5月4日――友達5
結木さんとはすぐに連絡が付いた。
「今すぐ行くから神社で待ってな」と、心臓が縮むような冷え切った声で言われたので素直に待っておく。
果たして機嫌が悪いのは自分の偽物のせいか、それとも仲辻さんに手を出されたからか。
もし結木さんに開く異能が残っていたら、犯人は綺麗に真っ二つにされていたに違いない。
「そういえば姿見くん手品しに行かなくていいの?」
拝殿前の階段に座る僕から少し離れたところに佇む姿見くん。
手に手品道具の入った鞄があるということは、また小遣い稼ぎの最中だったのだろう。
だから続きをしに行かないのかと気になったのだけれど。
「あ? この状況でおまえほったらかしにして行くわけないだろ」
何言ってんだといわんばかりの呆れた顔で返された。
意外だ。所詮おまえとは学校でたかるだけの関係だとか思われているのだとばかり。
「しかしこの神社まだ残ってたのか」
「知ってるの?」
「ああ。曾婆ちゃんがここの稲荷の分霊家に祀っててな、死んだ後に返すだの返さないだのってもめたんだよ。どうせ他に誰も拝んでないからってんで、結局返したけど」
「ああ。なるほど」
稲荷の分霊を家で祀るというのは意外にある話だけれど、粗末にすればあっという間に祟る。
かと言って返すなら返すで色々と制約があり、祀っている個人が死んだ後に問題になることも多いらしい。
「あれ? じゃあ何でお釈迦さんなんて呼ばれてるの?」
「彼岸花だよ。ここ季節になると彼岸花が敷地内に勝手に咲くからな。曼殊沙華さんが縮んだらしい」
「だったらおしゃげさんになるんじゃあ」
「知らん。俺だって婆ちゃんに聞いた話だから、本当かどうかも分からん」
まあ俗称なんてそんなものか。
しかしやはりここは稲荷神社で間違いなかったらしい。
なら境内の隅っこに狛犬一体しかいないのは何でだろう。
「来たぞ」
姿見くんの言葉につられて神社の入口を見れば、長い髪をポニーテールにした結木さんが「ドスドス」と音が聞こえてきそうな勢いで歩いて来ていた。
「ポニーテール似合ってるね」と褒めたら「ああん?」みたいな顔をされた。
偽物より本物のほうが恐いかもしれない。
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話を聞いた結木さんはかなりお怒りの様子だった。
そこまで怒るのなら何故普段から仲良くしてなかったのかと気になりはしたものの、そこは安易に踏み込んでいい問題ではないのだろう。
「あの馬鹿……」
そう呟いた結木さんは、仲辻さんを罵倒しているように見えて自分を責めていたのだろう。
姿見くんの金銭事情を聞いて、わざわざ余分に弁当を持ってくるような子だ。
見た目は気が強そうで冷たい印象があるけれど、本当に優しい人なんだと思う。
「まあ偽物が何企んでるにせよ、結木本人が仲辻に会って偽物を偽物と認識させればそれで終わりだろ」
「分かった。今すぐ呼び出して……」
「それは困るな」
結木さんの声にかぶさるように、同じだけれど違う声が聞こえてきた。
「せっかく邪魔が入らないように連休中にケリをつけようとしたのに、それじゃあ台無しじゃないか」
「アンタは……」
ゆっくりと、結木さんもどきがこちらへ歩いてくる。
こうして二人同時に存在しているのを見ても、見た目だけなら瓜二つだ。
浮かべる表情が違いすぎるので、結木さんをよく知る人ならすぐに見分けがつくだろうけれど。
「愛を使って何を企んでるのさ?」
「それを言ったら面白くないだろう。聞きたいのなら僕を倒して……」
「じゃあ倒させてももらうよ」
「は?」
結木さんもどきがこちらに気付く頃には、僕は地面を蹴って眼前に迫っていたことだろう。
「――燕襲脚!」
そのままの勢いで、僕は結木さんもどきの側頭部を蹴りぬいた。
燕襲脚。
大層な名前はついているけれど、要は相手のこめかみを狙った飛び蹴りだ。
ただ氣で身体強化され完全に間合いの外から襲いかかるその一撃は、予想していなければ防げるものじゃない。
「ごっ!?」
案の定結木さんもどきもまともに蹴りをくらい、砂利の敷かれた境内の上を転がっていく。
「うわ、容赦ねえな青葉」
「まともに相手したくないんだよこいつ」
