『晩餐(6)』
ばりばり暗い話です。
『晩餐』
「ねえ、アネット。今日の、晩餐は、突然の申し出だったけど、何かあったの?」
カーテンを閉め切り、ロウソクの炎だけが妖しく辺りを照らすリビング。テーブルに並べられた豪華な料理を前にして、突然の晩餐会に招待されたカディナはついに口を開いた。
リビングにはカディナ以外に招待された客の姿はない。ロウソクの炎だけが頼りの部屋には、息苦しい重圧が静かに漂っていた。厳かな雰囲気にカディナは少なからずの不安を募らせていた。
アネットの身に、心に何かあったのではないか。耐えられない、辛い出来事があったのではないのかと。そう疑わずにはいられなかったのだ。
「何でもないわよ。ただね、突然あなたの顔が見たくなったの。幸せに暮らしてるのかなって」
アネットはキッチンに向かいながらそう答えた。
「顔が見たくなったって……大学でいつも会うじゃない。本当に何かあったんじやないの? あなたらしくない」
「もう、カディナったら。本当に大丈夫よ。あなたに会いたくなっただけ。カディナにもあるでしょ? 不意に誰かに会いたくなる時が。……何だか急に虚しくなってただけよ。でも、カディナに会って良かった。元気になれた。本当よ?」
そう、アネットは返す。口に出す声色にも、振り向いた顔にも明るさが滲出ていた。彼女自身が言うように、確かに元気にはなっているようだ。一つ一つの動作が軽い。目前に控えたパーティを楽しみにしている子どものように、無邪気な笑顔を振り撒くのだから。
だが、この薄暗い部屋にその笑顔は少し不釣り合いだった。戦場に可愛らしい絵が描かれているかのように、そこにはある種のグロテスクさが漂っていたのだ。カディナは釈然としないものの、これ以上の詮索は無礼だと思い、仕方なく口をつぐんだ。
アネットが一際大きな料理が乗った皿をテーブルの中央に置いて、二人は血のように赤いワインを互いのグラスに注ぐ。
「乾杯」
軽い音色を響かせて、二人はグラスを掲げた。そしてゆっくりと燕下する。アネットはそんなカディナの様子をじっくり眺めていた。
「……ねえアネット。このワインちょっと変な味しない? 鈍い……鉄みたいな不思議な味……」
グラスを口から離し、カディナは眉間に皺を寄せて聞いた。
「あらそう? 今日初めて買ってみたのだけれど。私は好きだわ、この味。そんなに気にならないわよ」
そうかしら、とカディナは再びワインを口にした。
「確かに、悪くはないかもしれないわね」
グラスを置き笑顔で返したカディナに、アネットはとても嬉しそうに微笑んだ。晩餐の始まりだった。
「ねえ、アネット。この料理、なんて言うの?」
暫くの間、料理を食べてお喋りをして、二人は晩餐を楽しんでいた。本当に楽しんだ。そして話が頓挫した時に、カディナはテーブルの中央に位置する巨大な料理についてそう尋ねたのだ。
「チーズでトマトとポテトと……何かしら、不思議な肉を包んで焼いてあるのだけど……」
「これ? ああ、これはね、私が母から教えて貰ったものなの。大切な人に食べさせる、特別な料理なのよ」
「ふーん……とっても美味しいわ。特にこのお肉。何かは分からないけど、凄く美味しい。ねぇ、一体何の肉なの?」
興味津々に尋ねたカディナ。アネットは朗らかな笑顔を称えて見つめ返す。
「何だと思う?」
重く、そう言った。
カディナは思い付くまま様々な肉の名を挙げた。が、アネットの首は一向に縦に振られる事はない。ただ微笑んだままカディナを見つめるだけだ。そんなアネットにカディナは次第に不安になってきた。
「ねえ、アネット。本当にこの肉は何なの? 牛でも豚でも羊でもない。鳥も鯨も蛙も蛇も。鰐だって違う。一体何の肉なの?」
「フフフ……秘密よ秘密。教えてあげないわ」
「ちょっとアネット。私たくさん食べちゃったじゃない。変なものだったら承知しないわよ」
少しだけ声を荒げたカディナ。そこにはまだ余裕があった。まだあったのだ。ふと覗いたチーズの中身を理解するまでは。
アネットはそんなカディナを慈母のような瞳で見つめ返す。
愛しい。可愛らしい。私だけのものにしたい。あの目も、鼻も、口も、髪も、右手も、左手も、足も、体も、肉体も。
精神まで。
私のものにしたい。いいえ、もう、私のもの。ジェームズにはあげないわ……。あ、もう、食べちゃったかしら。
そんな事を思いながら、アネットは立ち上がった。彼女を永遠のものにするために、自分だけのものにするために、立ち上がった。ジェームズを殺した重い燭台を持って。ゆっくりとカディナに近付いて。
異変を感じとったカディナは何やらヒステリックに巻散らしている。興奮して席を立っている。そんなカディナに近付いて。微笑んだまま近付いて。
「それはね、ジェームズのお肉よ」
チーズの中、骸骨が小さくのぞいていた……。
(おわり)




