5月10日――フォーリンラブ3
俺はお前の敵だ。
そう言われても、僕は不思議と斎院さんに敵意というものを感じなかった。
この人には殺意がない
僕を対等な敵として見ていないのもあるのだろうけれど、どこか見定めるような気配も感じる。
そんな僕の考えに気付いたように、斎院さんは間合いを解くと椅子にかけ直した。
「気付いているだろうが、俺におまえをどうこうする意思はない。だが立場上敵としか言えない状況にある」
「……それはどういう?」
「輪人迦夜の仲間だった連中がおまえを狙っている」
それは可能性の一つとしては考えていたことだった。
輪人迦夜が匿っていたと思われる異能者たち。恐らく彼らには匿われなくてはならない理由があった。
ならそれを探りにきた僕という存在は、決して呑気に傍観できるものではないだろう。
「建前上俺はあいつらのまとめ役ということになっている。だがそれを推した輪人が居なくなった時点で、統制はとれなくなった」
「つまり各々が好き勝手やってると?」
「ああ。俺が力尽くで止めたところで、納得する連中じゃあない。一応は仲間だ。おまえのためにあいつらを再起不能に追い込むこともしない」
「……」
できないのではなくしない。
なら恐らくはこの学園の異能者で最強はこの斎院さんなのだろう。
それ故にリーダーとなっているが、精神的な主柱は輪人迦夜が担っていた。
そうなると何故輪人迦夜が行方不明になったのかがいよいよ気になってくるわけだけれど。
「それでも奴らに一定の枷はつけた。やりあうなら一人ずつ、対等にやれとな」
「一騎打ちってことですか」
「別におまえには何の制限もない。ただ奴らがそれに納得するかは知らんがな」
つまり僕が仲間を頼ればあちらも複数出てくるかもしれないと。
まあそれ以前に――。
「僕がそれに付き合うメリットは?」
襲われたらすぐに氷雨さんに泣きつくという手もある。というよりも、当初からそういう予定だ。
僕の仕事はあくまで調査。戦うのはあの部長とやらが勝手に言っているだけで、依頼の内には入っていない。
「ないな。むしろさっさと逃げ出したほうがいい。異常から抜け出して平和な生活を送れるだろう」
「それじゃあ仕事にならないです」
「なら付き合え。輪人はあいつらを全員制して見せた。後釜だというのならやってみせろ」
要は彼らに付き合って輪人迦夜の代わりとして騒動の中心になるか、逃げだして蚊帳の外に追い出されるか。
付き合わなかったり氷雨さんを頼りすぎたりしたら、彼らは表立って動くのをやめて捉えきれなくなるだろう。
「……分かりました。付き合いますよ」
「なら最初のサービスだ。既に一人目は俺の話もろくにきかずに勝手に動き始めている。立ち位置には気をつけろ」
知ってます。
そして立ち位置に気をつけろという一見意味不明な助言も、あの狙撃に注意しろということだろう。
しかし話もろくに聞かずにということは、その人物はかなり厄介者なのかもしれない。
まあそうでなければいきなり人の心臓ぶち抜いたりしないだろうけれど。
「最後に一ついいですか?」
「何だ?」
「輪人迦夜は何故行方不明に?」
「……」
沈黙の中に動揺は見られなかった。
ただ静かに。何かを懐かしむように。
僕のほうをずっと見つめている。
「俺が……斎院紅葉たちが不甲斐なかったから。輪人迦夜は居なくなった」
「……そうですか」
要領は得なかったけれど、容易に踏み込んでいい話ではないということは分かった。
ただ自分たちの責を口にしながら、どこか他人事のように見える斎院さんの姿が不思議に思えた。
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放課後になるなり、僕は姿見くんたちからも隠れるように学校を後にした。
そしてなるべく建物の影に隠れるようにしながら、狙撃地点と思われるビルを目指す。
近づいてみれば、ビルだと思ったのは一回にテナントの入ったマンションだった。
それでもセキュリティーの類はそれほど厳重ではないらしく、階段から屋上まで何の障害もなく辿り着けてしまった。
「……」
ゆっくりと、屋上へと続く扉にてをかける。
案の定施錠はされていなかった。
これは元からなのか。それとも侵入者がいるからか。
息を潜め、体内の氣を周囲の空気に溶け込むように調整しながら屋上へと身を乗り出す。
「……」
そこには誰も居なかった。
だだっぴろい割には何も置かれておらず、ただ見上げるほど高いフェンスに囲まれた殺風景なその様。
すくなくとも隠れるような場所はない。
そう思いながら一歩踏み出そうとしたところで――。
「!?」
ドアの影から伸びてきた手が、僕の手首を掴んだ。
「あらあら。どうしてここが分かったのかしら? 紅葉くんが教えたとも思えないのだけど」
穏やかな、呑気とすら思える声でそいつは言った。
ドアの影なんて初歩的な隠れ場所だろうに。
いやでも遠距離で優位な異能だと思ってたのに、向こうから掴んでくるなんて。
ある意味これはチャンスか?
「あらー?」
「!?」
一気に飛び出し掴まれた腕を利用しそのまま投げ飛ばす。
そう考えたところで、相手がドアの影からにゅっと顔を半分だけ出してこちらを見てくる。
「近くで見ると本当に……迦夜ちゃんそっくりねぇ」
そう言って長い黒髪を垂らした女は、蛇を思わせるねっとりとした笑みを浮かべた。




