8.二人の援護者
レイアは洞窟を飛び出したと同時にシエラリーベルで地上を離れた。
外に出た瞬間、咆哮が耳をつんざく。上空のワイバーンだ。数は目視で五体。何処かに去る様子も無く、こちらが出てくるのを待っていたようだ。
……魔物って、根性あるっていうか諦め悪いの多いのかなぁ――。
今日だけで二回魔物と対峙しているためか、自然とそのような思いも出てくるが、昔から自分たち一族に尽くしてくれているレイガルフのことを考えるとひとくくりにするのも申し訳ない。
五体のうち、一体が接近してきた。こちらとしての狙いは翼の付け根、鱗が無く、皮膚が柔らかいところを狙う。一体に集中していると他がおろそかになる可能性もあるため、最低限の動きで行動を封じなければならない。地上では烈が待機しているので、飛行能力さえ封じれば後は彼がどうにかしてくれるだろう。
故にレイアは左手のリュミエール・アージェンクに魔力を流した。
魔流活術、錬装。
魔流活性の応用技で、身体に装備している武装に魔力を流し込み、切れ味や強度を補強する術だ。リュミエール・アージェンクであれば素の状態でも竜鱗も斬れる筈だが、念には念を入れる。
「まず一体――」
そのままの軌道ではワイバーンと激突する――その直前ぎりぎりにレイアは横に回転、ワイバーンの身体すれすれを飛ぶ形を取る。同時に翼の付け根を回転の勢いを利用して叩き斬る。
「――!!!」
『――烈、一体落としたからお願い!』
片翼をもがれた竜が悲鳴とも言える咆哮をあげながら地上に落ちていくのを確認してから、次の目標を捉えようとした時だ。
「っ!?」
別のワイバーンが既に目前に迫っていた。こちらを牙で噛み砕こうとしたワイバーンだが、
「させないわよ!」
レイアと同時に空に上がっていたリナの攻撃でワイバーンが横に吹き飛ばされる。
『ありがと』
『油断しないで――ください、今のも吹き飛ばしただけです』
了解、とリナに並んだレイアは残りのワイバーンを見る。
一体を撃墜、もう一体が吹き飛ばされたこともあってか、こちらを単なる獲物ではないと認識したようで、空中で位置を変えずにこちらを威嚇している。
炎とか吐くんだろうか、とこちらとしても警戒を強める。
そこに、先ほどリナにより吹き飛ばされた一体が合流しようとしていたときだ。
「ギャッ――!」
ワイバーンの胴体が何かに穿たれた。いや、貫通した。
そして一瞬遅れて、バーンという音が周囲に響き渡る。
『……え、何?』
『これは……!』
何が起こったかわからないレイアとワイバーンに対し、リナが驚きの声をあげる。
その直後だった。
「――オプスキュリテ・エテルナフィーア!」
声と共にレイアたちよりさらに上空から何者かが接近――否、落下してきた。
その者は右手の剣で動きの止まったワイバーンを両断した。すると二つに分かれたワイバーンの身体が自然落下すると共に、ぼっ! と発火した。
燃え落ちるワイバーンの身体に対して、両断した者がこちらと同じ高さまで浮上してきて、口を開いた。
「……何やってんだリナ、こんなところで」
本日二度目のやり取りをすることになった。
●●●
リナは自分の名を呼んだ者をみた。
橙色の髪に紅色の瞳を持った少年だ。彼は今、自分や隣のレイアと同じ高さで滞空しており、三体のワイバーンに背を向けている。
その隙をワイバーンの一体は見逃さなかった。少年の死角から猛スピードで接近する竜は、しかし、
『――!』
瞬間、ワイバーンの頭部が撃ち抜かれ、吹き飛ぶ。
完全に振り返らずに横目でそれを見た少年は笑って言う。
「……はっ! ユーのやつ絶好調だなー」
右手の赤と黒を基調にした剣を肩に担いだ少年は残りのワイバーンに視線を向けた。
『……で、お前らはどうするよ? 別に相手してもいいけど』
口ではなく、魔流通話で話しかける。その言葉をワイバーンが理解したのかはわからないが、
『――――』
一度咆哮して方向転換した二体の竜はそのままこちらから遠ざかった。
「……賢明な判断だな。言われる前に判断すればもっと良かったけど」
ワイバーンの後姿を見ながら言った少年は再度こちらに向き直して、
「で、何してんの?」
頭にきたので、ストックスに何故か入っていたハリセンで少年の頭を引っ叩いた。
●●●
レイアは目の前で快音が鳴り響いたのを聞いた。
「痛ぇー! 何すんだよ!?」
