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『うさぎと兎と卯(5)』『スチューピットは嗤う(R-15)(5)』

※注意※ 後半の一編は、人によっては嫌悪感を抱かれる描写がございます。閲覧する際は注意してください。

『うさぎと兎と卯』


 満月が照らす縁側に、うさぎはちょこんと座っていました。街頭の少ない田舎の月夜には、鳴る虫の音がよく響いています。うさぎはじっと月を見ていました。

「月には卯がいるんだよ」

 うさぎはそう口にしました。青白い庭で、黒い兎がもしゃもしゃと葉っぱを食べています。

「どっかの誰かは月には蟹がいるなんて言ってるらしいけどね」

 うさぎは団子をひとつ食べました。お月見用として準備した団子をぱくぱく食べていきます。

「卯はね、いつも月の裏側で激しい戦いを繰り広げているの。敵はどこからともなく湧き出てくる大きな蛆虫。蛆は月を覆いつくそうと日夜月の裏側から表側を狙っているの。

 もし月の表面が大きな蛆で多い尽くされちゃったとしたら、毎日が新月みたいになっちゃう。気持ち悪い蛆虫で月は見えなくなる。あたしはそのことが怖い。こう背筋にぞくぞくっとくるの。本能的な恐怖だと思うんだ。だからあたしは月に消えてほしくない。もちろんその輝きにってことだけどね。あたしは絶対にそんなことは認めない。

 卯たちはね、そんな月の輝きを守るために毎日戦ってるの。月の裏側と表側との境界線で蛆虫を駆逐してる。

 卯たちはね、すっごい武器を持ってるんだ。ライトセーバーって言ったっけ? あれのすっごい大きなやつとか、一度撃つと弾が幾千幾万にも分かれて敵を強襲する銃とか、そういったものに変形する武器を持ってる。武器はね蛆虫を滅茶苦茶いっぱい倒せるの。巨大ライトセーバーは一振りで千の蛆虫を焼き切るし、銃は、あ、言ってなかったけどその銃って追尾機能も付いててね、最終的に弾が一ミリより小さくなっちゃうんだけど、当たるとすごいの。だからね、銃一個で、使い方しだいでは五千匹ぐらい倒せる。

 ここまでだと、卯の方が圧倒的に有利に思えるでしょう。でもね、敵はそんなにやわじゃない。一匹が五メートルぐらいある蛆たちは、ほんとに一体どこから来るのか、殺しても殺してもきりがないの。刃を一振り、銃を一度ぶっ放して目先の数を減らしても、全然だめ。いつか倒した場所でまた現れて、より機敏に動き、より身体を丈夫にして現れるの。

 奴ら蛆虫のクセして十メートルくらい飛び上がるんだ。速い時は卯たちよりも素早く動く。まあトラックの大群が一斉に押し寄せてくる感じを想像してよ。凄いでしょ? その外見は酷いもんだけどね。

 だからね、卯と蛆虫との戦いは今も続いているの。月の裏側。いつこっちに現れても仕方のない場所で卯は戦い続けているの。終わりの見えない戦いなのに」

 うさぎはそう言うと少し顔を曇らせました。その面影には、重ねた月日の分だけの重みがありました。そんなうさぎが伸ばした右の手。団子を掴むことはありませんでした。うさぎは驚いて団子があったはずの盆を見ます。黒い兎がもしゃもしゃと口を動かしていました。その瞳はじっと一点を見つめているようで、遠く遠く、虚構の先を見つめているみたいでした。姿を、うさぎは呆然と眺めます。

 盆の上でもしゃもしゃしていた黒い兎の耳が、突然ぴくっと強張ります。動いていた口が止まり、ひげがぴんと張ります。そうして機敏な動きで月を見上げました。

 月の境界線がざわめきだしていました。

『どうする?』

 響く重低音がうさぎに尋ねます。うさぎの拳は震えていました。

『別にお前が行かなくても卯の者には代わりが何人もいる。奴らはじきにいなくなるだろう。だが、お前はそれでいいのか?』

 黒い兎は淡々と語りかけます。

『お前が守りたかったものは何だったんだ?』

 直後、うさぎを中心にして淡い銀色の光が辺りを包みました。その光燐こそ、かつて卯の者たちから銀の破壊神と呼ばれていた由来でした。前を向くその瞳に、決意は固く宿っていて。

『どうする? 行くのか?』

 少々楽しそうに黒い兎が聞きました。その足元はすでに霞み始めていて、声がかかれば今にもモードを変えられる状態でした。

「うっさい、ボケーーーー!!」

 うさぎは強く答えました。同時に黒い兎に向かって鉄拳が飛びました。

 吹っ飛ぶ軌跡は、まるで月面宙返り。「あたしの団子返せやゴラーーーーー!!」

 月夜の下で繰り広げられたリンチは、少々えげつないものになりました。

 そしていつの間にかへんてこな月の守人が家に住みついてしまった僕は、光景をほのぼのと眺めているのでした。


(おわり)


