9.レイガルフのネイン
『レイア様! お久しぶりでございます!』
視界外からの唐突の言葉にレイアは疑問を持った。
いや、正確には視界には入っている。下方、白い物体は腰を下ろし、こちらを見上げた状態で、
『ネインでございます!』
尻尾をはちきれんばかりに振っていた。
青白い毛並みの犬――否、狼。
レイガルフだ。
「ネイン! 久しぶりじゃない!」
レイアも腰を下ろし、ネインと呼ばれるレイガルフを撫で回した。
でも、なんでこんなところに……。
そう思いながらネインを撫で回していると、アギトが寄ってきた。
「ネインな。レイアの役に立ちたいってことで、内緒で俺達についてきたんだよ、いや連れて来たって方が正しいけど」
最後のそれはアギトたちの罪が増えるのではないか、と思うがネインに会えたことはうれしいので特に言及はしない。
ネインはレイアが隠れ里に着てから生まれた個体であり、レイアが最も長く一緒にいたレイガルフであった。
彼女はレイガルフの戦士たちのなかでも若手であり、そして貴重な役割も担っていた。それはアギトたちがいたラインベルニカにレイガルフであるネインが居た事にも直結する。
ネインはレイガルフの中でも、かなり、というレベルで小柄であった。その大きさは小~中型犬ほどであり、一般の成長したレイガルフと比べると半分も無い。
戦闘力も力では他の戦士には及ばないが、その小柄さを活かした素早い動きで相手を翻弄するスタイルを確立している。さらに、身体が小さいため、普通の犬とそう見た目も変わらず、それゆえラインベルニカ、隠れ里間の早馬の代わりとなっていた。
レイアが最後にネインに会ったのは半年ほど前、ラインベルニカに任務で行ったきり、帰ってこなかったため、心配していたが、その後やってきた使者の話で無事にラインベルニカにいることはわかっていた。
だが、やはり実際に会うとうれしい。
なにより、もふもふだ。これは旅の癒しになる。
「……いいのかしら? レイガルフは連れて行かないって計画じゃなかった?」
リナの確認に烈は肩をすくめて答える。
「ここまで来たなら仕方が無いさ、アギトたちが独断した段階でもう計画も何も無いからな。人前で喋らなければただの犬だ。
――というかリナ、お前だってラインベルニカで待機するはずだったのにここにいるだろ」
烈の指摘にリナがぎくりと身を震わせる。
「そういえば、烈の説明には僕と烈、ユーシスとアギトだけだったよね?」
「そ、それは……」
言いよどむリナの横、アギトが笑って、
「まー、いいじゃないの。全員合流できたんだし、これからのこと考えようぜ。早くしないと日が暮れるぜ?」
言葉に全員が空を見た。確かに太陽は傾いており、あと三時間もすれば夕方といったところだ。
まずはここからどうするかを決めなければいけない。
「……アギトたちとエテルナフィーアが既にここにあるならわざわざラインベルニカに行く意味も無い。だからここからまっすぐ南下して街道に出る。その後は一度南の大都市ウェルーで休養と情報集めをする」
「ここから南下っていうとキュレン山の西を通る感じになるけど、確かそこら一帯は危険って言ってなかったっけ?」
「ここに来るまでに四日、さらにキュレン山西につくまで急いでも四日かかると考えると天候も変わってるだろうし、大丈夫だろう。ただ、里にラインベルニカへの使いを頼まなきゃいけないから一度ネインに里まで走ってもらうことになる」
『おまかせを!』
「ああ、頼む。お前なら里からでも俺たちの事をニオイで追えるだろうから合流してくれ」
レイガルフは嗅覚で対象を察知でき、その能力の範囲は個体にも寄るが、数十キロ、はたまた数百キロに及ぶとも言われている。
「――では、すぐに移動を開始するか?」
L7MS・ストライクをストックスで閉まったユーシスは南方を見やる。
が、烈がそれを制止する。
「ちょっと待て。そこのワイバーン三体、一体は燃え焦げてしまっているが、どうせなら鱗やら牙を剥ぎ取っていく。売れば金にもなるし、冒険者らしい」
ストックスから剥ぎ取り用のナイフを取り出して皆に配った烈は早速作業にかかる。
ワイバーンをそんなにほいほい倒せる冒険者なんてあんまりいないよなぁ、とつぶやくアギトたちと一緒にレイアも剥ぎ取りにかかる。
結局そこから三十分以上時間が取られたのだった。