5月4日――友達6
仲辻愛利にとって結木月咲という少女は友人というより姉のような存在だった。
何事にも消極的で大人しい愛利とは正反対に、大抵のことは上手くこなして引っ張り上げてくれる姉貴分。
こちらがどうしようと悩んでいる内に、さっさと前に進んでしまい、そして思い出したようにこちらを振り返り「早く来なよ」と手を差し伸べてくれる。
そんな月咲に愛利は依存するのは当然だった。
――だってあんなに頼りになってカッコいいんだもん。ずっと私を待っててくれるよね?
そう愛利は甘えるのが当たり前になっていた。
けれどその関係に変化が現れる。
月咲に弟ができた。
すると彼女は愛利のことを後回しにして、弟の世話ばかり焼き始めたのだ。
それも当然のこと。
同い年の愛利より、自分たちより幼い弟を優先するのは当たり前だ。
しかし愛利は納得できなかった。
何で月ちゃんがそこまでしなきゃならないの?
もっと私に構ってよ。
もっと私を見てよ。
まるで姉を末っ子にとられた妹のような理不尽でどうしようもない感情。
そんな思いを口にするような勇気もなく、ただ愛利は不満と不安を内に溜め続けた。
そして数年たった後。月咲の弟は死んだ。
車の事故に巻き込まれて死亡。
そんなよくある話が偶然月咲の弟を襲った。
それ以来月咲は人と距離をとるようになった。
しかし愛利はそれを知りながらも、月咲のそばで彼女を慰めることができなかった。
だって喜んでしまったから。
ずっと月咲を独占していた弟が死んだ。なら月咲は自分を見てくれる。
そう思って愛利は喜んでしまったのだ。
だから愛利は月咲と距離を取った。
自分のような卑怯者は月咲のそばに居てはいけない。
そう愛利は自分に言い訳をした。
その内心ではずっと期待していたのだ。
いつか月咲が以前のように自分に話しかけてきてくれて、この思いに蓋をしたまま仲直りできないかと。
自分の思いばかり優先して月咲のことは結局考えていない。
そんな自分の醜さを自覚しながら。
・
・
・
「クソッ! 何でこうも一方的になる!?」
右腕を砕かれ肘の先から落ちた結木さんもどきの人形が、繰り手のものであろう男のような口調で言う。
「さーて、何でかな?」
対する僕は無傷。
これは相手が人形だと分かり僕が手加減をやめたのもあるが、もっと決定的な欠点が相手にあるからだ。
人形を戦闘に耐え得るレベルで操るのは確かに凄いが、だからこそ無駄が多い。
恐らく人形を操るのにも氣を必要とするはずだ。その上で人形の力や耐久性を氣で強化するとなれば、自分の体を強化する以上に難易度が高いはず。
加えて本人は気付いていないようだけれど、人形があまりに人間的すぎるのがさらなる無駄を生み出している。
武術の心得があるのは確かに人形の戦闘力を向上させるのに一役買っているだろう。
しかしだからこそ、人形の動きが武術という術理に縛られている。
もっと人形であることを生かした、関節など無視した動きも取り入れていたならば、対処は一気に難しくなったことだろう。
しかしそれも仕方ない。
恐らくこの人形の繰り手の本来の目的は、人形を人間らしく操ることだ。
戦闘など二の次三の次。本来の目的であるそれを妨げるような技術を取り入れ破綻すれば本末転倒だろう。
だからこそ、目の前の人形は人間らしさを損なわずに戦うことができない。
まあ要するに、いかに人形を媒介にしているとはいえ、傀儡師が武術で武術家に正面から挑むのが間違いなのだ。
「で、追い詰められたように見えるのは演技?」
「は? ……何でそう思うんだい?」
「だってあんな堂々と出て来て、自分の異能まで説明してたんだから。何か罠があると思うのが当然でしょ」
「……ふふ。よく気付いたね」
あ、何もなさそう。
急に余裕たっぷりになったけれど、演技が上手すぎて逆に嘘くさい。
「いやいや。確かにここまで一方的にやられるとは思っていなかったけれど、僕の目的に狂いはないよ」
「へえ?」
「既にイマジナリーフレンドは完成しかけている。今更結木月咲本人が出て行ったところで、仲辻愛利は厳しい現実と優しい理想のどちらを取ると思う?」
「なるほどね」
つまりは既に手遅れ。
ここで自分が負けても問題ないと判断したから、わざわざ人形を寄越して自分の異能を説明した。
やっぱり迂闊だ。
色々と情報をくれたおかげで、結木さんが万が一失敗しても何とかできる条件が整ってしまった。
こいつの繰り手は疑問に思わなかったのだろうか。
何故僕が傀儡師なんてものを知っていて、当たり前のように目の前の人形と結び付けたのかを。
「まあ付き合いの浅い僕や姿見くんでも気付いたんだし、仲辻さんだって気付くだろうと楽観視しておくよ」
「気付けるか受け入れられるかは別だと思うのだけれど?」
「うん。だからさっさとおまえを潰して後を追わせてもらうよ」
呼吸を整え全身に氣を巡らせる。
とりあえず動けないように四肢を砕くとしよう。相手は人形だから手心をくわえてやる必要もない。
「ッ! やらせない。この結木月咲の美しい姿をこれ以上壊させはしない!」
残った左手を前に出し構える人形。
イマジナリーフレンドの異能のための人形はともかく、何故こちらの人形も結木さんなのかと疑問には思っていたけれど、どうやら単純に結木さんの外見が気に入ったかららしい。
――よし。完膚なきまでに破壊しろ。
ここには居ないはずの結木さんがそう言ったような気がした。




