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4月24日――剪定2

 日が暮れる前には家に帰った僕は、夕飯を終えると自室でパソコンと向き合っていた。


「……ダメだ。何にも出てこない」


 大きく背伸びをしながら状態をそらすと、座椅子が圧迫されてギイと鈍い音が響いた。


 十八女さかり学園で去年起きたという行方不明事件や事故。

 ネット上にそれらの情報は散見されたものの噂レベルのものしかなく、行方不明になった生徒についても当時二年生だったということしか分からなかった。


 図書館にでも行って当時の新聞を探すべきだろうか。

 いや。そもそも当事者である学園の人間に聞き込みをするほうが早いかもしれない。


「もとひとかや……ね」


 聞いたことのない名前のはずだ。

 だというのに、その名前を聞いてからというもの、僕は去年起きたという事件を調べずにはいられなかった。


 焦燥。胸騒ぎ。ジレンマ。

 自分でもよく分からないもやもやとした感情が腹の中でのたうち回って落ち着かない。


「当時二年生なら今は三年か」


 三年生の中には詳しく知っている人間がいるかもしれない。

 でもそれを聞きに行く度胸が僕にあるかと言えばない。

 そもそも何故そこまでしようと思っているのだろうか。


「……まずは氷雨さんに聞いてからかな」


 しかし氷雨さんの楽観的な様子からして、彼女も事件については知らなかった可能性もある。

 だが僕に転入を依頼してきた、氷雨さんの上司だという男。

 彼は間違いなく知っていたはずだ。むしろ知っているからこそ少しでも情報を得るために僕を利用した可能性すらある。


 もしそうなら鬼畜の所業だ。

 正式な組織の人間でもない、一般人で未成年者の僕が下手に首を突っ込んで行方不明者の仲間入りをしたらどうするつもりなのだろうか。


「やっぱヤバいのかなあ。あの組織」


 一度疑えば真っ黒に思えてきた。

 姿見くんや結木さんの異能についても報告はしない方がいいのかもしれない。

 でも氷雨さん……彼女はどこまで信用できるだろうか。


「……何でこんなどっかの工作員みたいなこと考えなきゃいけないの」


 そのまま後ろに体重をかけて、座椅子ごと畳の上に背中から寝転がる。

 とりあえず風呂にでも入ろうか。そう考えたところで不意に音が聞こえた。


「……鈴?」


 リィンと、澄んだ音色が耳に届いた。

 こんな夜に、周囲は畑ばかりで民家もないのに?


 いや。周囲に民家がないといっても、北海道ではあるまいしせいぜい十数メートル程度の話だ。

 近所の誰かが鈴でも持って散歩しているのかもしれない。

 そう考え直したところで、その考えは間違っているとばかりにもう一度リィンと音が聞こえてくる。


「……庭?」


 明らかに、敷地の中ではなく家のすぐ外から聞こえてきた。

 勘弁してほしい。何故まだ四月だというのにホラーじみた異常に襲われているんだ僕は。


「……」


 音をたてないように立ち上がり、部屋を出て廊下へと向かう。

 念のために氣を体内で練っておく。相手が泥棒にしろ幽霊にしろ、一定の効果はあるはずだ。


「ふぅ……」


 大きく息を吐いて覚悟を決める。

 そしてゆっくりと、縁側に通じる障子を開けた。


「……え?」


 そこには一人の少女が居た。

 十八女学園の女子の制服を着た、夜を思わせる黒髪の少女。

 玄関から外へと続く飛び石の一つの上に、こちらを見ながら佇んでいた。


「……」


 声が出せない。だっておかしいだろう。

 近くにある光源は僕の部屋の明かりだけで、庭はほとんど真っ暗だ。にもかかわらず、僕は少女のまつげの先まで視認できてしまっている。


 異常なのは彼方あちら此方こちらか。

 状況からして間違いなくあちらだろう。

 だというのに――。


「……もとひとかや?」


 何故僕はこの人を知っていると思ったのか。


「――ッ!?」


 瞬間。脳を強烈な痛みが襲った。

 痛いなんてもんじゃない。直接手を頭の中に突っ込まれてかき混ぜられているような気持ち悪さ。

 平衡感覚がなくなり、膝から崩れ落ちそうになる体を引き戸にしがみついて何とか支える。


「なん……で……」


 目が回る。胃がでんぐりがえって中身が全て口から出そうだ。

 視界は強烈なフラッシュでも焚かれたみたいに明滅して、目から涙がぼろぼろと零れてくる。

 そんな僕を見据えながら、少女は歩く動作すら見せず滑るようにこちらへと近づいてくる。


 ――やめろ。来るな。こちらへ来るな!!


「――大丈夫。志龍は強い子だから」


 体は動かせず、それでも全力で拒絶する僕に、少女はそうただ一言だけ告げた。



 ――遠くで声が聞こえる。


 男が一人。少女の手を引きながら背を向けて去っていく。

 手を取られた少女は何度もこちらを振り返ったけれど、男に引っ張られて歩みを止めることができない。


 一方の男は、一度も振り返ることなく去っていった。

 その様子を、僕は祖父に手を繋がれて眺めていた。


 ああ。何だ。

 忘れたと思っていたけれど、ちゃんと覚えているじゃないか。


 そう。祖父に預けられたあの日に。


 ――僕は父親に捨てられたんだ。


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異世界召喚が多すぎて女神様がぶちギレました
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