような音と共に、破竹の勢いでこちらに迫ってきている。

 田畑が畔道が、どんどん白煙の向こう側に消えていく。川を橋を呑みこんで、雨のカーテンはいよいよ我が家にも食指を伸ばそうとする。来る来る来る。地を這う冷たい風が雨戸の隙間を駆け抜けていく。来る来る来る。もう来るすぐ来る――やって来た。カーテンの裾に触れたことを認識するのが先か地面に水滴が落ちたが先か、大粒の雨粒群は瞬く間に辺りを覆い尽くすと、空を切り、空を貫き、庭と楢の木をそっくり濡らして、屋根を打ち、瓦を穿ち、窓と雨戸を叩きつけながら、あらゆる物々を一挙呵成に打ち鳴らし始めた。

 さながら滝壺に迷い込んでしまったかのような降り様である。空気は刹那に潤いを満たし、乾いていたはずの庭先はたちまち浅い海へと姿を変貌させていく。屋根に連なる雨樋からは濁濁と流水が溢れだす始末だ。

 わずか一分足らずの間に、山間の古民家は荒波に揉まれる船舶の如き状態になってしまった。

 風は回も変わらず冷たくびゅうびゅうと吹き荒び、建具に開いた僅かな隙間からうなり声を上げて入り込んでくる。

 天蓋を駆け抜ける紫雷はどうにも虫の居所が悪いらしい。閃光を迸らせては癇癪を爆発させて怒号を響かせ、ビリビリと周囲一帯の大気を振動させている。

 苛烈を極める夕立を見上げながら、私は内心呆気に取られていた。こんなにも激しい降り方をするとは思っていなかったのだ。息を潜めてじっと耐え忍んでいるたくさんの気配が辺りに満ちている。それと同じくらい、豪雨を喜んでいるたくさんの彼らがいることも私は知っている。

 雨戸の隙間から入り込んでくる雨に濡れながら、不意に、今現在猛々しい自然に見惚れてしまっている私について不思議な感覚を持った。

 煽られては大きくしなる山の木々や、ころころと方向を変える雨粒、思い出したように瞬いては轟音を響かせる紫雷などから、どうしてこんなにも目が離せなくなってしまうのだろう。

 ドキドキともワクワクとも違う静かな興奮が、泉のようにこんこんと湧き出して体の奥からじんわり滲みてくるのである。圧倒的なダイナミズムにあてられた陶酔と、そこはかとなく混ざり込んでいる恍惚とした憬れにも似た微かな狂気。焚き火を見ていると似たような感覚だった。危険なこと、手に負えないことを重々承知しながらも、ついつい手を出してみたくなる、力強い躍動のようなもの。

 見ているだけで、圧倒されるだけに留まらず、呑み込まれそうになってしまうのだ。呑み込まれて、夕立や浅海と、水と、一緒になって、流されてしまいそうになる。

 もしかして、と私は考える。もしかしてそれは、いまこの世にある生物が皆、水に抱かれて産まれてきたからなのだろうかと。身体や細胞や遺伝子といったものが、遠い太古の記憶を連綿と伝えているからなのだろうかと。

 あるいは私という生命の半分以上が水によって生成されているからなのかもしれない。夕立や海原に呑み込まれて流されるために、炎のゆらめきに触れて蒸発するために、大いなる循環に回帰しようとして惹きつけられてしまうのかもしれない。

 斜めに落ちる雨粒は開けた雨戸の隙間から容赦なく降りかかってくる。世界は最早、単一の水に浸されている。天も地も、二つをつなぐ空さえも雨が満たし、むっとするほど濃密なにおいで満ち溢れかけている。

 深く冷たい深層を漂う本流のにおいだ。ぐるりぐるりと地球をめぐって、こうして再び空と海との循環を繰り返している。

 生命の血液として。あるいは生命そのものとして。延々と続く循環を繰り返し続けている、そういうもののにおい。

 ぱしゃりと庭先の浅瀬で何かが撥ねた音が聞こえた。見れば、無数の波紋に下に、小さな魚影がちらりちらりと見え隠れしている。家の近くに住み着いている彼らではない、全くかけ離れた場所からやってきた知らない彼らが、尾鰭を翻し魚鱗をきらめかせながらすいすいと泳いでいるのである。

 加えて、分厚い雲の向こう側では鯨が思い切ったテールクラップをしているようだ。紫雷の轟音に紛れて、何かが破裂しているような音が聞こえてくる。きっとうんと大きくて、太古より永らえてきたものなのだろう。鯨の合図に誘われて、何百何万ものものどもが空から嘶き、大地から咆哮を上げ、水の中を囀りながら、威風堂々たる行進を続けている。

