4月23日――尻尾2
街の探索は中々時間がかかった。
最初は市の中心部にあるアーケード街を見て回ろうと思ったのだけれど、そのアーケード街が中々に広い。
休日ということもあってか人通りも多く、店を見て回るだけでも一苦労だ。
しかもそのアーケード街に連なる路地にも様々な店が軒を連ねているものだから、とても一日で全容を把握できそうにはなかった。
地方都市をなめていた。
まさか中心部がこれほど活気があり栄えているとは。
「んーでも少し外れると寂れてるんだよな」
お昼時になり、偶然目についた小さなうどん屋で肉うどんをすすりながら一人ごちる。
例えば僕が氷雨さんと一緒に住んでいる家。
周りは田んぼや畑ばかりで、本当にここと同じ市内なのかと疑う程に長閑な風景が広がっている。
都会では街の中心部ではなく周辺に居住者が集中するドーナツ化現象というものがあるらしいけれど、この町を市全体で見ればドーナツの穴の中に人が集中しているに違いない。
「地図があんま当てにならないなあ」
あまりに広いのでナビに頼ろうとスマートフォンを取り出したものの、情報が古いのかそれとも新店舗が続々できるほどこの街が活性化しているのか、情報に食い違いが多かった。
しかしこんな田舎街にアニメショップはともかくメイド喫茶があるとは恐れ入った。
あったところで入ることは一生ないだろうけれど。
「……ん?」
まあ行けるところまで行ってみるかと会計を終え店を出たところで、ひょこひょこと黒いものが路地の裏へと入っていくのが目にとまる。
「……」
そいつが気になって、僕は後をつけることにした。
時間はたっぷりあることだし、のんびりと行くとしよう。
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黒いやつを追いかけてアーケード街の裏に回り込めば、そこには中々の広さの雑木林が広がる神社があった。
入口にある看板に書かれた名前はかすれて読めないけれど、鳥居が赤いということは稲荷神社だろうか。
まあ稲荷神社でなくても赤い鳥居はあるらしいけれど。
「あ、居た」
鳥居を潜って境内へと入れば、正面の拝殿らしき場所の入口にそいつは居た。
「……」
賽銭箱の前に陣取り、じっとこちらを見つめてくる黒い猫。
まだ子猫なのか体は小さく、毛並みもちょっと粗い。
月を思わせる金色の目を瞬かせ、警戒心たっぷりにこちらを睨めつけてくる。
「あ、おーい。逃げないで」
なるべく姿勢を低くしてゆっくり近づいてみたものの、やはり人に慣れていないのかピョンと跳ねて逃げてしまう黒猫。
しかしその足取りはぎこちなく、走らなくてもあっさりと捕獲できてしまった。
「ごめんね。ちょっと大人しくしててね」
手の中でジタバタと暴れる黒猫をなだめつつ、後ろ足をなるべく優しく押さえて観察する。
「……やっぱり怪我か」
アーケード街をひょこひょこと歩いていたから気になったのだけれど、後ろ足の踵のあたりに深い切り傷があった。
それなりに時間が経っているらしく血は流れていないけれど、毛ははがれているし肉は見えてるしでかなり痛そうだ。
あっさり捕まえてしまえたのもこの怪我のせいだろう。
「ごめんね。治してあげるから、ちょっとそのままでいてね」
そう黒猫に声をかけながら拝殿の前の階段に腰掛けると、僕は右手を怪我のあるところにかざし、ゆっくりと呼吸を整えながら意識を集中した。
「……」
淡く、陽の光に負けて消えそうなほど微かな光が右手から漏れる。
氣というものは様々な性質を持っており、身体能力を高めたり破壊の力として撃ち出すこともできれば、このように癒しの力として放つこともできる。
お爺ちゃんが死んで氷雨さんに引き取られてから、氣の素養があると分かり最初に教えられたのが、この癒しの氣の使い方だった。
一応遠当ても同時期に教わったけれど、氷雨さんには「志龍レベルなら近づいて殴った方が早いわよ」と笑顔で言われた。
その通り過ぎてぐうの音も出なかった。
「……これは時間がかかりそうだな」
そして今になっても僕の扱える氣の量は、姿見くんの異能といい勝負な手品紛いのレベルだ。
氣を当てられた黒猫の傷は徐々に治ってはいるけれど、植物の観察をしている気分になりそうな超スローモーション。
これは完治に小一時間はかかるかもしれない。
どうやら黒猫が僕を敵でないと分かってくれたらしく、大人しくされるがままになっているのが救いだけれど。
「……やっぱり」
「え?」
不意に頭上から声が降ってきて、僕は慌てて顔を上げた。
「……」
パンツルックに切れ長な目が印象的な女性がこちらを見下ろしていた。
いつの間に。というか見られた。
いや、待て。所詮は僕のなんちゃって治癒能力だ。
「傷が治ってた? ハハッ。気のせいですよ」で言い逃れできる可能性が――。
「アンタ。一昨日も強盗のナイフ触らずに吹っ飛ばしてたよね」
ありませんでした。
というか一昨日追いかけてきた女性か。
確かにあの時の女性も、顔はよく見えなかったけれど銀髪だった気がする。
「色々言いたいことはあるけど、その前に……」
「え?」
言葉を切ると、女性はこちらを見下ろしながら徐に両手を胸の前で合わせる。
「……は?」
そしてそのままパンッと柏手を打った瞬間、黒猫の後ろ足の傷が縫合でもされたみたいにピタッと閉じてしまった。
治ったというよりも、本当に閉じるような速さだった。
そしてしばらく黒猫はきょとんとしていたものの、足の痛みがなくなったのかピョンと僕の手の中から飛び出てしっかりと石畳の上に着地する。
「……本当に治ってる?」
怪我を治してもらったのを理解しているのか、女性の足にすり寄る黒猫に不自然な様子はなく、痛みもないらしい。
あの一瞬で? というか今の<力>は……。
「この力のことを聞きたかったんだけど、よくも逃げてくれたね」
そう言ってギンッと音が聞こえてきそうな勢いで睨んで来る女性。
どうやら僕は一昨日の時点で選択肢を間違えていたらしい。
さあどう言い訳をしよう。