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「その人格は冬限定(4)」「角の話(8)」

「その人格は冬限定」


 街にクリスマスソングが流れ始めた。休日の通りを行き交うのは手を繋いだ恋人達や家族連ればかりが目立つ。気が早いサンタクロースが、愛想笑いを浮かべながらケーキの宣伝なのだろうビラを通行人に配っているのを見ながら、私は路上の花壇に腰を下ろしていた。

 マフラーをずらして、上空を見上げてみる。空っぽの、どこか色褪せたような青い空はいつも私を憂鬱にさせる。今年もまたこの時期が来てしまったのかと思わずにはいられなかった。

 できるだけ家には居たくなかった。父さんが居るから。冬場の休日、私は用もないのに街に繰り出す日々を送っている。

 といっても、夜になれば家に帰らねばならないのだから、ことの解決にはなっていない。これは逃避でしかないのだ。嫌なことから逃げて回っているだけ。それは自覚している。しているけれど、どうにも受け入れられないものが人にはあると思う。

 父さんは、冬になると決まって過保護になる。それ以外の季節は相応に距離をとって私と接してくれるのに、冬になるとずけずけと干渉してくる。勉強や友好関係、健康など、私に関わる全てのことが心配になってしまうらしいのだ。

 昨夜は友達のことだった。「変な友達と付き合ってるんじゃないだろうな」「いじめられてはないか」「友達と呼べるような人はいるのか」「学校でひとりじゃないのか」等々、毎年のことなのでもう慣れてしまったとは言っても、所々でカチンときたし、傷ついたりもした。父さんは私のことをどんな娘だと思っているのだろうかとか、私のことをそんな風にしか見ていないんだとか、詮無いことを考えてしまった。私は健全な友好関係を築いているし、友達に困っているわけでもない。全ては父さんの要らぬ心配に過ぎないのだ。

 通りを歩いていく母子らしい二人の姿を目で追いながら、浮んでいた満面の笑みに頬が緩んだ。そこに紛れもない幸せがあるように感じられて、少しだけ気分がよくなった。

 二人が人波に隠れてしばらくぼんやりしていたら、すうっと母さんのことが浮んできた。私が小学生の頃に病気で死んでしまった母さん。もう十年近く前のことになる。もともと病弱だった母さんが病室で息を引き取った時、私と父さんは医師や看護士の目もはばからずに号泣した。涙が流れすぎて頭が痛くなったほどだった。

 父さんは、たぶんまだその場所から動けないで居るのだろう。母さんが死んだのは、こんな冬の晴天の日のことだったから。

 冬は寒い。誰かの温もりが恋しくなる。そして、あるべき人がいない淋しさが増幅する季節なんだと思う。だからみんな温かな格好をして、誰かと一緒に過ごして、少しでも淋しさを紛らわそうとしているのだ。

 父さんもきっとそう。分かっているのだ。私たちは家族なのだから。

 私は携帯電話を開いて時間を確認した。もう随分と時間が経っているような気がする。まだ、花を選び終えないのだろうか。気になって私は立ち上がり、すぐ近くにある花屋へと入った。父さんは難しそうな表情をしたまま、じっとたくさんの花を見つめていた。

「まだ悩んでるの?」

 声をかけると、振り返った父さんは恥ずかしそうに頭を掻いた。厳しい表情をしていたのに、途端に気弱な、頼りがいのない顔になってしまう。この表情に、母さんはくすぐられたのかもしれないなと最近思うようになったのは、もちろん父さんには内緒だ。

「どれがいいか分からなくてな」

「そう。んー、じゃあ、これとこれにしよう」

 そう言って私が選んだのは淡いピンクのスイトピーと、少し赤色が濃いサルビアの花だった。花言葉は優しい思い出と家族愛。母さんへの献花としてはこれ以上ない組み合わせじゃないだろうか。

