4月27日――関係
あんな異常事態に巻き込まれたというのに、学園生活は何の問題もなく続いた。
変わったことがあるとすれば、結木さんとよく話すようになったことくらいだろうか。
とはいえ結木さんは一匹狼なところがあるから、昼休みに姿見くんも交えてお弁当を食べるか、放課後時間が合えば一緒に帰るくらいだけれど。
そして逆に仲辻さんとはあまり話さなくなった。
これはまあ予想どおりと言えば予想どおりだけれど、たまに仲辻さんがこちらを窺うように視線を向けてくるのが気になる。
ここで「もしかして仲辻さんは僕のことが……」なんて勘違いをできたら幸せなんだろうなと思う。
その後確実に黒歴史になるだろうけれど。
でもその視線を向けてくるタイミングをよく見ていたらすぐに気付いた。
仲辻さんは僕ではなく結木さんを見ている。
要するに僕は視界の中に居るだけの背景だ。
では何故仲辻さんが結木さんを気にするのかという話になるのだけれど。
「結木さんもしかして仲辻さんと仲良かった?」
「……」
放課後帰りが一緒になったので、直接聞いてみた。
すると呆れたような、うんざりしたような目を向けてくる結木さん。
うん。相変わらず無言で見られると恐い。でも最近なんか慣れてきた。
「普通そういうこと聞く?」
「だって結木さん聞かないと一人でため込むタイプだろうし」
「……」
再び無言になり視線をそらす結木さん。
仲辻さんの方に聞いてもよかったのだけれど、未だに仲辻さんの素を知らない身としては「青葉くんには関係ないよね?」と冷たい声で言われたら泣く自信がある。
その点結木さんの場合は不愛想がデフォルトだからある程度塩対応されても平気だ。
何だか着実に間違った方向に精神が鍛えられている気がする。
「幼馴染だよ。ただそれだけ」
「ああ。じゃあいきなり僕が結木さんと仲良くなったから嫉妬されてるのか」
「馬鹿じゃないの?」
場を和ませようと冗談を言ったら切り捨てられた。
やはり人間慣れないことをするものではない。
「いやでも僕が結木さんと話してるときだけ見てくるんだよ。明らかに気にしまくってるし」
「気にしてんのは私じゃなくてアンタじゃないの?」
「ハハッ。その手にはのらないぞ」
そこで僕が「やっぱりそうなのかな」とか言ったら再び「馬鹿じゃないの?」と絶対零度の視線を向けてくるに違いない。
結木さんは天然のドSなのだと最近学んだのだ。
「そういえばあの猫ちゃんと世話してる?」
「うん? ああ、大丈夫。頭がいいからしつけはびっくりするくらい楽だし。僕がいない間は氷雨さんが見てるから」
「ああ、あの人」
氷雨さんの名前を聞いて微妙な顔をする結木さん。
恐らく氷雨さんが苦手なのだろう。結木さんのような一匹狼タイプは、親戚のおばちゃんのようにぐいぐい来る氷雨さんみたいなタイプは天敵に違いない。
「何なら見に来る?」
「……今日はやめとく」
今日はと言うことはいつかは見に来るつもりらしい。
気を利かせて氷雨さんが居ない日とかピックアップしとくべきだろうか。
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猫と一口に言っても、いろんな種類がいるしそれぞれ性格も異なる。
「んー。大人しいわねこの子」
夕食が終わり一息ついた氷雨さんが指先で顎をなでているのは、神社で出会ったあの黒猫だ。
氷雨さんの言うとおりあまり激しい運動はしないし、鳴くことも少ない。
もしかして声が出ないのかと心配になったのだけれど、今日の朝ぼくが「おはよう」と声をかけると「にゃー」と挨拶を返してくれた。
まあ猫にも無口な子はいるのだろうと思っておく。
「どこかで飼われてたのかもしれないですね。トイレも一度教えたら覚えたし」
「そりゃよかった。畳の上におしっことかされても気軽に交換とかできないしねぇー」
そう言うと氷雨さんは「とりゃー」と謎の掛け声をかけながら、黒猫を両手で持ち上げながら仰向けに寝転がる。
一方の黒猫はされるがままにだらーんとしながらあくびをしている。
うん、この子大物になりそうだ。
そんな感想を抱きながら、僕は夕食に使った食器を洗い始める。
「そういえばこの子名前は?」
一通り遊んで気が済んだのか、氷雨さんが仰向けのままお腹に黒猫を乗せながら聞いてくる。
「まだ決めてません。結木さんとも話し合って決めようと思って」
「ああ。助けたのはあの子だもんね。それにしても前に志龍が言ってた追いかけまわしてきた女がその月咲ちゃんだなんて、やっぱり運命の出会いだったみたいねー」
「かなり物騒な運命でしたけどね」
ニヤリと笑いながら言う氷雨さんの意図とは、意図して違う答えを返しておく。
しかし確かに起点はあの追いかけっこだったのかもしれない。
複数の過去が存在したあの三日間だけれど、その前夜にあたるあの鬼ごっこは決定事項であるかのように変わらず存在していた。
だから結木さんに殺されるという結末へ向かう未来は、あの時点で始まったとも考えられるわけだけれど。
「……」
そこまで考えて全体がおかしいことに気付く。
確かにあの追いかけっこは僕と結木さんの最初の接点と言えるかもしれない。
しかし実際には結木さんは操られていただけだし、その結木さんと親しくなかった場合は姿見くんや仲辻さんなどの他のクラスメイトから呼び出しの電話はきていた。
人を操るか思考を操作するような異能者が背後にはいる。
ならばその異能者が僕という存在に気付いたのは一体いつだったのだろうか?
「まさか……居たのか?」
僕と結木さんの縁ができたあの時に、黒幕も僕と結木さんを見つけていた?
そうでなくとも、僕に目をつけたのはそれ以前だろう。
あの三日間で僕が一切氣を使わず普通に過ごした場合も、呼び出しはきて結木さんに殺されていたのだから。
「志龍? どうしたの?」
「え? 何でもないです」
僕の手が止まっていることを不審に思ったらしい氷雨さんに、努めていつもどおりの調子で返しながら、食器をすすぎ終え水を止める。
「そもそも。僕を殺して何の得があったんだ?」
姿見くんにはしばらくは大人しくしていると言ったものの、相手が既に僕の存在に気付いている以上、後手に回り続けるのはまずいかもしれない。
逆に言えば相手にはもう僕の存在はバレてしまっているのだ。隠れもせずに堂々と調査してもいいかもしれない。
「あのおっさんの言うとおりにしたくはないんだけどなあ」
とりあえず上司というのは仕事のモチベーションに大きく影響するらしい。
学生なのにそんなことを学びながらお風呂の準備を始めた。




