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『狐の狩(3)』『古都の桜(2)』

秘密基地の人物描写スレにて書かせていただいたものにちょびっと書き加えたものです。

『狐の狩』


 黒黒たる暗雲が、天頂に眩く君臨する黄金の満月を食い荒らす夜だった。冷たい秋風が、広がる薄野を音を立てて縦断していく。丘の頂上に、それは身じろぎひとつせず立ち尽くしていた。

 わずかに差し込む月光は、雪を思わせんばかりに白く清らかな巫女装束と、毒々しいまでに艶やかな紅い袴とを映し出す。肩まで伸びるしなやかな白銀の髪の毛は、頭上に奇妙な二つの突起を作り出していた。

 その狐を思わせる鋭い双耳がぴくりと反応する。背後に何かしらの気配を感じたのだ。人外の象徴とでも言うべき四つの尾をゆらりと蠢かせながら、それはゆっくりと振り返る。

 風はいつの間にか止んでいた。

 一面の薄野からは、生命の痕跡は見受けられなかった。死滅し朽ち果てていくのを待たんとばかりに、空気はしんと凪いでいた。あるいは極度の緊張のために、静止するほどまでに空気が張り詰めているのか。音は何一つ存在することなく、静寂がために耳鳴りがうるさかった。虫が鳴かない。何も動かない。凍りついたように辺りは沈黙を保ち続けていた。

 しかしながら、そんな薄野に舐めるように目を這わせたそれは、にやりと嬉しそうに口角を歪めた。裂けた口から深紅の舌が姿を現す。薄い下唇を舐めずさると上体を低く、少しだけしゃがみ込んだ。

 煌々と輝く狐目は確かに捉えていた。薄の間に息を潜め、隙あらば逃げ出そうとしている影が潜んでいることを。

「出ておいで」

 優しく呟いた声に、影は敏感に反応した。してしまった。並々ならぬ嗜虐的好奇心を全身に浴びせられてしまったのである。思わずじりりと足を退いてしまった。

 その音が、完璧を極めていた静寂の中でいやに大きく響き渡る。それの瞳孔が縦長に細くなるのと同じくして、影は一目散に逃げ出し始めていた。

 ざざざと倒れ道を作っていく薄を見送りながら、それの微笑みは極限にまで達して。久しく手の内から離れていた最上の暇潰しだった。狩りはどんな時であっても狂楽的で甘美な殺戮を運んできてくれる。

 ゆらりと四本の尾が蠢くと、月下にふわりと装束が飛んだ。

 絶叫と断末魔と笑い声に包まれた後、薄野には再び虫の音が戻ってきた。


(おわり)


 ☆ ★ ☆


『古都の桜』


 はらり、ひとひらが花弁の袂を別れた。凪いだ風に、翻り翻り、陽光を反射しながら花びらは宙を舞う。

 受け止めようと、淡い瑠璃色の装束を纏った女性はそっと右手を差し出した。花びらはあるべき場所へ納まるかのように右手の中央に舞い降りる。散り行く儚さをそのまま体現したかのような微かな感触が掌に横たわった。

 女性は息で飛ばさぬよう手にした扇子で口元を覆いながら、じっと掌の上の桜を見つめていた。その小さきこと。脆弱で、脆くも崩れ去ってしまいそうなこと。眺める女性の目は、花びらの在りように現状の己とを重ね合わせて、細くなっていった。

 ふと、山からの強い吹き降ろしの風が一陣、辺りを蹂躙していった。

 思わず目を閉じた女性は、同時に掌の花びらのことを思い、暴れる長い黒髪を押さえてすぐさま顔を上げた。どこへ行ってしまったのか。探し宙をさまよい始めた女性の視線は、しかしすぐさまその動きを止めることになった。

 風に煽られた桜の古木から、視界を覆い尽くさんばかりの桜吹雪が舞い踊っていたのである。

 ――美しきこと……

 隠していた扇子から口元が覗いてしまうほどに、女性は目の前に光景に呑み込まれてしまった。

 一枚では儚いひとひらだとしても、集まり共に散り行くことによって、こうして壮絶な絶景を生み出すことができる。感傷的な儚さは、小さな器を飛び出して漠然無二たる感動を生み出す。

 図らずも女性の眼からは涙が溢れ出していた。

 ある春の日の出来事である。


(おわり)

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