「ね、いいでしょう?」

 父さんは訊ねた私をじっと見つめ、それから柔らかな微笑みを浮かべると、ゆっくりと頷いた。


(おわり)


 ★ ☆ ★


「角の話」


 人は嘘をつくべきではない。誰かを傷つけるべきではないし、誰かを憎むべきではない。人を信じ、想って、騙すことなく真摯に向き合うことこそ、人が人としてあるべき姿だと思うし、私が常日頃心がけている姿勢だった。

 たしか、それは母から教え諭された姿勢だったような気がする。私の母は、それこそ私の性格を形成する上で途方もなく影響力を持っていた人で、今も時たま寄こしてくる電話などに出ると、妙に緊張してしまってぎくしゃくとした返事しかできない。母は偉大であり絶対であり、この先どうあろうとも頭の上がりそうにない人物だった。

 それはともかくとして、私はそんな母によってそうしていれば大抵のことは上手くいくのだ。私自身にとりわけ重大な問題が降りかかると言うわけでもなし、どちらかと言えば平穏に、落ち着いて日々を過ごしていけるはずだった。

 けれども。

 朝起きて、トーストと目玉焼きと牛乳だけの朝食を摂り、片付けて、歯を磨きながら鏡を見た私は心底驚いた。ちょうどこめかみの辺りから、ぽつりと突起が生えていたのだ。

 思わず歯ブラシを動かしていた右手を止めて、空いていた左手で触った。ふにょん、と、柔らかいくせに、中にこりこりとした芯を有した肉の突起が、私の左のおでこに出来上がっていた。

 右手で前髪を押さえて、鏡に顔を近づけてその形状を確認する。ちょうど2センチメートルほどの突起だろうか。左側半分だけにしかなかったから不恰好だったけれど、まさに角と言うに相応しい造形をしていて、私はそれまで辛うじて口に含んでいた歯ブラシを洗面台に落としてしまった。

 開いた口が塞がらないなんてことを言うけれど、まさか自分がその状態に、しかも自分の身体の形状の変化によってなってしまうものだとは思わなかった。もう一度左手で触ってみる。

 見事に尖がっていた。形としては小さなトンガリコーンを引っ付けたような感じ。ただトンガリコーンと違うのは、角が紛れもなく皮膚と繋がっていて、どう考えても私の肉体から盛り上がっているものだということだった。奥にあるしこりのような固い感触を指先に覚えながら、もしかしたらこれは骨が変化したものかもしれないぞ、と思った。もしそうだとするならば、私の頭蓋骨は鬼のような形になってしまったということだ。

 まさか。朝目覚めたら突然鬼になってしまったとでもいうのだろうか。馬鹿な。

 けれど、その考えはいやにすとんと腑に落ちて、それから、いやいや待とう、少し落ち着こうと、誰に言うわけでもなく、私は知らず知らずの内に口にしていた。

 どう考えてもおかしかった。奇妙だった。奇天烈怪奇な現象に違いなかった。私は前日もいつものように会社に出社し仕事をしていて、溜まっていた残業を片付け、少し暗くなった街を歩き電車に乗り、一人アパートに帰ってきたのだ。途中で深夜二時まで開いているスーパーによって惣菜を買って、家に帰り遅い夕食をとって、ビールを一缶空けてつまらないバラエティ番組を見ながら時間を潰した。そして長めにお風呂に入って一時頃に就寝しただけだった。

 なんら変わったところのない、いつも通りの生活だった。特殊なことをした覚えはないし、たとえばこれが神様からの天罰だったとしても、原因として考えられるようなことなど何一つしていなかった。いつもと変わっていたことと言えば、飲んだビールがスーパードライからモルツに変わったくらいだった。スーパードライもあったけれど、前日も飲んだので違う味が飲みたかったのだ。だから飲んだだけだ。何も疚しいことはないし、悪いことをした覚えなど、さらさらなかった。

