『落ちてきた傘(3)』『永遠の約束(3)』
一つ目はまあ、ありかなって雰囲気の作品です。二つ目はホラーチックです。
『落ちてきた傘』
落ち込んでしまったから、全てを投げ出して散歩に出かけることにした。ちょっと大きめの黄緑色の傘を差して早朝の町へ。目的地なんてないけど、自由きままな極小旅行。
軽快なリズムで傘を叩く春の雨。少し寒いけど、何だか楽しい。子どもの頃、長靴で水溜まりに飛込む時のような、好奇心と悪戯心の混ざったくすぐったい感じ。訳もなくわくわくするんだ。
家を出て、町を歩いて、のらりくらりときままな散歩。右も左も見慣れた町並み。だけどなんだか素敵に見える。雨が汚れれを流したのかな? よく分からないけど、とってもいい気分。雨ひとつでこんなに世界が変わって見えるなんて! 突然スキップがしたくなった。
ぶらりぶらりと散歩道。団地の中にやって来た。最近できたたっかい建物。小高いところに建ってるんだ。
ずっとずっと町には合わないな気がしてた。でも、今日は違う。雨に打たれた建物は何だかちょっとシックな感じ。ほどよく湿って男を上げたみたいなんだ。
見上げた空で、雲が笑った気がした。
……あ。雨、止んでる……。
傘を閉じて、後ろ手に組んで、少し目を閉じる。鼻唄なんかを歌いながら、一歩二歩、恐る恐る進んでみる。澄んだ空気が体の中も外も通り抜けていくのがとっても気持がいい。悪いものを洗い流してくれるみたい。
町を一望できる団地のスポット。綺麗になった町並みに、何だか親近感を覚えた。空を見上げた。灰色に染まった空一面。キラッと光って、光が差し込んで。天と地上を繋ぐ一筋の道。世界が始まる時のような、変な神々しさがあったんだ。
うっとりと眺める自然の神秘。いつの間にか割れた灰色の間から澄みわたった蒼がのぞいていた。何だか今日一番の最高な気分! どうしてかな、胸が一杯になって、すっごい幸せ!
うん。また頑張りますか。
気合いを入れて、満面の笑顔。大丈夫。世界はこんなに美しい。だから、きっと大丈夫。
立ち去ろうとした雨上がりの団地の中。不意に背後で音がした。
驚き振り返って、そこに咲いていた真っ赤な傘。一体どこから……? 右を左を不思議に思って眺めてみて、最後に屋上を見上げてみた。
落ちていく人影と一緒に、視線は傘に激突した。
(おわり)
★ ☆ ★
『永遠の約束』
「同じお墓に入りましょうね」
告白した。本気で本気で。告白した。でも返ってきたのがそんな返事。僕はつい吹き出してしまったんだ。
だってさ、このご時世に「同じお墓に入ろう」だよ。僕らはまだ高校生だったんだ、そんな言葉、時代遅れだったんだよ。でも君はさ、不思議そうに笑う僕を眺めていた。その何も分かってない顔がまたおかしくてね。僕の笑いは益々止まらなくなってしまったんだ。
それが君との始まり。
君は少し時代遅れだったんだ。
二日前、下らないことで、本当に今思うと何がそこまでさせたのか分からないけど、大喧嘩をしたことがあったね。あれは確か……そうそう、僕が早く風呂に入らなかったからだった。君は「殿方はお先にお風呂に入るものです」って巌として譲らなかったんだ。
僕は昔から遅風呂だったから、君と価値観が合わなくてさ。二時間ぐらい怒鳴りあって、出ていったのは僕だった。もう君とは無理だと思ってた。
そのまま今日まで僕は君のところに帰らなかった。色々と気持の整理が必要だったんだ。帰って君にどんな顔を見せようかなとか、何をするべきなのかとか。本当に悩んだんだ。本当だよ? 悩んで悩んで、答えを見付けて、帰ろうって決心したんだ。
だからだよ。今僕がここにいるのは。今この場所で、深い深い山の奥、人目につかないこの場所で大きな大きな穴を埋めているのは。
君の死体を埋めているのは。
仕方がないよね。僕らは合わなかったんだから。告白した時、僕は君を変な奴だって、その瞬間に思ってしまってたのだから。だって君は少し時代遅れ。今を生きる今時の僕には合わなかったんだよ。
風呂なんかどうでもいいじゃないか。あんまりわめくから、つい包丁で刺しちゃったけど、今は時代遅れの君にいいことをしたと思ってるよ。君はこの時代には合わないからさ。どうせ行き難いだけだったろうからね。
小さく山になった地面をスコップで叩いて、よく踏み馴らして、高くジャンプして固める。お墓つくってあげたよ。君のための、君だけのためのさ。
まったく。君だからだよ、つくってあげたのは。他の奴ならそのまま棄てるだろうからね。一応、悪いことはしたと思ってるんだ。ごめんね。
……ふう。よし、じゃあ僕はもう行くよ。今度産まれる時は時代を間違えないようにね。バイバイ。
「……同じ……お……墓に……入りましょう……ね……」
……ああ、やっぱり。……やっぱり君は時代遅れ。
(おわり)