 生命として廻るために。

 山間の集落には、いよいよ潮のにおいが満ち始めている。


〈おわり〉


★ ☆ ★


『死んだ白猫』


 散歩の途中だった。

 道路の真ん中で白猫が死んでいた。かわいそうに。きっと車に轢かれたのだと思う。外傷は然程なく、出血も耳鼻から微々たる紅が垂れている程度なのに。見ようによっては、ただちょっとだけ日向ぼっこを兼ねた昼寝をしているだけのように見えるのに、決定的に、あからさますぎるほどに、その白猫は死んでしまっていた。

 形ある小さな純白の遺骸。近づいてじっと見下ろしていたら、少しだけ視界がぼやけた。ぐにゃり。ぐわんぐわん。夏は真っ盛りで、気温も天井を打つ午後二時の交差点には、蝉の鳴き声と幻覚のように立ち昇る陽炎とだけがみっちりとひしめき合い、密集している。

 密集。

 ジリジリと照りつける日差しを帽子越しに感じながら、私は白猫を見下ろし、ぼんやりと立ち尽くして、いまこの交差点に密集しているものごとについて思いを巡らした。

 例えば蝉の鳴き声について。あるいは立ち昇る陽炎について。容赦のない熱量について。時間までもが止まってしまった真夏の交差点で起こった綺麗な白描の死について。

 遠くの幹線道路を、車はどんどん走っている。

 ふと立ち尽くしていたままのところの私は、この白猫は一体いつこの場所で死んでしまったのだろうかと考えた。ここは閑静な住宅地のど真ん中なのだ。この時間帯、近くを走る自動車は皆無に等しいし、この猫にしたって炎天下の中を歩き続けることは避けていたに違いない。昨日の夜から明け方にかけて轢かれたと考えるのが妥当だとして、しかしそれではいかにも不具合が多く、どうにも腑に落ちない。

 そもそも白猫の亡骸があまりにもきちんと横たわりすぎているのである。四肢がだらしなく伸び切っているということもないし、先にも述べたように出血も然程見られない。その上蠅も蟻も蛆もたかっていない。烏にもつつかれていない。仮に、遅くとも明け方には死んでいたであろう亡骸であるとしてみても、とっくの昔に出勤したりゴミを出したりする近隣住人に発見されているだろうし、ともすれば保健所に連絡が入っているはずで、いくら何でも他の雑務に駆られているからと言って、炎天下の夏場に亡骸をこの時間まで放置されているのは不自然な気がした。

 万が一保健所の職員が来られなかったのだとしても、この時間になるまで交差点の真ん中で横たわっている状態はおかしい。当然自動車だって通っているはずだし、こんなに目立つ場所で安穏と死んでいられる事自体不自然極まりないのである。あるいは、近隣住人の死骸に対する嫌悪感が現在に至るまで放置された理由になるのだとしても、その心理というものが私には理解出来ないししたいとも思わない。こんなに綺麗な亡骸なのだ、本当に美しい、正しく美猫という呼称に相応しい白描であるのだ。誰であれ埋葬するのは吝かではないだろう。

 それとも、かえって真逆に心理が働いたのかもわからない。白描の亡骸があまりにも綺麗に過ぎる神聖性を纏っているために、手が出せなかったり、当然こうあるべき状態として看過されてしまったのかもしれない。

 あり得ないことのように思えるが、そうである確率が全くの零であるなどとは断言に難しい所がある。可能背は極々微小ながらも存在しているのである。少なくとも壁にぶつかった人間がその壁をすり抜けてしまう確率以上には存在しているように思える。

 であるのならば、そういった可能性を状況判断の俎上に持ちだしてきて何の問題があるというのだろう。

 しゃがみ込み、そっと手を伸ばして、私は一生を終えた白描の四肢を動かしてみる。人の手も、烏の接近も、蠅の羽音も、蟻の顎さえ近づかせなかった白猫の亡骸はまるで剥製と見紛うばかりに美しく、ともすればふとした拍子に生き返ってしまうのではないかと思わせる程の躍動に満ちていた。もしかするとただ単に気絶しているだけなのかもしれない。急いで病院に駆け込めば、一命を取り戻すことだってあるのかもしれない。そんな希望さえ抱きかねない、最高に素敵な死に様だったのだ。

 けれども私は、実際にその亡骸を両腕に抱いた瞬間にわかってしまった。わかりきっていた事なのだけれど、改めてわからさせられてしまった。確実に、いまこの瞬間に、この白描は死んでいる。絶対的に死んでしまっている。確率は零だ。不気味なほど力のない、弛緩しきった骸の冷たさが肌に滲むかのようだった。