抗議の声が上がるが、リナは容赦なくもう一発叩き込み、
「あんたと! 兄さんが! 勝手にいなくなるからよ!」
区切って強調するリナの顔が恐い。
見れば、少年は空いている左手で叩かれた頭をさすりながら、右手を下ろして言う。
「……と、もう大丈夫ぽいし、解除してもいいか」
言葉と共に彼の剣に変化が起きる。
基調の色から赤が抜け、形状も変わったそれは、
黒いリュミエール・アージェンク……。
刀身こそ黒に染まっているが、形状はレイアの聖剣とまったく同じ。
刀身の他に異なる点があるとすれば、鍔にある窪みの一つに赤い宝石が収まっている点だ。
「ということは、君が?」
レイアの問いかけに少年はこちらと、リュミエール・アージェンクをみて、
「……まぁ、そういうことだな」
にっ! と笑う少年は後方へと視線を向けた。
「リナも機嫌直せよー。ユーだっているんだしさー」
「まったく、後で兄さんにも文句言わないと気が済まないわ」
「大概にしとけよ?」
言って降下していく少年とリナに続いてレイアが降下する。
地上に降りると烈が待機していた。
彼は、最初に倒したワイバーン、燃え焦げたワイバーン、頭部を失ったワイバーンを一箇所に集めていた。
「レイア! リナ! ――アギトお前!」
「わー、ちょい待ち! タンマ! ステイ!」
アギトと呼ばれた少年は烈に迫られ、両手を前に出して制止した。
「――ったく、お前への説教は後だ。それで、他のワイバーンは撤退したか?」
「うん、アギトが追い払ってくれたよ」
「半分はユーの援護のおかげだけどな」
アギトは言って、空を指差した。
そこにいたのは、リナと瓜二つ、しかし髪がリナの蒼と反対の赤だった。
アギトにユーと呼ばれた少年は地上に降りると、
「レイア様、お初にお目にかかります。ユーシス・ウリュー・エンデシルトと申します」
丁寧なあいさつとともに、深々とおじきをされたレイアは最初に浮かんだのは、
――ん? リナのお兄さんだから男だよね?
今、目の前にいるのは少年というより少女に近い気がするが、それを察したようにアギトがユーシスの肩に手をかけて口を開いた。
「まぁ、わかるよーお兄様。ユーは『おとこのこ』というより『おんなのこ』だからな……見た目だけ」
言われ、ユーシスは嫌悪感をあらわす。
「また言ったな? これで撃ち抜くぞ」
ドスの利かせてアギトを脅すが、元々が高い声のため、そこまで威圧感が無い。
と、レイアはユーシスが両手で持つ武装に目を向けた。見たことが無いものだ。
「それが、さっきワイバーンを撃ち抜いた物?」
訊かれ、アギトを睨むのをやめたユーシスは頷き、
「はい。L7MS・ストライク、この馬鹿が改造した狙撃銃です」
銃というものはレイアも知っていた。魔力を使用しなくとも使える威力が高い遠距離武器だ。とはいえ、魔法があるレイ・ウィングズではあまり普及しておらず、実物を見たのは初めてだ。
武装としては威力が高いが、簡素なものが多く、ユーシスが持っているような精巧なものはレイ・ウィングズにはほとんど存在しないらしい。
「竜種の皮膚を貫くほどの威力はふつうの銃じゃ出ないがな」
烈が頭部の無いワイバーンに近づいていった。この狙撃銃から放たれた弾丸は皮膚の薄い頭部だけではなく、硬い竜鱗に覆われた胴体も貫通している。
並の魔法でもできないことができるこの武器は相手にとって脅威だろう。
「でもって、これを改造したのが俺こと、アギト・アジュア・レーベンケーニッヒでーす。よろしくレイア」
改めて自己紹介されたレイアは新たな仲間に対し、返答の挨拶をする。
「レイア・アジュア・レーベンケーニッヒです。一応旅の仲間なんだし、気軽にレイアって呼んでくれるとこっちも助かるかな」
レイアの提案にアギトは親指を立てて頷くが、ユーシスは顔を横に振り、
「いえ、レイア様は俺らの主君でありますし……」
「……いや、レイアの提案に乗ったほうがいいと思うな。旅の途中、人前で様付けで呼んでも変に怪しまれる。冒険者に扮するなら呼び捨てでかまわんだろう、幸いレイア自身が気にする性質でもないしな」
烈の説得に数秒考えたユーシスは納得したようで、
「……わかった。それでは、俺もレイアと呼ばせてもらう」
うんうん、と頷いたレイアはふと、視界の端に白いものがうつったようにみえた。
――うん? なんだかなつかしいものが……?
近寄ってきた。