4月23日――尻尾3
とりあえず場所を変えようと言われて女性に付いていけば、アーケード街から少し離れた喫茶店へと辿り着いた。
どうやらチェーン店らしく中々の広さであり、その中でも一番奥の入口からは見えづらい席へと案内される。
なるほど。ここなら内緒話にはうってつけということらしい。
「それで……異能のことを聞きたいんですよね?」
注文を終え店員が離れたところで、念のために聞いておく。
というかここまで言われるがままにホイホイ付いて来てしまったけれど、氷雨さんに連絡すべきだったのではないかと今更気付く。
説明しようにも僕は氷雨さんのような専門家ではないし、異能についてもそれほど詳しくない。
というか朝に姿見くんが異能者だと知ったばかりだというのに、何でその日のうちにもう一人の異能者と接触してしまうのか。
……うん。迂闊に氣を使ってた僕の自業自得だった、
「そうだけど。何で敬語なのアンタ?」
「え? 何でって……」
初対面ですし。
そう言おうとしたけれど、嫌な予感がして飲み込んだ。
しかし飲み込んだはずの言葉を察したのか、対面に座る女性の顔が徐々に険しくなっていく。
「アンタもしかして私のこと分かってない?」
「……どこかでお会いしましたっけ?」
「同じクラスの結木だよ」
言われてハッと思い出す。
確かに目の前にいるのは、クラスメイトであり姿見くんに不良よばわりされていた結木月咲さんだ。
むしろ何故今まで気付かなかったのだろうか。こんな銀髪の女性なんてそう居ないだろうに。
「まあアンタ転校してきたばっかりだし仕方ないか。私はそんな目立つほうでもないし」
仕方ないという言葉通り納得してくれたのか、結木さんの目から剣呑な光が消える。
しかし目立たないと自称する結木さんだけれど、間違いなくその容姿は人目を引くものだ。
目は切れ長で威圧感があるけれど、美人と言える顔立ちだし背が高くてスタイルもいい。
じゃあ何で僕は覚えてなかったのかというと、そんな美人をきっちり覚えるほど凝視するような度胸なんてないからだ。
今だって結木さんと向かい合っているのは落ち着かない。クラスメイトだと分かったら余計に緊張してきた。
「でも僕もあんまり異能について知ってることはないんだけど」
「アンタが使ってた超能力みたいなのは?」
「アレは氣を使った遠当て。訓練すれば誰でもできるよ」
「できるわけないだろ」
うん。そう思うよね。
でも実際僕はできたし、十年くらい頑張れば誰でもできるはず。
逆に言えば十年頑張っても、余程の天才でもなければ僕程度である。
「中国武術とか風水とかで氣の話は聞いたことがあるでしょ? ああいうのは使えるようになる人が少ないだけで、本当にあるってこと」
「じゃあ私の力も?」
「それはまた毛色が違うというか……」
その辺りを説明しろと言われると、僕自身もよく分かっていないので非常に困る。
とりあえず技術として確立されているのが僕が使う氣をはじめとした<力>で、再現性のない各個人固有の能力が<異能>というところだろうか。
「まあ力の出方が違うだけで、根源は同じらしいよ。結木さん傷が治せるほかに体調がいいとか体が軽いみたいな影響ない?」
「それはある。というかなかったら、一昨日アンタをあそこまで追いかけまわしたりできなかったよ」
確かに。
あの速度で走り続けるのなんてマラソン選手でも難しいだろうし、大ジャンプによる川飛び越えはできたとしても普通は躊躇う。
結木さんは以前から自分の異能を自覚していて、それを聞くために僕を追いかけまわしたと。
じゃあやっぱり逃げる必要なかったじゃん僕。
「とりあえず結木さんみたいに突然変な力に目覚める人は居て、そういう人たちを保護する組織が国にはちゃんとあるってことくらいかな。僕が知ってるのは」
「保護って……監禁でもされるの?」
「何でそんな物騒な発想にいたるの」
姿見くんといい、仮にも自国の組織を疑いすぎではなかろうか。
いや、そもそも存在自体が胡散臭いから仕方ないのかもしれないけれど。
「異能を使って犯罪やってるなら、鎮圧されるか最悪殺されるらしいけど、別に結木さんそんなことやってないでしょ」
「やってなくても今の物騒な発言聞いて安心するやつはいないよ」
ごもっとも。
うん。やっぱり僕説明とか向いてないね。そもそも持ってる情報が少ないし。
「僕の知り合いがその組織の人間だから紹介しようか?」
姿見くんと同じように氷雨さんに丸投げしようと思ったけれど、自分で言っておいて「組織の人間」という単語の胡散臭さが凄い。
黒ずくめで非合法的な活動とかやってそうだ。
「……やめとく。今の所困ったことはないし、この力が何なのか知りたかっただけだから」
そして案の定結木さんに多大な不信感を与えたらしく、紹介は拒否された。
まあ本当に困ってないだけかもしれないけれど。
「そう? でも異能に限らず何かあったら相談に乗るよ。荒事の心得はあるし」
「うん。アンタ見た目のわりに凄いからね」
見た目のわりにというのはどういう意味だろうか。
やはり童顔のせいだろうか。背はそれなりにあるのだけれど。
そんな不満はおくびにも出さず、それぞれ注文した紅茶を飲み終えるとその場で解散となった。
・
・――そしてまた
・
翌日。4月24日。
僕は彼女に殺された。
完全な不意打ちだった。だって目の前に居たのは彼女なのだから。
危害をくわえられるはずがない。そんなことがあったとしても彼女にそんな力はないと油断していた。
そして様子のおかしい彼女を呑気に気遣っていた僕は、何が起きたのかも分からないまま喉を切り裂かれた。
血が溢れる。止まらない。
僕の氣を使った治癒能力で間に合うような深さじゃない。
あるいは彼女なら治せるのだろうけれど、そんな希望は持てやしなかった。
だって僕の喉を切り裂いたのは彼女なのだから。
「どう……して……」
何とか絞り出せた声に、彼女は微かに震えて涙を零しながら首を振った。
ああ。彼女が泣いている。
事情はさっぱり分からないけれど、きっと僕はここで死んでる場合じゃない。
せめて彼女を泣かせた人間を一発ぐらい殴ってやらなければ格好がつかないじゃないか。
けれどそんな決意に何の意味もなく、僕はゆっくりと意識を手放した。