7.出会い
レイアは空を見上げた。見えるのは、蒼い空、そしてその空よりも蒼い髪をもつ少女だ。
現在、自分たちは、魔力暴走を起こし身を燃やす魔物と対峙していたが、こちらが対処する前に圧倒的な水量をもって鎮圧された状態だ。
見上げ、雲が無いことをみると、やはり発生源は上空の少女だろう。魔法によるものだろうが、自分が今まで見てきた魔法よりも強力なものだ。魔法自体が強力な部類であるだろうがおそらく術者である彼女自身がかなりの魔力を持つことが伺える。
だが、レイアにとってそれよりも気になることがある。
――ちらちら見えるなぁ……。
こちらが見上げる構図なため、当たり前といえば当たり前だ。風ではためいている為、常に見える状態でない分、余計にどきどきするのはなぜか。
横、烈も当然同じものが見えるはずだが、下を向いてやれやれと首を振る動作を自然とやっているあたり、これが大人の対応か。
「……何でお前がここにいる、リナ!?」
リナ、と呼ばれた少女が上空からこちらの前にまで下降してきた。
上級風属性魔法、シエラリーベル。
飛行魔法だ。部類が上級なため、習得もなかなかに難しく、隠れ里で使える者もほぼいない、そんな魔法だが彼女はそれを簡単にやってのけている。
リナはこちらが誰であるかを確認すると驚いた顔で口を開く。
「聞いたことある声だと思ったら烈さんじゃない! なんでこんなところに!?」
「質問に質問で返すな……!」
烈の反論にもっともだ、と隣で思ったときだった。
「――!!!」
咆哮が響いた。聴いたことの無いものだが、その力強さは並の生物が放つものではなく、
「ちょっと、まだ追って来るの!?」
リナが振り返った先、少し遠い空に見えるのは、
「――ワイバーンだと!?」
烈の放った言葉にレイアは里にあった文献で読んだものを思い出す。
各世界にはドラゴンという生物が存在しており、当然このレイ・ウィングズにも存在している。魔物の中でも最上位種であるドラゴンは一体だけでも脅威とされており、数匹もいれば災害だと言っていい。
だが、空間魔力量の多い地にしか存在せず、人間が暮らすような平地などには表れることなどほとんど無い。
ワイバーンはドラゴンの中でも下位の存在であり、その力も上位のドラゴンとは比べ物にならないほど劣っているが、腐ってもドラゴンというべきか、魔物の中では上位種に相当する。平均サイズも三、四メートルほどと竜種では小さめだが、その爪や牙は脅威以外の何者でもない。加えて飛行能力を持っており、迎撃もしにくい相手だ。
それが今、こちらに向かってきている。数は五体ほどだろうか。
「なんであんなのがここにいる!?」
「いやぁ……山岳地帯を飛んでたら目をつけられちゃって――てへ?」
そんな可愛く言われても困るというかなんで疑問系なのかな、と内心で面識の無い少女にツッコミをいれたレイアはひとまずの対応を提案する。
「とにかく、逃げるか迎撃するか、どっちにするのかな?」
「飛べるリナならともかく、俺は飛行魔法なんてできないから迎撃の場合、役に立たないぞ」
僕も飛行魔法は最近やってないなぁ、と思った時だ。リナが手を上げて、
「そ、それならさっき上で――向こう側、キワル山のほうに洞窟っぽいのを見かけたからひとまずそこに避難するっていうのは?」
「今、森に戻ってもまたゴブリンとかち合う可能性も考えられるし、リナがここにいる理由も含めて情報を交換したいところだ。それしかないか」
「だね……えーと、リナさん? 案内頼める?」
「あ、うん。いえ、はい! こっちです!」
と、再度飛翔したリナが北に向けて飛ぶ。彼女を追う形で魔流活性による疾駆を開始したレイアと烈は魔流通話で、
『なんか可愛い娘だね』
『そうか? ……いや、そういう力なのかもしれんが』
『……?』
●
「とりあえず、お互い誰なのかわからないままなのも困るからそれぞれ紹介しておく」
避難した洞窟の中で最初に烈が口を開いたのをリナは見た。
洞窟は入り口が狭いが、光魔法で周囲を照らしてみると、中は意外と広い。
「リナ、こちらがレイア・アジュア・レーベンケーニッヒだ。わかってると思うが」
深く一礼をするが、出会い方がなかなかだっただけにばつが悪い。
「で、レイア。この娘だが……第一貴族のユーシスを前に話したな? その双子の妹でリナ・ウリュー・エンデシルトだ」
「よろしくお願いします……」
「よろしくねー」
手をひらひらさせながら笑うレイアとやってしまったという顔のリナを交互に見比べながら烈がため息をつく。
「ひとまず話を進めよう。簡潔に説明すると、俺とレイアは南のキュレン山のルートが諸事情で使えなくなったことを受けてキワル山麓――まぁここだが――を通って予定通りラインベルニカに向かってる途中、ゴブリンの襲撃を受けた。その後は撃退してるところに何故かリナがやってきたわけだが、それでお前はなんでここにいるんだ?」
簡潔な説明から流れるような問いに、リナが答えを作る。
「こちらも簡潔に答えるわ、烈さん。
……兄さんとアギトが我慢できずに抜け出したので追って来たの」
「――なんだと?」
当然の疑問の声にリナは、まぁそうよねー、と内心で思う。
