表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/67

『迷路地(6)』

『迷路地』


 秋祭りの最中に鬼火なんて見つけちゃったもんだから道に迷ってしまった。追いかけなければよかったと今更ながらに後悔してももう遅い。両脇にブロック塀だけが立ち並ぶ、迷路みたいな場所に誘われてしまっていた。

 まいった。歩みを止めて息を吐き出す。ここの空気はなんだか変に薄いような、でもって嫌な臭いがするからあんまり吸い込みたくない。が、思いっきり深呼吸をした。少し気持ち悪い。でも幾分か落ち着くことが出来た。

 さて、まいったことになったと、改めて考えてみる。どうやらこの道はうねうねとうねり、分岐し、直角ないし鋭角、鈍角に折れ曲がりながらクモの巣のように広く散在しているようである。果てさて終わりはあるのだろうか。と先ほどから不安になりながらも、がむしゃらに進んできたものの、まったくといっていいほどに終わりが見えてこない。というわけで心身ともに疲れがいよいよ溜まってきているのですよ。

 歩みを止め、両脇に立つブロック塀を見る。もう一回やってみようかと、誰かに相談してやってみることにした。塀に登ってみるのである。この閉ざされた道では出来なかった発見があるはずなのだ。

 ジャンプする。塀の上を掴んでみる。が、曲げた掌は何の感触もないままに、またすとんとバンザイの姿勢に戻ってしまう。

 ため息が出た。

 目の前にある塀を叩いてみる。ぺちぺちと小さな音がする。ここには壁が確かに存在するのだ。けれども、どういう訳かジャンプし触った上のほう、塀の天辺は存在しない。目には見えているのだけれど。どういうことなのか分からなくて、頭が沸騰してきて、イライラして、思いっきり塀を蹴ってやった。右足が痛くなった。

 なんだか疲れてしまったの塀を背に座り、休むことにする。腰を下ろし背中に冷やっこい塀の感触を確かめながら目を閉じた。何の音もしなかった。しなかったけれど、じーんと頭に微電流を流すような耳鳴りはどうしてかしなかった。音がしない音がこの空間を満たしているのだろうかと思い、んな馬鹿な話があるかと空想を振り払った。

 だけれど、じゃあどうして耳鳴りがしないのだろうか。悶々と、静か過ぎる道で考えを巡らしていたら、尻の底から轟くような振動を感じた。いや、尻の底が轟いているわけじゃない。道が揺れているのだ。

 そう思い目を開けて、今まで来た道を振り返った。視界が振動している。がくがくと小刻みに動く。その闇の向こう側から、そいつはやって来た。道の幅いっぱいいっぱいのどでかい三つ目のおっさんの顔が、むしゃむしゃと道を食べながら迫ってきていたのである。

 恐怖とか混乱とかを感じるよりも先に、立ち上がった身体が走り出していた。腕を振り、足を上げどたどたと格好悪く、でも最高速度で逃げる。逃げながら相当な恐怖に襲われた。

 何だあいつは。何で顔が道を食っているんだ。立ち止まったらどうなるんだ。食われてしまうのか。息が荒くなる。腕が重くなって、足は上がらなくなってくる。でもがむしゃらに走る。走らなければならない。なんだか、すごく危険な状況下に置かれているから。

 でも、「不運とはそれが不運であればあるほど重なるものである」だなんて、いつか誰かが言った言葉を唐突に思い出した。だって、目の前に壁が出現したから。

 どうやら道を間違えてしまったらしい。袋小路に迷い込んでしまった。全力疾走のまま壁に激突。仰向けに倒れてしまった。もしかしたらすり抜けられるかもしれないなんて思ってしまったのだ。でも、無理だった。

 首を動かして逆さまに来た道を振り返ると、顔がむしゃむしゃと道を食べて追ってきていた。それにしてもこの顔、よく食べるものである。変に感心したら面白くなって笑えてきてしまった。涙が逆さまに地面に落ちた。

 もう駄目だ。こんな息子でごめんなさいなんて、柄にもなく両親に謝ったりして、動転していた時だった。空から光が落ちてきた。

 その光は丸々と丸く。ぐるぐると表面を回転させながらすとんと急に落ちてきた。で、ぱあっと光ったかと思うと、ぐるりぐるりと回転を続け、ごとんと地面に落ちた。もう光ってなかった。

 がばりと起き上がって、その丸に近づこうと思い、そして顔のことを思い出した。でももういなかった。なんじゃあと首をかしげながら、いや待てよ、もしかしたらこれは新たな危機かもしれないとか何とか思えてきて、でもそれども妙に気になるもんだからおずおずとその丸に手を伸ばしてみた。

 もうちょっとで触れるってところで、ぎょろりと動いた目がこっちを見た。もひとつ表面に目が浮かび上がってきて、それからぱっくり、丸の下のほうに亀裂が走った。ぎぎぎと、嫌な音を響かせながら開いたその亀裂は、いやらしくその形を変えて不気味に微笑んだ。奥に揃いすぎた歯が並んでいた。

「おやおや、人間さんがこんなところにいか要かね。ここは妖が住まう『道の胎』の中腹。人間なんてぺろりと食べちまう奴らが五万といるところだよ」

 老婆のようにしわがれた声で丸は喋った。びっくりした。叫ぶことも出来なかった。だからがさがさとゴキブリのような音を立てて後ろずさった。腰は完璧に抜けていた。

「おやおや。可愛らしい反応だ。そんなに怯えることはないというのに。私なんかよりもよっぽどあんたの後ろの方が怖いんだがねえ」

 壁に背が当たり、もう後ろにいけなかった。さっきとは変わって艶かしい情婦のような声色で喋った丸が恐ろしかった。


(おわり)


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