5月4日――友達7
「えらくすんなりあげてくれたな」
月咲に続くように階段を上りながら、姿見がどこか呆れたように言う。
「おばさんは呑気だからね。もう愛の部屋に居るはずの私を見ても首傾げて終わりだし」
「それこそ仕方ないだろ。まさかおまえの偽物が居るとは思わない」
姿見のいい様に言葉こそ返さなかったが、月咲は確かにと思った。
自分の人形を見たとき、結木は自分に似ていると思った。それでも違和感は覚えたが、それは普段は鏡越しの左右対称の姿を見慣れているからだろう。
顔を中心に据えた証明写真の類を撮ったときに、私の人相はこんなに悪くないと思うのと似たようなものだ。
「この部屋だよ」
「おう。ちょっと待て」
愛利の部屋を前にしてすぐにノックをしようとした月咲だったが、姿見の声にドアに向けていた手を止める。
「どうやって偽物と仲辻を引き離すかとか考えてるのか? 物理的に引きはがしても多分意味はないぞ」
「頭はたいて説教する」
「ああ。何か今の一言で大体おまえらの関係分かった」
呆れたように言う姿見だが、確かに攻めるならそういう方向だろうとは思っている。
下手に説得しようとしても、理想の友人像である偽物の月咲に邪魔されれば逆に偽物への依存を高めかねない。
ならば多少厳しくとも、現実を思い出させるほうがまだ可能性がある。
問題があるとすれば、愛利のメンタルが現実を受け入れられるほどの強さがあるかという点だ。
「まあ結局出たとこ勝負になるか。付いてきたはいいが、最後はおまえ次第だ」
「分かってるよ」
そう月咲は分かっている。これは自分がやらなければならないことだと。
「愛。入るよ」
そう一声かけて、月咲は愛利の部屋のドアを開いた。
「いらっしゃい。私」
しかし出迎えたのは愛利ではなかった。
月咲と瓜二つのような人形が、口を歪めて醜悪な笑みを浮かべている。
その手に抱かれ、愛利は眠るように目を閉じていた。
「でも遅かったね。この通り愛は意識がなくて、私は完成しかけてる。まったく今更ノコノコ出てくるなんて、なんて友達甲斐がないのさ」
「ッ!」
「落ち着け結木」
駆け出して偽物を殴りつけそうになった月咲の体を、姿見が後ろから引き留める。
「あれ姿見? 久しぶり。それとも初めまして? これからは私が結木月咲ってことでよろしく」
「鏡見て出直してこい。百歩譲って仲辻の理想の結木だとしても、どんだけ歪んでんだ。まあだからこそ『イマジナリーフレンド』なんて名前なんだろうが」
そう言って眉をしかめる姿見に、月咲は何故止めるのかと目で訴える。
「こういう状況も予想してた。あんな自信満々に自分の異能をバラすんなら、もう俺たちは手を出せないと確信してんだろうなと」
「何でそんなに!」
落ち着いているのか。
そう続けようとした言葉は、姿見が取り出して目の前に突き付けてきたそれに遮られた。
「これは運命の人と繋がる赤い糸だ」
「は?」
そう姿見が宣言しながら手にしていたのは、平べったい板に巻かれた縫い糸のような赤く細い糸。
その端をおもむろに伸ばすと、月咲の小指に巻き付ける。
「姿見?」
「そしてこの糸の繋がる先は仲辻だ」
「いや何やってるの姿見?」
本物と偽物の月咲二人が呆気にとられる中、姿見はのしのしと偽物に抱かれている愛利に近づき、その小指に赤い糸の反対側を結びつける。
「これでよし。スリーカウントでおまえと仲辻の心が繋がる」
「そんなことできるの?」
「できる」
月咲の疑問に自信満々に答えた姿見ではあったが、実のところそんなことが可能かは自分でも分かっていない。
ただ彼の異能は志龍曰く「世界を騙す能力」だ。観客が強く騙されるほどに彼の異能は強くなる。
「ついでだ。俺が異能を発動させるのに合わせて、おまえも自分の異能を使え」
「何で?」
「おまえの異能は『閉じる』ことだろ。『閉じる』というのは『繋ぐ』ことにも通じる。なら心と心も繋げられるはずだ」
「本当に?」
「ああ」
そしてそれは観客が自ら騙される――姿見を信じる場合も適応される。
故に姿見は自身がどれだけ自分自身を信じられなくとも、観客である月咲には自分を信じてもらわなければならない。
だからなりふり構わず月咲を騙し、信じさせる。
「俺を信じろ。おまえの仲辻への思いを信じろ。ついでにこれを予想して俺を寄越しただろう青葉も信じろ」
「……」
我ながららしくない思いながら、姿見は強く語る。
だが人前で演じることには慣れている。自分を信じられなくとも、自分を騙す方法は心得ている。
「というわけだ。邪魔するなら構わないが、その場合は燃やすぞ」
「ハハッ。いいよ。面白そうだから見てるよ」
姿見の警告に、人形は楽しそうに笑う。
「チッ。せいぜい笑ってろ空想の友達」
そう言い捨てて、姿見は月咲へと視線を移す。
「いいか。俺のカウントに合わせろ」
「……分かった」
「よし。スリーカウントで結木月咲と仲辻愛利の心は繋がる」
その宣言に合わせて、姿見が右手を掲げ、月咲が両手を胸の前で合わせる。
「ワンツースリー!」
そして指を鳴らす音と手を打ち合わせる音が同時に鳴り響き、月咲の視界が白く染まった。