当初の計画では、レイアを連れた烈がラインベルニカに向かい、そこでアギトとユーシスに合流、既に回収してあった火の守護宝石ともう一つの聖剣をもって各地を巡るために出発する、というものだったが、
「数日前に兄さんとアギトが守護宝石をもって黙って出発しちゃって。おそらく隠れ里に向かったと思うんだけど、どちらにしろ連絡のとりようも無いから私が追いかけてきたってわけ」
再度問われる前に、そう説明したリナの言葉に烈がうめきの声をあげる。
「よりによって守護宝石を持って・・・。
――主犯はアギトだろう?」
「正解……というか兄さんがそんな事提案すると思う?」
「思わんさ。何かあるならアギト絡みだろうと思っていた。
――というかユーシスはどうしたんだ、いつもアギトの暴走を諌めてるだろう?」
アギトがラインベルニカでジークフリートと馬鹿をやるときにはいつもユーシスが一緒にいるが、最終的にはユーシスのツッコミで鎮圧されるのがいつもの流れだということを烈は思い出す。
だが、リナが首を横に振る。
「今回は兄さんも同罪よ、おそらくこちらから里に向かうほうが時間の効率が良いっていうアギトの言葉に上手くのせられたみたい」
二人はため息をつくが、対するレイアは笑っている。
「なんだか楽しそうな人たちなんだね」
「笑い事か! 今後、お前を支えていく者たちなんだぞ……」
まぁまぁと、憤る烈を宥めながらレイアはふと思う。
「じゃあ、このままラインベルニカに向かったら無駄足ってことかな?」
元々、ラインベルニカまでの主要な目的の半分が守護宝石の受け取り、もう半分がアギトとユーシスとの合流だったわけだが、今そのどちらもがラインベルニカに存在しない。物資の補給などは大都市のほうが容易であるが、
「あいつらが隠れ里に向かったのなら俺たちも引き返すしかないだろう。リナがまだ追いついていないということは俺たちと行き違いになった可能性が高い。隠れ里からまた移動されても面倒だしな」
「――となると当面の問題はあれね・・・」
レイアと烈はリナが指差した方向を見る。洞窟の入り口だ。
中からでは外を窺うことが出来ないが、ワイバーン鳴き声が聞こえるのだ。まちがいなく、上空で待機しているだろう。かと言って入り口の反対側、洞窟の奥はすぐ行き止まりでどこかに繋がっている様子は無い。
となれば、ワイバーンたちが諦め、去ってくれるのを待つだけだが、しかし、
「いつ諦めるかもわからないし、そもそもアギトたちを見つけなければいけないことを考えると悠長にはできない」
烈が対策を思案しようとしたときだ。レイアが手を上げる。
「そもそもワイバーンって強いの?」
根本的な質問だ。
「強いといえば強い、下位種だろうと一応はドラゴンだからな」
「さっきのゴブリンウィザードよりも?」
「どうだろうな、強さの方向性が違う。あれは魔法を上手く使ってくるタイプだったが、対してワイバーンは純粋にその身体能力と飛行能力が特徴だ。
――正直に言えば、単体としての戦闘力なら俺たちのほうが上だ、おそらくな。だが、相性を考えるとロクに魔法が使えない俺は相性が悪い。レイアやリナは魔法が使える分、接近しなくとも戦えるからその点を考えると悪くは無い」
烈の回答に、レイアはなるほどなぁと、一つの納得を得た。その上で、提案をする。
「じゃあ、僕か、リナさん――リナって呼ぶね? リナが空中からワイバーンを地上に落とした後なら烈でも戦えるよね?」
リナはレイアの提案を聞いた。
……うわー。
難しいことを簡単に言ってくれる、と内心で唸る。
本来、ワイバーンは大都市規模の街の警備兵が、集団で一体を相手をしてどうにかなるかならないかの魔物だ。牙や爪の鋭さもさることながら、なんといっても飛行能力が目立つ。
以前、ラインベルニカ周辺の町に鳥類型の魔物が出たということで、その討伐にお忍びで同行したことがあったが、最初は慣れない空中戦に四苦八苦した。最終的に討伐は成功したが、地上での戦闘よりも被害が大きかった思い出がある。鳥類でそうなのだから、竜種だとさらに面倒だろう。
とは言え、リナ自身も先ほどの烈の言葉には同意であった。決して倒せない相手ではないのだ。
今回も集団のワイバーンを相手にするのが面倒なだけであったため、彼らの領域から離れれば諦めるかと思ったが、考えが甘かった。いや、それともこの辺り全域が彼らの領域なのかもしれない。
どちらにしろこの提案は、つまりはワイバーンを討伐するというものであり、原因を作ってしまった身としては拒否権は無い。それゆえ、
「数が多いけど、撃墜した後の処理をまかせられるならこちらとしてはどうにかできると思うわ」
竜種が持つ鱗は竜鱗と呼ばれ、一流の防具の素材として使われるほどの強度を持つため、リナの装備では致命傷を与えることは容易ではない。が、刀剣をもつ者であればそれも適わないことではない。
「よし、それでいこう。俺も出来る限りの支援はするが、きついと思うなら安全を第一に。わかったか?」
烈の言葉に頷くレイアを、リナは横目で見る。さらりと流れで言われたが、歳の近い男性に会って間もないのに名を呼び捨てで呼ばれた。兄やアギト、烈に名を呼ばれるときと違い、奇妙な感覚ではあるが、悪い気はしない。
なんだろうこの感覚、と思うが、レイアたちが入り口に移動したため、気持ちを切り替える。




