5月28日――そして誰もいなくなった2
休日になると、僕は街中をぶらついていることが多い。
特に目的はない。ただ街やそこを行き交う人たちを眺めるのが好きなんだと思う。
何せこちとら田んぼや山しかないような田舎育ちだ。
学校に同学年の生徒が居なかったと言えばその田舎度合いが知れるだろう。
そういうわけで、普通の人なら見慣れているようなものも新鮮に見えるのだ。
「だからって、何で休みのたびに見に来るんだよおまえは」
呆れたように言いながら手品道具を片付けているのは姿見くん。
相変わらず休日のたびにストリートマジックをしているようなので、こうして見学に来ている。
「だって毎回微妙に内容が違うから見てて飽きないし。あのコップの外にあったコインを中に移動させるやつ凄かったね。コインが手の間を飛んだのは見えたんだけど、あそこからどうやって一瞬で中に入れるの?」
「企業秘密だ。というか見えてんのかよアレが」
どうやらタネは教えてくれないらしい。いやタネと言えるようなものではないのかもしれないけれど。
姿見くんの手品を見ていると「タネも仕掛けもありません」というのはある意味本当なんだなと感心する。
そこにあるのは人を騙す技術だ。見ていてそのやり方を見抜けても、とても真似できそうにない。
「そう思うんなら金置いてけ」
「はいどうぞ」
姿見くんがおひねり箱を差し出してきたので、用意しておいた五百円玉を入れる。
というか中に結構お札も入ってるんだけど、一日でどんだけ稼いでるんだろう。
「しかしおまえも物好きだな。街ぶらつくなら結木か仲辻でも誘えよ」
「アッハッハ。あの二人ならデートしてるよ」
「誰と……ってそういうことか」
それなりに仲良くなった結木さんと仲辻さんだけれど、あの二人にとって一番なのはお互いであり僕はただのおともだちだ。
今日は月ちゃん忙しいから青葉くん誘おうか。そんな感じ。
あまりに仲がいいので結木さんに「付き合ってるの?」と冗談で聞いたら「は?」とゴミを見る目で言われた。
一分のデレもないツンギレっぷりに割とマジで殺されるかと思った。
「いや、結木のアレは照れ隠しだろ」
「何その完璧すぎる隠しっぷり」
可愛げがないなんてもんじゃない。結木さんが可愛いとしたらそれはクロと戯れているときだけだ。
「まだ帰らないのか?」
「え? しばらくはまだ見て回るつもりだけど」
「なら――スリーカウントでおまえの気配は誰にも気付かれなくなる」
何かいきなり異能をかけられそうになっている。
ならって何でだよ。
「ワンツースリー」
そして止める間もなくカウントは終わり、パチンと姿見くんが指を慣らす音が路地に響く。
「……いきなり何?」
「おまえの後ろにストーカーがいる」
言われて振り向き目を凝らせば、五十メートル程離れた電柱の影にそれらしき人影が見えた。
居たのか叶先輩。まったく気付かなかった。
「ええ……。休日にまで何してるのあの人。というかよく気付いたね姿見くん」
「おまえにとっては死角でも、俺からは丸見えだからな。後は自分で何とかしろ」
「ありがとう」
まあ結構距離があるし、気配が掴まれないならすぐに振り切れるだろう。
それをやる意味があるかどうかは別にして。
叶先輩は確かに不気味だが、こちらを見てくるだけで実害は特にない。
むしろわざわざついて来るなら声をかけてくればいいのにと思う僕は、危機感が足りていないのだろうか。
「間違いなく足りてないな」
そう漏らしたら、姿見くんに呆れたように断言された。
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町を見て回る楽しみの一つは、気が向くままに目についた飲食店に入ってみることだ。
特に表通りではなく、ちょっと裏に入ったあたりにある年季の入った店がいい。
値段が手ごろなことが多いし、何より長く続いているだけあって外れが少ない。
まあたまに致命的に僕の舌には合わないこともあるけれど。
「うーん。美味しかったんだけどなんか物足りないな」
今日はうどん屋に入ってみたのだけれど、きつねうどんを頼んだらきざみあげだった。
漏れた言葉通りに美味しかったのだけれど、分厚いおあげを期待していたので何だか肩透かしを食らった気分だ。
関西だときざみあげが主流なんだっけ。
「さて、また適当に見て回って……?」
人の波に乗ろうと歩き始めたところで、異様な氣を感じて足が止まる。
「……氷雨さん?」
片方は覚えのある、けれど知らないくらい巨大な姉貴分の氣だった。
それに呼応するように、こちらは覚えのないけれど知っているような氣が膨れ上がっている。
何だ? 何が起きている?
戦っているような感じじゃない。けれど街中でこんなに氣を高めるなんて異常だ。
「……」
少し考えて、僕は意を決して氷雨さんたちの氣のほうへと足を進めた。
危ないかもしれない。もし戦いになれば、僕は間違いなく足手まといになる。
しかし姿見くんの気配が読めなくなるという異能の効果はまだ残っている。
気付かれないように接近し、やばそうならすぐ逃げる。
他にもいろいろな状況を想定しながら氣のほうへと歩いていけば、そこは以前にも結木さんやクロと出会った神社だった。
何でこんなところで?