 私は神様など信仰していないし存在すら疑っているのだから、こんなことを考えるのはおかしいのかもしれないけれど、もし本当に神様がいたとして、それで何らかの原因で私に天罰を落とし、そのお陰でこの角が生えてきたと言うのであるならば、神様と言う奴は随分と嫌な奴に違いないだろうと思う。気まぐれで捻くれていて、おそらく友達になりたくない同僚ランキングなんかがあったら必ず上位に食い込むような性格をしているに違いなかった。そうじゃなかったら、こんなことをするわけがないのだ。私のほうがよっぽど粛々としていて素晴らしい性格をしていると、胸を張って宣言できるような気がした。

 神様の馬鹿野郎。

 理不尽に胸の中で罵って、それからどうしようかと考えた。とてもじゃないけれど、外出は出来そうになかった。通りを歩くのは帽子を被るとか対応策を考えることができるけれど、職場での言い訳はどうにもこうにも思いつかなかった。室内では帽子を被り続けるわけにもいかないのである。帽子がなければ、同僚達の視線は自ずと私の角に集中するだろう。

 とてもじゃないけれど、耐えられそうになかった。私は注目されると言うことが苦手なのだ。言い訳も考えれない今、残された選択肢はただひとつしか思いつかなかった。

 休みを取る。うん、そうしよう。

 ちょうど仕事もひと段落着いていたし、疲れも溜まっていたのでいいタイミングだと言えばいいタイミングだった。携帯で会社に連絡を入れて、「いや、ちょっと厄介な風邪をひいてしまって」などと適当に言い繕って切った。上司が心配そうな口調をしてくれたのが胸に痛かった。ゴミ出しとか、したほうがいいことはいくらかあったけれど、なんだか面倒になってしまったので全部放り出すことにした。

 もう気が済むまで思いっきり寝てやろうと思った。寝て、あまりにも寝すぎて身体がだるくなってくるようになれば、角もなくなると思った。抜けるのか小さくなって沈んでいくのかどちらかは分からなかったけれど、とにかく消滅して欲しかった。

 このままでは買い出しにいくことすらままならない!

 昼食の準備は何もなかったけれど、まあ、なんとかなるだろうと思っていた。寝てしまえば空腹も関係ないし、目覚めたら万事解決しているはずなのだ。たぶん。

 目が覚めたら考えよう。自身に言い聞かせて、私は再び寝室へと戻った。気が付いたのがまだ早くてよかった。たとえばこれが着替えも済んで化粧をし始めた頃だったとしたら、私はこんな風に休むことを簡単に思いつかなかっただろう。有休は手付かずのまま残っていたけれど、使いづらかったのだ。どうせあるものなのだからいつかは使おうと思っていたけれど、機会は訪れず今日まで来てしまったわけだ。

 だから、本当にいいタイミングだった。ズル休みみたいで(限りなくそれに近いのだけれど)少々申し訳ないような気がしたけれど、遮光カーテンをかけて薄暗くなった寝室のベッドの中に潜り込むと、今までどこの潜んでいたのか睡魔が一気に私の意識を飲み込んだ。


 こうして、私と角との日々は始まったのである。思えば、あの角があった日々はどこか奇妙で、それでいて何ものにも変え難い愛おしいものであったような気がする。まあ、そう言ったことは全てが終わってしまった今だから思えることであって、現行の私はひとかけらの余裕もなく、角と、それからいろいろな生活のことを考えていかなければならなかったのだが。

 これは角の物語である。突然生えた柔らかい角と、それを巡る様々な思惑とが絡み合った物語だ。

 眠りについたばかりの私は、今はまだそんなことを知りもしなかったのだけれども。


(お…わり……?)

一つ目の「その人格は冬限定」はちょっと気合入れました。いい話にできたと思います。二つ目の「角の話」は、もしかしたら続くかもしれません。その時は連載になるでしょう。可能性は限りなくゼロに近いのですが。

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