4月26日――手を打って結んでそしてまた
「ふう」
昼休み。
最近ではすっかりお馴染みとなった屋上で、僕はコーヒーを飲むとホッと一息ついた。
「いや。落ち着いてないでこの状況説明しろよ」
そんな僕に胡乱な目を向けながら言う姿見くん。
何がそんなに不満なのだろうか。
「あ、ごめん。姿見くんもコーヒー飲んでよ。インスタントだから値段とかは気にしないで」
「そこじゃねえよ」
「姿見。これあまりもんだから気にせず食べなよ」
「結木。おまえもか」
水筒から白いカップにうつしたコーヒーを差し出す僕と、唐揚げが入ったタッパーを差し出す結木さんを交互に見て、ますます呆れたような目をして言う姿見くん。
それでもコーヒーも唐揚げも受け取るあたり、少し素直になった気がする。
「一体何だんだよおまえら。俺を餌付けする同好会でも始めたのか」
「つまらなさそうな同好会だね」
「……」
結木さんの言葉に無言になる姿見くん。
今の言葉の右ストレートは効いただろう。僕が言われたら意味もなくごめんなさいと謝ってる。
「まあ真面目な話をするとね。結木さんも異能者。姿見くんも異能者。だから色々と話をしといたほうがいいかと思って」
「結木も? まあ深くは聞かねえけど、異能者の保護とかそのへんの話か?」
ここで結木さんの異能についてまったく聞かないあたり、姿見くんも徹底しているというかなんというか。
まあこれぐらい人間関係を割り切っていて用心深いほうがいいのかもしれない。
「まあそれもあるけど、この学校予想以上にヤバいみたいでね」
とりあえず氷雨さんから聞き出せた情報は、この学園に僕以前に潜入捜査員が入っていたということ。
ただしその人は未成年者であり、僕と同じで正式な組織の人間ではない外部協力者。
そのせいか異能者と接触してもろくに報告を上げず、むしろ隠すような行動をとった。
まあそれでも折り合いがつけば報告もしてくれるだろうと楽観視していたら、突然の行方不明。しかも謎の事故や負傷者多数。
潜入捜査は餌だけ取られて針には何もかからず終わりましたとさ。
「で、新しく針につけられた餌が僕」
「何だその聞いてるだけでブラックな組織」
うん。自分でもそう思う。
しかもつい最近まで餌には餌だという自覚がなかったという非人道的扱いだ。
「だから結木さんのことはバレちゃったけど、姿見くんのことは言わないでおいたんだ。姿見くんもこれからも異能を使うなら注意したほうがいいと思う」
ついでに僕の過去視についても誰にも、氷雨さんにも話していない。
まああれ以来「複数の過去」なんて見えず、たまにフラッシュバックのように過去の記憶が見えるだけなので、まったくもって役に立たない異能と化しているのだけれど。
「分かった。どう考えても俺は荒事には向いてないしな」
頷いてそう納得する姿見くんだけれど、彼の異能も使い方によっては十分戦えると思う。
まったく知らない相手に「宣言したことを実現する異能」とでも信じ込ませれば出力も上がるのではないだろうか。
まあ逆に言えばネタが割れたら本人の言うとおりまったくの無力だけれど。
その辺りも本当に手品みたいな異能だ。
「で、調べるから俺たちにも協力しろってところか?」
「それは必要とあらばかな。しばらくは大人しくしとくつもりだし」
「そんなんでいいのか?」
「積極的に体はる義理もないよ」
氷雨さんはともかく、上司の男はまったく信用できないと分かった以上、組織のために動くなんて意識は欠片もなくなった。
まったく。思い出しても腹が立ってくる。
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結木さんとの話が終わり客間へと行けば、氷雨さんと一緒に見慣れぬ男が居た。
「……」
無言で腕組みをして座っている男。見慣れないとは言ったが知り合いではある。
というかパーマかかった長髪に顎まで完備の髭という、見慣れなくても一回見たら忘れられないおっさんだ。
いいのか国家公務員がこんな似非ジ〇ニー・テップで。
「仕事は果たしたようだな」
挨拶もなしに、男はそんなことを言った。
「仕事じゃないですよ。僕が請け負ったのは調査であって戦うとは聞いてません」
「その程度のことも想定していなかったのか」
ちょっとイラッときた。
何だその無能がと言わんばかりの目は。
「すいません。まさか素人の僕にそちらの方面まで期待されてるとは思っていなかったので」
「あの方の孫がこのような腑抜けとは、やはり血縁者には甘かったと見える」
わーい。目の前のテーブルひっくり返してそのまま叩きつけてもいいですか? いいよね?
というか明らかに僕を挑発してるよこのおっさん。何がしたいんだ。
「……あなたみたいな上司だったから、前任者は行方不明になったんですね」
「……」
あ、おっさんの顔に血管が浮いた。
行方不明になったという「もとひとかや」が僕の前任者というのはほとんど予想だったのだけれど、この反応を見るに正解だったらしい。
「貴様……」
「はーい。どっちもストップ。特に部長がストップ」
「何を言っている崎森?」
「だって今のどう見ても部長が悪いですよ。子供相手に何大人げないことやってんですか」
「……」
氷雨さんの言葉にぐうの音も出なかったらしく無言になる部長とやら。
はは。ざまあみろ。
「志龍も簡単に挑発にのらない。部長の方が格上なのはわかるでしょう」
「はい。すいませんでした」
当然そのことには気づいている。
一見無防備に座っている男だが、もし本当にテーブルをひっくり返せば、僕がテーブルを叩きつける前にテーブルごと僕を粉砕することもできるだろう。
それくらいこの男と僕には実力差がある。
「今回はよくやった。聞きたいことがあるならば崎森に聞け」
結局部長とやらはそれだけ言うと、僕に退室を促した。
それなら最初から氷雨さんを通してほしかった。何だったのだろう、今の無駄に敵愾心を煽る問答は。
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「何やってんですか部長」
「……」
志龍が退室した後。呆れたように言う氷雨に男は無言で腕を組み直した。
「志龍は組織の人間じゃないんですよ。こっちが協力をお願いしてるんですよ。何ですかあの態度」
「あまりに不甲斐ないのでな」
「それでも言い方ってものがあるでしょう」
「……」
何も言わない男に氷雨はため息をついた。
この部長は実力はあるし無能ではないのだが、どうにも人間関係では不器用なところが目立つ。
「大体その協力の取り付け方も詐欺に近いじゃないですか」
「どこがだ?」
「本気で聞いてますそれ? あの子の条件は『生き別れになった自分の家族を探すこと』でしょう」
「ああ」
あっさりと認める男。だがそれでも肝心のところは分からないととぼけている。
「それってあなたのことじゃないですか。青葉志狼さん」
「……」
氷雨の言葉に、士狼は眉間に皺を寄せながら無言を通した。