 いま腕の中にあるもの。全身をしなやかな白毛に覆われた何かしらの塊は、つまるところ猫の形をした何に過ぎない。限りなく猫に近いくせに、決定的に猫ではない、ただの肉塊だった。

 蝉の音がシャワーのように降り注ぎ、容赦のない太陽と立ち昇る陽炎とが燻すように上下から熱を発している。

 白猫の綺麗な亡骸を抱きながら、私はぼんやりと重たいなと思い始めていた。三キロ? 五キロ? いやいや七キロ以上はあるまい。とは言え、市販のダンベル一つで十分足りてしまう重さだった。正味ダンベル、たったの一つ分の重さ命を亡くした肉塊に掛かる平等な重力。

 この白猫は、一体どうして死んでしまったのだろう。立ち尽くしたまま取り立てて真剣に考えるでもなく考えてみた。触って確かめてみた感触では、骨格に酷い損傷は見られない。外傷もそんなに目立つものはないのに、どうしてよくできた縫いぐるみみたいになってしまってるのだろう。

 きっと打ちどころが悪かったんだろうね。優しい口調で誰かが言うた。仕方がなかったんだ、運が悪くてね。そういうこともあるものなんだよ。往々にしてあるものなんだよ。

 そうなのだろうか。そういうこともあるのだろうか。そういうことがあってもいいのだろうか。じっと白猫を見つめながら、じくじくと問い続けてみた。何者かを責め続けたのだった。

 あまりにも理不尽に過ぎるような気がしたので。

 理不尽。そう、理不尽なのだ。

 その事実に気がついた瞬間、突如として三つの漢字が私の周りに出現した。ひしめき合うようにして、私のことを囲い込むかのように。甲高い風切り音を伴って槍のように空から降ってくるものもあれば、めきめきとアスファルトを砕きながら地面から生えてくるものもあり、音もなく霧が晴れるかのようにその場に姿を現すものもあり、気がついた時にはもうとっくにその場所にあった、より厳密に言及するのであれば有史以前からその場所にずっと佇んでいたような厳粛たる歴史をにおわせる佇まいを見せるものなど、突如として出現した理不尽の三文字は、揃いもそろって多種多様様々な様式を見せたのだった。大理石のようなもの、切り出した木くずが組み合わさったもの、丹念に砂で固められてもの、雲のように輪郭線がはっきりしないもの、くず鉄がでたらめに組み合わされたもの、流動的な液体によって形成されているものなど、素材までもが多岐に渡っていた。

 夏の炎天下。人気のない交差点で白描の亡骸を抱いた私は、理不尽という言葉に囲われている。どうしてなのだろう。答えは出ない。どうしてなのだろう。絶対にわからない。わかるわけがない。

 もぞりと、腕の中で何かが身動きを取る感触を覚えた。見れば先ほどまでだらんと脱力していた白描の亡骸がぐるりぐるりと丸まっていく最中で、手足は屈められ尻尾が穏やかに首に巻きつき、背骨が曲がり曲がり、遂には丸々とした真っ白な毛玉になってしまった。

 風など吹いているはずもないのに、そよそよと白い毛並みは私の肌を撫でていく。心地良い。妙だ。思った途端にふわりと浮かんで、毛玉は空へと昇っていった。ぐんぐんぐんぐん青空に呑み込まれていって、二度とは戻らなかった。

 呆然としたまま空を仰いでいた私は、ふと我に帰り視線を正面に向ける。ひしめくように周囲を囲っていた理不尽たちは知らない間に消えてしまっていた。

 交差点に残されたのは私一人だけ。

 ジリジリと照りつける日差しが帽子越しに熱く感じられる。蝉は変わらず鳴き続けていて、遠く幹線道路を走る車の音と、途切れ途切れに聞こえる風鈴の音色とが細かく耳朶に届いている。

 今日、白猫が死んでいるのを見つけた。外傷は然程でもなく、出血も耳鼻から微々たる紅が垂れている程度だったのに、白猫は確かに死んでいた。

 きっとおそらく、たったそれだけのこと。

 私は再び前を向いて歩き始める。


〈おわり〉

山の話は詰め込みすぎた。いろいろ展開が作れそうな感じだと思う。どちらにも言えることだけれど、ノリと勢いってすごいと思う。ほんとうに。

さておいて、円城塔の小説に書かれていることがまったくわかりません。びっくりするくらいわからない。あれはすごい。

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