 ★ ☆ ★


『スチューピットは嗤う』


 深夜。輝く月が雲に覆い隠されると、街には深い深い闇が訪れる。路地を歩く人影はない。住宅地は心細くなるような静寂に包まれている。家々は深い眠りの中に沈んでいた。

 そんな中、家の中には、濃密な臭いが溢れかえっていた。足元から絡み付いてくるかのような、肌にまで染み込んでくる、生臭い、血の臭い。明かりがひとつも点いていないその家は、不快な生暖かさを有していた。

 家の中には、誰もが寝静まってるはずのこの時間帯に、動くものがあった。絶え間ない上下運動を、繰り返し繰り返し続けている。下にそれが向かう度に、勢いよく粘着質な物体を握りつぶした時のような、くぐもった水の音が辺りに響く。振り上げては、響く。振り上げては、響く。振り上げては――

 厚い雲に覆われていた月が、その輝きを取り戻す。開いたカーテンの隙間を縫うようにして、青白い光が差し込んでくる。瞬間、狂気が浮かび上がった。

 三日月形した二つの双膀。そして、限界まで引き攣り硬直してしまったかのような口許。真っ赤に顔を染まった少年の顔には、相応のあどけなさがどこにも浮かんでいなかった。振り上げては、響く。包丁の先で肉が潰れていく。

「ねえ、ママ。ぼく、良い子でしょう?」

 疲れたのか、突然手を止めた少年は、荒い呼吸を整えることもしないで自らが跨る母へと問いかけた。もう何も映してはいない母の瞳。虚ろを望むばかりの瞳に、少年は問い掛ける。

「ねえ、ママ。ぼく良い子でしょう? ママを苦しめてる奴を倒してあげたんだよ? ほら、見てよママ」

 そう言うと、少年は母の腹部へ、準備した包丁の歯がぼろぼろになってしまうほど繰り返し突き刺した腹部へ、自らの手を突っ込んだ。細切れになった肝臓を掻き分け、昨晩食べた夕食が溢れ出した胃をどかし、消化途中の食べ物が黄色や濃茶色の消化液に染まってどろどろに混ざりあった小腸に手を浸しながら、指先はまるでそれ自体が意志を宿したかのように蠢き、それを探していく。

 やがて、指先が目的の一部を見つけ出した。隠してあった宝物を見つけた子供のように純粋な笑顔を浮かべて、少年はそれを母親の胎内から取り出した。

「ほら、これがあいつの手だよ」

 それは、もはや出産を待つばかりにまで大きく成長した胎児の掌だった。血と肉に汚れた五本の指が、母親の眼前まで持ち上げられる。胎の中の胎児は、少年の手によって原型を留めないほどに切り刻まれてしまっていた。今はもう、母親の臓腑と区別ができなくなってしまっている。

「ねえ、ママ。こいつがママを苦しめてたんだよ。僕のママを、僕だけのママをずっとずっと苦しめてたんだ。僕だけの優しい優しいママだったのに――」

 ――なのに、こいつが横取りしたんだ!

 少年の顔が見る見る憎悪に染まっていく。怒りが、悲しみが、少年の身体を震わせている。ついには手にした掌をぷつりと握り潰してしまった。鮮血が母の頬を染めていく。流れた血は、小さく半開きになった唇へと染み込んでいった。

「ねえ、ママ。僕、ママのことを思って、ママを助けてあげたよ。もうきっと、苦しまなくても大丈夫だよ。ね、僕、良い子でしょ?」

 そういって少年は母の顔を両手で掴む。真っ赤に染まった両の手で自らの母を掴む。

「だからね、ママ。笑って。いつもみたいに、良い子だねって笑って撫でてよ」

 語りかける瞳は、ただ虚空を望むばかりで。

 少年は母の口の端に包丁で切込みを入れ始めた。小さな口が、次第に異様なほど大きく裂けていく。欠けた包丁は、とてもじゃないがすんなりと刃を進めてはくれなかった。少年は苦心して母の口を裂いていく。やがて作業が終わると、満足そうに微笑えんだ。少年も母も、狂った空間の中で、狂って微笑んでいた。

 限界まで引き攣っていた少年の口から嗤い声が漏れていく。

 少年は、母の腹に立ち、奇声を上げながら跳躍をし始めた。何度も何度も、高く舞い上がり力の限り踏みつける。その度に肉が辺りに散らばっていく。血が飛沫を撒き散らす。あの音が、先ほどにも増して大きく響き渡った。

 真っ赤に染まった少年は、キチガイのように叫びながらも口角を釣り上げていた。見上げる母の大きな口は、見事な三日月形をしていた。


(おわり)

久々に投稿する前の緊張を覚えたような気がしました。内容が内容だけに、ね。気分を害された方、本当に申し訳ありませんでした。

これを書いた奴は、ちょっとおかしいよ。

前後のギャップが酷すぎるのも反省してます……。今度からはもっとバランスを考えよう。

あ、それと前回書いた加納朋子の『モノレールねこ』、面白かったですよ。おすすめです。また、中村航の『絶対、最強恋のうた』と梨屋アリエの『夏の階段』もよかったですよ。

調子にのって漫画まで言及しますが、ねむようこの『午前3時の無法地帯』羽柴麻央の『イロドリミドリ』なんかも素敵です。それでは。


(追記)

ケータイとパソコンで後書きの制限が違うのってなんでなんでしょうね。

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