『銃vs銃(3)』『剣vs剣(7)』
秘密基地にありました戦闘描写スレに感化されて書きました。長くなりましたのでこちらに投稿。
『銃vs銃』
背後にコンクリートの壁の冷たさを感じながら、男は隙なく周囲に注意を払い続けていた。
廃ビルの中で敵の襲撃を受けていた。あるいは狩猟者の攻撃を受けていたと表現した方が正しいか。
舌打ちをした男は、金額に目が眩んだがためにほいほいと依頼を受けてしまった愚かな自分のことを呪った。こんな奴が相手ならば受けることなどしなかったというのに。
注意深く辺りを見渡す男の足下で、唐突に落ちていたコンクリート片が爆ぜた。驚き足下を確認してから前を向いた男の視界が捉えるのは、どこまでも広がる暗闇と静寂だ。
敵がどこにいるのか、男にはまったく分からない。全身から冷や汗が溢れ出した。
敵は男の姿を捉えている。その証拠が今の狙撃だった。そう、狙撃なのだ。奴は決して姿など現すことなく、遠く離れた場所から男の命を狙っている。または遊んでいる。殺そうと思えば今の狙撃でも十分にできたはずなのだ。男よりも的の小さいコンクリート片を打ちぬいたのだ、頭蓋を狙うことなどできないわけがない。
恐怖と共に沸き起こってきた抗う術がないことへの歯がゆさに、男はその場から逃げ出していた。嘲笑うかのように、その背後数十センチの地点に、銃痕は次々に刻まれていく。
「……っくしょう! 姿を見せやがれ!」
咆哮と共に振り向いて放った銃弾は、しかしどこまでも続く暗闇の中に溶けていくばかりだった。同時に狙撃の手もぴたりと停止する。
沈黙が廃れたビルの中を包み込んだ。男は目の前の暗闇にじっと焦点を合わせる。同時に、懸命に敵の気配を、そしてこの場からの逃走ルートを探し続けていた。
姿の見えない狩猟者に対し、獲物は皆目勝ち目を見出すことができなかった。形勢は圧倒的に傾いているのだ。男にはもう逃げるしか打つ手は残されていなかった。
左右に目を配り、現在位置の確認を試みる。運よくコンクリートの柱に記されたナンバープレートを見つけた。男は必死に脳内の地図と現在位置を照らし合わせる。
出口はここから北へ二、三十メートル進んだ場所にあった。
じりりとゴム靴がコンクリートの床をこする。逃げられないことはないと男は踏んでいた。相手は遊んでいるのだ。その隙につけ入ることができればあながち不可能なことではないように思えた。
更に大きく足を後退させる。準備は万端だった。最後まで相手がどこから狙ってきているのか分からなかったが、男の脳裏にはもう逃げることしか存在していなかった。俺には到底敵う相手ではない。
悔しくないわけではなかったが、今は命を優先すべきだった。意を決して男は振り返った。
目の前に、狙撃銃を担いだ黒尽くめの男が立ち塞がっていた。
――気配など微塵も感じられなかったのに……
息を呑み、びたりと動きが止まった男の肩を、黒尽くめの人物が手にしたマグナムは容赦なく打ち砕いた。
(おわり)
☆ ★ ☆
『剣vs剣』
アゼルの放った一閃は、跪くユリスの脳天を目指して鋭く振り下ろされた。黒々と陽光を反射する鎧を纏った巨躯の身体から繰り出される粉滅の一撃を、ユリスは力なく見上げていた。たぶんぼくはこれで死ぬ。目を閉じた。
脳に直接叩き込まれたかのような甲高い金属音が響いたのはその直後だった。目を開けば、細身のイリスが懸命に歯を食いしばってアゼルの一撃を食い止めていた。
「イリス――」
「こんなところでくたばっていいのかよ!」
斬撃の重さにじりじりと後退しながらイリスが叫んだ。
「お前、帰るんだろ? 国で待ってる人が居るんだろ? なら最後まで生きようとしろよ。生きてこの戦争から帰って、その人たちを抱き締めてやれよ!」
「イリス……」
その横腹を、巨木を思わせるような右足がなぎ払った。声もなくイリスの身体は平行に大地の上を走り、瓦礫の山へと衝突した。
「イリス!」
「邪魔だな……」
崩れ形を変えた瓦礫の方を見つめながら、アゼルの冷酷な声が響いた。目の前に跪くユリスには等に興味を失ったかのように無視を決め付け、アゼルはゆっくりと瓦礫の方へと足を向ける。
ユリスはじっと地面を睨みつけた。
このまま奴の思うようにしていいのか。助けてくれたイリスのことはどうするのか。むざむざ友人が殺されるのを見ているつもりなのか。お前が同胞に誓った剣は何のために存在しているのだ。
見上げた先で、アゼルは着々とイリスのもとへと近づいている。
けれど、ここで逃げてしまえばぼくの命は助かるんじゃないだろうか。
臆病者のユリスは、呆然と、ただただ歩き続ける黒鎧の巨人の姿を見つめながらそんなことを考えた。
瓦礫の中で激痛に意識を奪われそうになりながらも、イリスはユリスのことを思っていた。もうやられてしまったのだろうか。俺がこんなざまになっている間に叩き切られてしまったのだろうか。
俺の力がないばかりに……!
