5月5日――友達9
「このたびは本当に申し訳ありませんでした」
そう言って畳の上で綺麗な土下座をする青年。長い前髪を横に流していて気障な印象を受ける細身の男だ。
知辺庵。今回の人形騒ぎの犯人であり、イマジナリーフレンドの異能を持つ人形遣いでもある。
氷雨さんの言っていたとおり親に折檻されたらしく、服の下に幾つか青あざが見える。
「よく私たちの前に顔を出せたね」
そしてその知返さんとやらを仁王立ちで見下ろす結木さんと、その後ろでオロオロしてる仲辻さん。
姿見くんは「あとは勝手にやってくれ」と言って来ていない。
今回のMVPは姿見くんなのだから、夕飯でもご馳走しようと思ったのに。今度持っていく弁当のおかずは奮発することにしよう。
「まあまあ。一応話聞いてあげてよ。面白い情報も持ってるから」
そんな結木さんをなだめるように、ひらひらと手を振る氷雨さん。
結木さんも氷雨さんには強く出られないのか、渋々といった様子で知辺さんから離れて仲辻さんの隣に座る。
「まず言い訳をさせてくれないかな。僕のイマジナリーフレンドに寄生された人間は最悪死ぬと言ったけれど、本当に最悪の話で確率的には零に等しいんだ」
「じゃあ何で愛は意識を失ってたのさ」
「うん。確かにイマジナリーフレンドに力を吸われた人間は意識を失う。でも症状はそこまでで後は放っておけば勝手に治るんだよ。意識不明になったせいで死ぬことはあるだろうけれど、イマジナリーフレンドが直接的な原因で死ぬことはないってことだ」
「じゃあもしかしてわざと異能を説明したのは、意識を失った仲辻さんに万が一がないように保護させるため?」
「え?」
いや「え?」ってなんだよ。
「……うんうん。そのとおり」
「殴っていい?」
「ごめんなさい嘘です!」
握りこぶしを固めて片膝立てる結木さんに必死に首を振って撤回する知返さん。
何でそんなバレバレな嘘つくかな。
「そもそも何で仲辻さんにイマジナリーフレンドを使ったんですか?」
「ふっ。分からないかい?」
僕の質問に何故か得意げに聞いてくる知返さん。
何故だか知らないが、この人やけに僕に気安い気がする。
「月咲さんは美しいだろう」
「ああ。美人ですよね」
「……」
当然のように言う知返さんと実際その通りなので賛同する僕。
そして「何言ってんだこいつら」と言わんばかりの胡乱な目を向けてくる結木さん。
しまった罠か!?
「町で偶然見かけたとき、僕は運命に出会ったと思った。もうこれは彼女をモデルにして人形を作るべきだと天が告げていると確信した」
「へー」
「そして僕は先祖代々伝わる技術に加え西洋から流入したドールの技術まで取り入れ完璧な結木月咲を作ろうとした。だが何かが足りなかった!」
「アンタの脳みそじゃないの?」
知返さんの魂の叫びに「馬鹿じゃないの?」と冷え切った目で言う結木さん。
実際馬鹿なのは間違いないと思う。
「悩みに悩んで気付いた。人形にはときに魂が宿る。僕の人形にはそれが足りないのだと」
一見意味不明なことを言っている知返さんだけれど、言わんとしてることは分からないでもない。
人形はその起源や形からして魂というものが宿りやすい。人形愛好家の中には、人形の中の魂が居なくなったり変わったりすると分かるという人も存在するらしい。
それは自然に宿ったものだったり、作り手の思いだったり、持ち主の愛情だったり。
ともかくそういった何かが足りないと知返さんは思ったのだろう。
「だからちょうどいい異能に目覚めたし、これ使って魂ぶっこんじゃえと思ったんだ」
「よし、死ね!」
「ゴハッ!?」
片膝立てた状態から一気に跳び上がり前蹴りを叩き込む結木さん。
知返さんが顔面に直撃食らって吹っ飛ばされた。さすがの身体能力だ結木さん。
「でも月ちゃんの人形作りたいのは分かるなぁ」
「何言ってんの愛!?」
一方両手を合わせてほんわかとした笑顔で言う仲辻さん。
こちらはこちらで中々大物だ。利用されたというのにまったく気にした様子がない。
「アンタあの二つ以外に私の人形作ってないでしょうね?」
「アッハッハ。もちろん。大切なものは三つ用意するに決まってるじゃないか!」
「青葉。回収して破壊しといて」
「分かった」
「無体な!?」
何で僕がと言いたくもあるけれど、気持ちは分かるので素直に引き受けておく。
