4月24日――剪定4
自転車をとばせば神社へは十五分ほどでついただろうが、実際には倍近い時間がかかった。
頭が冷えて怖気づいたり寄り道をした結果だが、息を整えながらどうしたものかと考える。
この瞬間にも過去は更新され続けている。
そろそろ日付が変わろうかと言う時刻だが、ほとんどの過去の僕はもっと早い時刻には神社に踏み入ったらしい。
それらを視るたびに、自棄になっていた思考が冷えていく。
そりゃ誰だって自分が死ぬ過去なんて見せられたら、頭に登った血も冷えてひくだろう。
ああ、まったくもって信じたくないけれど、このまま神社へと踏み込めば僕は殺されるらしい。
かと言って逃げた結果どうなるのかはという未来は、現時点よりも先のことになるので見えない。
まったくもって不便な異能だ。
客観的で断片的な過去視からでは、暗い神社の中で僕が何を見て、何を思って殺されたのかはハッキリしない。
ただ「結木さんと出会った回数が多い僕」ほどあっさり殺されているので、犯人はもうどう考えても結木さんだろう。
今ここにいる僕だって、この過去視が目覚めていなければ、疑いつつも大した警戒はせず結木さんへと近付いたに違いない。
「そうなると、ますますこの異能の意味が分からない」
頭が焼け付くほど様々な過去があるというのに、その中に「過去視に目覚めた僕」が見当たらない。
それが一番の懸念であり、救いでもある。
今も増えていく様々な過去は、どう足掻いても最後には僕が殺されることを示している。
結木さんと大した面識がなく、最大限の警戒をもってあたった僕でも、急所を庇った両腕をズタズタに切り裂かれ、腕が上がらなくなったところで喉を切り裂かれて死んでいる。
けれど今ここに居る僕だけは、そのどん詰まりの世界の延長線上から外れた位置にいる。
それがとても頼もしくて、とても気持ち悪い。
まるで誰かがそうなるように仕組んだみたいだ。
「でも行くしかないよね」
そこまで分かっているのに、僕は正面から神社へと向かっていた。
警戒して闇に紛れて忍び寄った過去もあったのだ。
しかし異能に目覚め五感の鋭敏になった結木さんの目はごまかせなかった。
大丈夫。喉元を確認するように押さえながら自分に言い聞かせる。
「よし!」
気合を入れてるために声を出すと、僕はゆっくりと神社へと足を踏み入れた。
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神社の中は静まり返っていた。
街灯の明かりも奥までは届かず、周囲は暗闇に包まれている。
「……」
無言で鳥居を潜り、拝殿へと向かう。
そこに結木さんは居るはずだと、僕は知っていた。
「……」
闇に慣れてきた目に人影が映る。
微かに届く光を反射させて闇の中に浮かび上がる銀色の髪。
結木月咲が待ちわびたようにそこに立っていた。
「青葉……か?」
「……うん」
確認の声に少し間をあげて答える。
「ごめん……青葉」
「何が?」
突然謝ってくる結木さん。何も知らない僕なら戸惑ったことだろう。
だが後に続く言葉を知っている僕は、黙って結木さんの次の言葉を待っていた。
「アンタを殺せって言われた」
突然の殺害宣言。それと同時に、彼女の過去が視えてくる。
――場所はこの神社。僕と結木さんが別れてすぐだろうか。
男が現れた。
顔は見えない。まるで男の周りだけ夜になったように真っ暗で、その輪郭すらおぼつかない。
自分には死者を蘇らせる力がある。そう男は言いながら、どこからか取り出した小鳥の死骸を結木さんの目の前で生き返らせて見せた。
何て胡散臭いやつだろう。
そんなもの目の前で見せられたって、殆どの人は信じない。
しかしそれを見せられた結木さんは次第に変質していた。
不信が信頼へ変わる。
絶望が希望へと変わる。
そして異能までもが「閉じる異能」から「開く異能」へと変わった。
もし僕に対して好意でも抱いていたら、それは殺意へと変わっていたに違いない。
そして変質してしまった結木さんに、男は言った。
――私の頼みを聞いてくれるなら、君の大切な人を生き返らせてあげよう。
「……だから」
視界が元に戻る。
続く言葉なんてわかっている。だから僕は――
「死んでくれ!」
その宣告が響くと同時に、首の前に両手を交差させながら駆け出した。
「グッ!」
結木さんが手を打つと同時に、左腕が大きく切り裂かれ、服の切れ端と血が暗闇に舞った。
――切り裂く異能。
治癒の異能を持つはずの結木さんが、この夜になって突然使い始める異能。
いや、そもそも結木さんの異能が治癒だというのがそもそも勘違いだった。
彼女の異能は傷を含めた様々なものを閉じるもの。そしてそこから反転して生まれた異能は「切り裂く」というよりも「開く」というべきものだろう。
問題はその異能の性能。
手を打つだけで目標物を切り開くその手軽さは、一方的に相手をなぶり殺しにできるほど凶悪なものだ。
だが同時に、どんな異能にも欠点は存在する。
「くあぁッ!」
「なっ!?」
痛みを気合でごまかしながら、結木さん目がけて一直線に疾走する。
それに驚きながらも結木さんは手を打つが、何も起こらないと知っている僕はスピードを緩めずさらに接近する。
これが結木さんの異能の欠点。
これまで結木さんが持っていた閉じる異能と同じく、開く異能も発動には手を二回打つ必要がある。
しかも早く打てばいいというものではないらしく、手を打つタイミングにも1秒から2秒の間が空く。
だがそれだけでは足りない。
距離があきすぎている。このままでは僕の手が届くよりも結木さんがもう一度手を打つほうが早い。
「クゥッ!」
だから僕は、結木さんが手を打つ直前に、体を反転させながら大きく身を屈めた。
「チッ!」
結木さんが手を打つと当時に、背中が大きく裂けて焼き鏝でも当てられたみたいに痛みだした。
これが結木さんの異能のもう一つの欠点。
干渉できるのは視認できる場所に限られる。だから最初の一撃も、狙った喉ではなくその前に庇うように出していた腕しか切り裂けなかった。
とはいえ次も喉を狙ってくれるとは限らない。結木さんの視線を追って攻撃ヶ所を追えても、防御が間に合うとは思えない。
故に今度は大きく屈んで首と頭を隠しながら、あえて狙い安い背中を差し出した。
「アアッ!」
痛む体を無理やり反転させながら、一気に結木さん目がけて飛び込む。
心の中で「ごめん」と結木さんに謝る。
ここまで接近するのに左腕を犠牲にし、背中に大きな傷を負った。
もし過去視という異能に目覚めておらず、結木さんの異能を戦いの中で把握しようとしていたならば、うっかり喉を開かれるか全身切り裂かれ動けなくなり敗北していただろう。
時間があれば色々と対策を思いついたかもしれないけれど、身一つで挑む僕にはこれが限界だ。
要するに、すべて順調なように見えて僕に全く余裕はない。
加えて以前に確認したように、異能に目覚めた結木さんは体内の氣が活性化し常人離れした身体能力を持っている。
僕の遠当てでは牽制にもならないし、ちょっとやそっとの攻撃では沈まない。手加減などしたらこちらがやられる。
だから僕は体内の氣を全て右手に集中させ――
「ハアッ!」
全力で結木さんの顔面を殴りつけた。
・開く異能
解錠呪文で真っ二つになるお饅頭のイラストを見て思いついた。
騙し討ちも考えましたが完全に敵でもない女の子を騙し討ちもどうよと思い正面対決になりました。
そしてそんな性根だから主人公は死にまくる。




