5月4日――友達3
一夜明けて。僕は仲辻さんのことが気になり、彼女の家を訪れていた。
アポなし訪問はどうかとも思ったけれど、僕は仲辻さんの連絡先は知らないから仕方ない。
結木さんに聞くというのも考えたのだけれど、僕のこの不安が気のせいにせよ当たりだったにせよ、結木さんの手は借りないほうがいい気がしたのだ。
「ごめんくださーい」
一昨日と同じように、念のため挨拶をしながら敷地へ入る。
そしてインターホンをならすと、すぐに中から反応があり、一人の女性がでてきた。
「はーい。どちらさまでしょうか?」
「あ、はじめまして。仲……愛利さんのクラスメイトで青葉と申します」
恐らくは仲辻さんのお母さんだろう。仲辻さんに似て、顔に小皺はあるけれど童顔で若々しい人だ。
「ああ。貴方があの青葉くん」
どの青葉くんですか。
仲辻さん僕のことわざわざ家族に話してるのだろうか。
まあ仲のいい家族だということだろう。
「突然すいません。先日愛利さんが学校を休んでいたので、もう大丈夫なのか気になって」
「あら大丈夫よ。昨日も月咲ちゃんと遊びに行ってたから」
「……え?」
予想外の言葉に思わず声が漏れた。
結木さんと、昨日?
結木さんは午後には僕の家に来ていた。午前だけ遊んだのか?
いや。それなら先日仲辻さんと遊んだかと聞いたときに、先日は遊んでないが今日は遊んだなどと言うのではないだろうか。
仲辻さんが嘘をついているのか?
「月咲さんって結木月咲さんですよね。二人は仲がいいんですか」
「ええ、幼馴染で仲良くしてもらってるの。最近は疎遠になってたみたいなんだけど、また仲良くなったみたいで。今日も遊びに行くんだって、わざわざ迎えに来てくれてたわ」
迎えに来ている。
少なくとも、仲辻さんは誰かと出かけたのは事実か。
「そうですか。ではこれで失礼します。お邪魔しました」
「あらもう帰るの。これからも愛利と仲良くしてあげてね」
「はい」
仲辻さんのお母さんの言葉にそう返してその場を離れる。
異性の友人だというのにえらい無警戒だ。一体何を話したんだろう中辻さん。
・
・
・
「さて。疑惑は深まったと」
仲辻さんの家から少し離れたところで、どうしたものかと考える。
とりあえず結木さんと遊びに行ったというのはほぼ嘘と確定した。では何故そんな嘘をついたか。
別に仲辻さんの交友関係なんぞおまえには関係ないだろと言われればそれまでだけれど、どうにも嫌な予感がする。
あの結木さんと仲直りできたと喜んでいた仲辻さんの様子が嘘とは思えなかった。そのせいだろうか。
「やるだけやってみるか」
なのでプライバシーの侵害も甚だしいが、仲辻さんを尾行してみることにした。
対象がとっくの昔にロストした状態で尾行など無理があるが、僕には先日目覚めた異能がある。
「ふぅ」
呼吸を整え、体内で氣を練っていく。
実を言うと、僕は未だにこの過去視を完全には扱いきれていない。
誰かに聞こうにも、各個人で方向性が異なる異能の扱い方が分かる人間などいるかどうかも怪しい。何より僕はこの非常に使い勝手の悪い異能が、何かの間違いで切り札になるかもしれないと思っている。
だから誰にも話してない。氷雨さんにすらだ。
ただヒントになることはある。
異能に目覚めた人間は、氣の総量が普通の人間より多くなる。
それこそ十年以上もこつこつと氣の修練をつんできた僕並みかそれ以上まで、一気に跳ね上がるのだ。
なので恐らく氣と異能には何らかの関係性がある。だから氣を高めれば、異能も発動できるかもしれない。
「……きた!」
はたしてその仮説は正しかったのか、脳裏に過去の光景が映り込んで来る。
――結木さんと並んで歩いている僕。
違う。これは遡りすぎだ。
今日の、恐らくはついさっきのこと。
そう念じた瞬間、それに応えるように仲辻さんの姿が映った。
嬉しそうに笑う仲辻さん。その隣には、女性にしては背の高い銀髪の女が歩いている。
「……あれ?」
その女を確認して間の抜けた声が漏れた。
その女は、どう見ても結木さんだった。違うところがあるとすれば、いつもの仏頂面ではなく和やかに微笑みすら浮かべているところだろうか。
うん。間違いない。こいつは偽物だ。
なんて言ったら結木さんに殴られるだろうか。
「うーん?」
どういうことだろうか。
先日まで結木さんと遊んでいたというのは嘘だったけれど、今日は本当だった?
僕の話を聞いて、気になって様子を見に来て、瓢箪から駒が出た?
「……とりあえず追いかけるか」
考えても仕方ないので、そのまま過去視を発動させつつ後を追うことにした。
仲辻さんの足に合わせて移動しているのだ。速足で行けばいつかは追いつくだろう。
・
・
・
仲辻さんたちには意外にすぐ追いつけた。
仲辻さんの家からはすぐ近くにあるアーケード街。そこで店を覗きながら移動していたのだ。
「お、居た」
そしてとうとう過去視ではなく肉眼で仲辻さんと結木さんを発見する。
雑貨店だろうか。表通りのそばに置かれた小物を二人で見ている。
さて。見つけたはいいがこれからどうしよう。
声をかけようにも、声をかけてどうするのかという話だ。
色々と気になることはあるが、今のところは友人たちの話が噛み合っていないだけ。
今仲辻さんと楽しそうに買い物をしている、結木さんが偽物だなんて発想は突拍子がなさすぎる。
何か確認する方法はないだろうか。
「あ、電話すればいいのか」
結木さんの連絡先は知っている。ならここから電話して、結木さんが電話をとれば、何を深読みしてたんだと自分に呆れて話は終了だ。
そう気楽に考えながら携帯を取り出そうとしたのだけれど――。
「!?」
いきなり路地裏から伸びてきた手に腕を取られ、そのまま強引に投げ飛ばされた。
「くッ!」
型も何もない、強引な投げ方のせいで顔面から地面に落ちそうになる。
それでもなんとか態勢を整え受け身をとると、そのままの勢いで地面を転がり、体を反転させながら立ち上がる。
「やれやれ。デートの邪魔をしないでくれないか。坊や」
聞き慣れた声で、聞き慣れない調子でそいつは言う。
「酷いなあ。まだ何もやってないんだけど」
悪態をつきながら、僕を投げ飛ばしたであろう人物を見る。
アーケード街へと続く道の真ん中に立ちはだかるのは、見慣れた友人の姿。
しかしその口元を歪めた笑顔も、人を見下したような口調も、僕の知っている結木月咲さんとは別人だった。