あと単純に結木さんが恐い。今も片手で知返さんの胸倉掴みあげて宙づりにしてる。
「何だか面白い人だね」
「あーうん。そうだね」
そう言って微笑む仲辻さんだけれど、この子はこの子で呑気すぎやしないだろうか。
結木さんと仲直りできたから、頭の中が暖かくなっているのだろうか。
「でも話のとおりなら、知返さんは十八女学園の異能者とは無関係ってことか」
てっきり結木さんを操った異能者の仲間かと思ったのだけれど、そもそも知返さんは違う学校の生徒だ。
身元もハッキリしているし、輪人迦夜と関係があったと思われる正体不明の異能者とは無関係ということだろう。
「いや。僕は彼らと接触したことがあるよ」
そう結論付けたのに、知返さんはあっさりとそれを否定した。
「……接触?」
「ああ。僕がこの異能に目覚めたのは去年のことでね。そうでなくても僕は人形遣いという特殊な力を持った人間だ。あちらとしても無視はできなかったんだろうね。『仲間になるか不干渉を誓うか選べ』そう言われたよ」
「誰に?」
「分からない。ただ彼らのまとめ役らしい女の子は迦夜と呼ばれていた」
「……輪人迦夜」
行方不明になっている僕の前任者。
やはり彼女は学園の中に居る異能者と接触していた。そしてそれを隠し何かをしていた。
「他にも何人か居たけれど、顔を見たのはその迦夜という子とリーダーらしき男だけだ。ちなみに要求には不干渉と答えておいたよ。どう見ても関わるとヤバそうな連中だったからね」
「そのリーダーの顔を覚えていますか?」
「それがまったく。確かに見たはずなのに、思い出そうとするとのっぺらぼうみたいなのしか思い出せないんだよ」
本当だろうか。そう思い過去視を使ってみたけれど、時が流れ過ぎたせいか上手くいかない。
代わりに知返さんが嬉しそうに結木さんの人形にメイクしてるのが見えた。すごくどうでもいい。
「それでもそんな連中の動向が全く分からないのは不安だからね。僕なりに調べてはみたんだけれど、足取りを追えたのは輪人迦夜だけ。彼女も行方不明になってしまって、十八女学園からそういった異能者たちの動きはなくなった。どうも他の異能者か何らかの力の持ち主と敵対していたのは確かみたいなのだけれど」
そう話す知返さんに嘘を言っている様子はない。
輪人迦夜の仲間だった異能者たちは、十八女学園にまだ居るのだろうか。
「だから今回僕が君たちにちょっかい出したのは、八割趣味だけど、輪人迦夜の仲間が不干渉を破った僕に何らかのリアクションを見せるんじゃないかという期待もあったんだ。まあ彼らに直接手を出すわけじゃないから、出てくる可能性は低いと思っていたけどね」
「つまり本当に二割程度の意味しかなかったと」
自由だなこの人。まともに相手をしたらダメな人種かもしれない。
「まあ様子見もこれまでだ。父さんに迷惑かけた詫びにと奉仕活動を命じられてね。何か僕が役立つようならお手伝いさせてもらうよ」
「頭の片隅にでも置いときます」
とはいえ、戦闘力はそこそこにあるみたいだし、人形もモノによってはそれ以外の使い道もあるだろう。
「ハハッよろしく頼むよ。君とは仲良くなれる気がするからね」
「……」
だからその気安さは何なのか。
わけの分からないまま、変人に友達認定されてしまった。
・イマジナリーフレンド
心理学でも語られる空想のお友達。
遊び相手のいない子供などが生み出す想像上の友人ではあるが、中には大人になってもイマジナリーフレンドが消えず、解離性同一性障害、多重人格のような症状を引き起こす場合もある。
知返庵の異能であるイマジナリーフレンドは、宿主の理想の友人を演じながら力を吸い上げ、最後には完全に自我を得て生き人形と化す。
仮にその理想の友人が完璧超人だったなら、ある程度の制限はあれどその能力を有した生き人形を生み出せる。
庵は最初から愛利の理想の友人である月咲を模した人形を用意していたが、粗雑な人形を用いても次第にその理想の友人の姿へと変化していく。
ただし自我を得るということは宿主から独立した思考を持つということでもあり、理想の友人からはかけ離れた人格を持つ可能性もある。
今回は庵の欲する人形と愛利の理想の友人が噛み合ったため使用されたが、それに失敗した以上今後庵がこの異能を使う可能性は限りなく低い。