口を満たす鮮血の味を苦々しく思いながら、イリスはもがいた。あいつだけは生かすと決めたのに。共に生きると決めたのに。剣を握る左手に力がこもる。
負けない。負けない負けない負けない。負けてたまるものか!
イリスは意識を激情で奮い立たせ、瓦礫の底から這い出した。地面に真っ赤な血を吐き出す。見上げた視界を埋め尽くしたのは、巨体のアゼルの鎧だった。
「貴様はまだ闘える」
響き重く圧し掛かってくる声に、イリスは不敵に微笑み返した。当たり前だ。生きるためには闘わねばならない。
「いい表情だ。それでこそ奪いがいのある命というもの」
大剣をアゼルが振りかぶる。イリスは左手の剣を持ち上げようとした。
「死ねい!」
声と共に死が間近に迫ってきた。イリスの左手は、もう思ったようには動いてくれなかった。
ユリスの目の前で友が二つに割れた。頭蓋を砕かれ、胴体を潰され、かつてイリスと呼ばれていた肉体は、物言わぬ肉塊へと成り下がってしまった。
「あ……」
己が恐怖したばかりに。
「ああ……」
己が逃げようなどと考えてしまったがために。
「あああああ……」
ずっと助けてくれていた、誰よりも大切だった戦友を見殺しにしてしまった……!
「あああああああ!」
慟哭と共に、ユリスの中の何かが音を立てて千切れ飛んだ。
「貴様ァ!」
激情に駆られるままに剣を手にしアゼルの下へと滑り込んだユリスは、一閃、切り上げるようにしてアゼルの頭を狙った。
それをアゼルは上体を反らしてやり過ごす。続けて振り下ろされた一撃も一歩後退していなすと、最後の胴体への切りつけは微動だにせず鎧で受け止めた。
「仲間を殺されて我を見失うか。浅はかな」
呟き、鎧に刃を切りつけたまままっすぐに睨みつけてくるユリスの顔面に殴打を振るった。
黒光りする左腕が振り上げられた瞬間、ユリスは素早く後ろへと後退した。唸りを上げた空気を目の前で感じながら、再び体勢を整える。絶対に殺してやると心に決めていた。もしくは一矢報いると。
少し落ち着きを取り戻したユリスは、身体の変調に気がついていた。ずっとぼんやりしていた視界が晴れて、急に世界が近くなったような感覚だった。音が良く聞こえ、映像もゆっくりになって見えるようになった。そればかりか相手の一手先の動きが予見できるようになっていた。
その実、ユリス自身も知らなかったことであったが、彼には未来を見る能力が備わっていたのだ。死に面し、また最良の友を失ったことによって、能力は目覚しく開花した。
大剣を正面に構えなおした奴は、その巨躯からは想像もできない俊敏さで再び近づいてくる。視たユリスは、右手に一歩前進して、空振りの後横薙ぎに襲ってくる大剣の軌道に備えて体制を整えた。
つんざめく衝撃音が辺り散っていき、ユリスは再びアゼルとの距離を確保する。
違和感をアゼルは感じ始めていた。殴打の時も今の横薙ぎの時も、少し前までのユリスであったならば直撃を免れないはずであった。なのに、脆弱だったはずの敵は依然として刃を向けてきている。地に足を着け、殺意を剥き出しに構えている。
――怒りか。
感心し、アゼルは歓喜した。殺し合いはそうでなくてはならない。左手を前に向け半身になったアゼルは、深く腰を落として獰猛にユリスを睨んだ。
――久々に面白い獲物だ。
有らん限りの力で大地を蹴り、一気に間合いを詰めた。
右手に握った大剣が横薙ぎにユリスを襲う。
瞬間、アゼルの視界からユリスの姿が消えた。次の瞬間には顎から脳天にかけて激しい衝撃が襲っていた。
アゼルの腰よりも下に頭が位置するほどに深く踏み込んだユリスは、頭上を横切った一撃に返す突きで、唯一露出していたアゼルの頭を突き刺した。
「………………」
口内にすら剣に貫かれたアゼルはパクパクと何事かを呟いた後に、満足そうに微笑んで、絶命した。
剣を抜き、イリスの下へと近づいたユリスは、目尻に涙を溜めた後にそっと目を閉じ、祈りを捧げた。
(おわり)
戦闘? な出来ですが、書いていて面白かったです。書ききってすぐ投稿しましたので荒削りですが勘弁を。いろいろと突っ込みどころはあるかと思いますが、あくまでも戦闘に重点を置いたつもりなのでご容赦ください。