そう思いながら入口の石柱に身を隠し境内の様子を窺う。
「……」
そこに居たのは予想通り氷雨さんと、予想外にも斎院さんだった。
二人して無言で向き合い、高めた氣をぶつけ合うように放出している。
どういう状況だこれ。
というか氷雨さんの本気の氣のでかさも予想外だけれど、それに対抗できてる斎院さんも予想外だ。
二人が直接氣をぶつけ合ったら余波で神社が吹っ飛ぶんじゃないか。そう思わせるほどに量も密度も半端ない。
まさかこんなところで始める気なのか。
そう危惧したところで、唐突に二人の氣は風船が萎むみたいにおさまった。
「……認めてもらえた。ということでいいのでしょうか」
「納得はいかないけどね。貴方本当に元一般人? 生まれてすぐに英才教育始め始めても、そのレベルに至れる人間なんてそう居ないわよ」
「どうせ俺の生い立ちなんて調査済みでしょう。輪人に会うまで斎院紅葉は間違いなく一般人でしたよ」
「何その他人事のような言い方。まさか貴方実は斎院紅葉じゃないとか?」
「いいえ。俺は間違いなく輪人迦夜の友人である斎院紅葉です」
二人の会話が聞こえてくる。どうやら姿見くんの気配消しはあの二人にすら通用しているらしい。
本当に汎用性高いな姿見くんの異能。
しかし本当にどういう状況だろうかこれは。
氷雨さんが斎院さんのことを知ってるのは当たり前だ。何せ報告したのは僕なわけだし。
やはり僕に任せるには荷が重いと探りを入れにきたということだろうか。
少し悔しいけれど、先ほどの氣の高まりを考えれば妥当としか言いようがない。
多分僕では冗談抜きに指先一つでダウンさせられる。
そう納得したのだけれど、次の二人の言葉は到底納得できるものではなかった。
「じゃあ、今学内で起こってる件は貴方に任せて大丈夫ね?」
「元よりそのつもりです。しかしいいんですか? 青葉にも手伝わせなくて」
「逆にどうしてあの子にやらせると思うの。あの子はあくまで協力者で一般人よ」
「俺には一端の戦士に見えましたが」
憮然としたような氷雨さんの声に斎院先輩が反論する。
何? どういうこと?
氷雨さんが僕を何か事件に巻き込むまいとしてるのは分かるけれど、何故斎院先輩は僕をそんな高く買ってるっぽいのか。
「あいつは強くなる。経験を積ませるべきだ」
「強くなる必要がないの。少なくとも今は命をかけるようなときじゃない。あの子はまだ子供なんだから」
「なるほど。だから火中の栗は赤の他人に拾わせると」
「貴方は私たちが動かなくても拾いに行くでしょう」
「ええ。ですが俺が動くことは貴女や青葉が動かない理由にはなりませんよね」
氷雨さんが無言になり、、神社の中から冷たい殺気が漏れだしてくる。
あの氷雨さん相手に一歩も退かないとか斎院先輩凄いなあ。
というか僕が怪我しても飄々としていた氷雨さんがこれほど過保護だとは思わなかった。
いや、僕もできれば危険な目にはあいたくないけれど。
「……あの子に手を出すつもりなら命をかけなさい」
「貴女にその資格があるんですか?」
さらに殺気が濃くなった。
凄いよ斎院先輩。何でそんな喧嘩腰なのかは分かんないけど僕なら殺気だけで死んでるよ。
「……」
結局話はそこで終わったらしく、神社から氷雨さんが出てくるのを感じ建物の影に身を隠す。
いくら気配を読まれなくても肉眼で見られたらバレる。
というか途中から何故か僕の話になってたけど、本題は何だったのだろうか。
「……帰るか」
とはいえそれを聞きに行けるわけもない。
なので大人しく帰ろうと建物の影から出て神社に背を向けたのだけれど――。
――帰るか。
そのまま何もせずに帰っていく「あり得なかった過去」が見えた。
「……何でこのタイミングで?」
あり得なかった過去が見えるタイミングは相変わらずよく分からない。
ただ見ることのできるあり得なかった過去の条件は最近分かってきた。
そのあり得なかった過去から続く未来で僕が死ぬということだ。
このまま何もせず帰るという過去からどのようにして死ぬのかは、現時点では未来にあたるため見ることができない。
そもそもこのまま帰る以外にどんな選択肢があるというのだろうか。
まさか氷雨さんか斎院先輩のどちらかに今の話を聞きにいけとでも?
「……」
どうすべきなのか。
少なくともこのまま帰ることはできない。
ならどうする? 氷雨さんはもう何処かへ行ってしまったし、今から接触できるのは自称僕の敵な斎院先輩だけだ。
「……いや」
本当に彼が敵なら、そんなことを言うだろうか。
むしろ彼はどこか僕に期待しているように見える。
その理由が何なのか。叶先輩と同じように輪人迦夜と僕を重ねているのだろうか。
仮に敵だとしても話をしてみる意味は大きいのではないか。
僕は斎院先輩のことをよく知らないし、斎院先輩は僕のことをよく知らない。
「……」
気づけば僕の足は動いていた。
考えはまとまっていない。自分が何をすべきか分からない。
「……」
「居たのか青葉。まったく気付かなかったぞ」
ただ焦燥感に突き動かされて、僕は神社の境内で佇む斎院先輩の前に姿を晒していた。