何せ自分の体の損傷も気にせず攻めてくるようなやつだ。
正面からやりあったらこっちが削り殺されかねない。
ただ分かったこともある。
こいつは武術の心得はあるけれど、身体能力は普通の人間の域を出ていない。
速さだけならそれなりだけれど、力が弱いのだ。
だからこの結木さんもどきがまともな人間なら、僕が負ける要素は皆無に等しいのだけれど――。
「奇襲で頭狙いとは。可愛い顔してえげつないね」
立ち上がった結木さんもどきの姿が、こいつは人間ではないと告げていた。
「おい、何だアレ?」
「顔が……割れてる?」
姿見くんと結木さんから驚いた、戸惑ったような声が漏れる。
言葉の通り、結木さんもどきの顔にヒビが入り、メッキが剥がれるみたいに一部が剥げていた。
なるほど。手首をありえない方向に曲げられても痛みも感じない。そして損傷もない。その理由がこれか。
「人形か。日本古来の傀儡師は人形に剣舞や相撲をとらせる者も居たと聞いたけど、まさか実戦レベルで人形を操れる人間がいるとはね」
「おや。知っていたのか。参ったな。何も知らないだろうと色々説明を考えていたのだけれど」
そう言って笑う結木さんもどきは、顔の一部が砕けていなければ人間にしか見えない。
こんな精巧な人形をどのようにして作り出し、操っているのか。
「でも傀儡師ということは異能者ではないってことかな。なら人形だという前提でやれば……」
「はは。確かにこの人形を操っているのは、傀儡師として継承してきた業だ。君のその武術と同じようにね。だけど僕は異能を持ってないとは言ってないよ」
「何だって?」
驚きはしたが、確かにあり得ない話ではない。
僕だって修練によって身に着けた氣とは別に、過去視という異能に目覚めたのだ。
この人形を操っている人間が僕と同じように技術として力を手に入れたのとは別に、何らかの異能に目覚めてもおかしくはない。
「僕の異能は『イマジナリーフレンド』人形を対象に寄生させ、宿主の『理想の友達』を演じさせる能力だ」
「……つまり仲辻さんの理想の友達は結木さんそのものだったと」
「……」
何の反応もないので結木さんをちらりと見てみたけれど、何故か苦虫をかみつぶしたような顔をしていた。
まあ姿かたちは結木さんだったけれど、仲辻さんと一緒に笑いあってた姿は結木さんとは別物か。
「それだけか? 無害な能力なら、わざわざ実力行使で止めに来るとは思えないんだが」
「ああ、もちろん」
姿見くんの言葉に、人形はにっこりと笑って言う。
「もちろんそれで終わりじゃつまらない。寄生した人形はしばらくは僕が操る必要があるけれど、宿主が人形へと依存するのに合わせて力を吸い上げ、自動的に『理想の友達』を演じ始める。そして最後には完全に独立した自我を得た生き人形となる」
「その力を吸われた人間はどうなる?」
「まあ意識不明になるだろうね。運が悪ければ死ぬかもしれない」
「なっ!?」
平然と言ってのける人形に殺意を覚える。
いや。こいつは殺したって死なないのだろうけれど。
「結木さん。すぐに仲辻さんの家に。もう戻ってるはずだ」
「おや、何でわかるんだい?」
「勘」
人形の言葉に短く返す。
本当は過去視のおかげだけれど、こいつにそれを言う義理もない。
「青葉……」
「姿見くんもついていってあげて。そばにもう一体結木さんの人形が張り付いてる。こいつと違って直接操ってるわけじゃないから、簡単におさえられると思う」
「分かった。いくぞ結木」
「……」
姿見くんの声に結木さんは応えない。
ただ無言で歩き、僕のそばを通り過ぎたあたりで背を向けたまま止まった。
「青葉……ごめん。また私のせいで……」
「何が? 僕は結木さんに何一つ謝ってもらうことなんてないよ」
むしろ結木さんはまたしても巻き込まれた側だろう。
今回はともかく、前回はむしろ僕が巻き込んだ側であり謝らなければならないのは僕だ。
「それでも言いたいことがあるなら、話は全部終わってから。さあ、早く行って」
「分かった。ありがとう青葉」
「行かせると思うかい?」
結木さんが走り出すと同時。人形が糸に引っ張られるように結木さん目がけて加速する。
「それはこっちのセリフ」
その眼前に僕は一息で入り込み、氣を乗せた右拳をふりぬいた。




