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4.追跡者との戦闘

 レイアと烈は疾走していた。魔流活性のよる高速の動きで、だ。

 普通の状態の人間が全力で走る速度の倍以上で逃走している二人だが、追手も着かず離れず追走してきていた。

 ゴブリン。

 レイ・ウィングズに存在する一般的な魔物であり、身体の大きさは成人男性の三分の一ほどしかないが、その素早さと集団行動が特徴であり厄介な点でもある。

 今も、二人を追うゴブリンは目視だけで二十体はいた。

 ほとんどが棍棒や鉈など近接武器をもった兵士のようだが、なかには烈の予想通り弓矢を持つゴブリンも確認できる。

 また空間魔力量が多い地域だからか、保有魔力も平均的な固体群よりもあるようだ。

 本来、魔流活性で逃走しているレイアたちの速度には普通のゴブリンではついていけない。レイアたちを追うゴブリンもまた魔流活性で脚部を強化していた。


「くそ!面倒だな!」


 時折、後方から飛んでくる矢を避けながら烈が叫ぶ。


「ここらは空間魔力量が多いから、最悪話し合いでも出来るかと思ったが無理そうだな!」


「ハイ・ゴブリンだったら、ってこと?」


 ハイ・ゴブリンとはゴブリンの上位種のことだ。空間魔力量の多い地域ではその豊富な魔力を取り込み進化した存在であり、言語を使用するなど文明レベルは人間に近い。一部地域では魔物と共生している町や村もあるという話さえある。


 だが今、レイアらを追っているゴブリンが言語と呼べるレベルの物を使用している様子は見られない。


「そうだ! この森だけでも相当広いからそれなりのコミュニティがあるはずだ。言語を持つ集団であればそれも広まっているはずだから共通意味認識の範囲内になるはずだ」


 『共通意味認識』とはレイ・ウィングズを含めた、複数の世界に共通で発動している魔法である。

 本来であれば、魔物の言語を人間が理解することはできない。

 しかし、この魔法の下においてはお互いの言語が異なっていても『聞こえた言葉』の意味が『自分の習得している言語の意味』に置き換えられて認識されるため、人間と魔物の交流が可能であった。

 レイアや烈はそれを身を以って知っている。隠れ里にも魔物が棲んでいるからだ。

 『レイガルフ』という狼型の魔物であり、里近辺の森で狩りをするときなどにいつも助けられたのをレイアは思い出す。

 彼らは元々から高い魔力をもつ種族であったが、過去に王族の危機を助けたことから王の加護を受け、さらに強力な種族へと変異した。以後、王族親衛隊の一派として活躍しており、その高い身体能力から繰り出される戦闘能力や魔流活性を用いた高速の移動による伝令など様々な役割をこなすなど、戦闘の面で大いに役立っていた。

 しかし、外見が通常の狼とは比較にならないほど大きいため、事情を知らない者がみたら危険な魔物でしかない。よって人目につく場所には出せないため、緊急時はともかく、通常の都市間の伝令には使用できず、『微妙に扱いにくい』というのが親衛隊隊長ガリウスの言である。

 今回の旅もレイガルフ一体を護衛につけるという案が一応は出たが、どうしても都市や町を経由することになるため、却下されたのだ。


 そしてこの『共通意味認識』は同世界の異言語だけでなく、異世界同士の言語さえも適用される。

 実際、レイアはレイ・ウィングズの一般的な言語しか使用していないが、烈は違った。彼は隠れ里では母親のヨウコの出身であるマザー・イニーツィオに存在する言語の一つを使用しているのだ。まったく異なる言語であるが、レイアと烈で意思疎通に困ったことは無い。それほど強力な魔法だ。

 もちろん例外も存在する。共通意味認識は前提として、それが『言語』になっていなければならない。故に、暗号などの、ある符号に既にある意味を割り当てるだけのものは影響下に入らないのだ。

 また、共通意味認識の影響下に入るほどの言語を習得していない場合、本来と同じように誰とも意思疎通はできない。そのため、何の言語も会得していない幼児などは影響下に置かれない。本来と同じようにその事象、物事の意味とそれに対応する言語を知ることで初めて魔法の影響下に入るわけだ。

 烈が言った言葉もこれについてだ。基本的にハイ・ゴブリンは知性が人間ほどになるとされ、言語を作り出す、または既にある言語を習得する。

 だが、今レイアたちを追うゴブリンは魔流活性をする知識や能力はあれど、武器を振り回して追いかけてくるだけである。


「高速で逃げる人間二人を追うくらいならそこらの動物を狩っていた方が楽だろうにな」


 けん制として後方にナイフを投げながら言う烈に対し、同じようにレイアも魔法を放ちながら答える。


「……まぁ、珍しい食材を見つけたとでも思ってるんじゃないかな?」


「俺たちの魔力が目当てなんだろうが、本当にいい迷惑だ」


 悪態をつく烈に同意するレイアは前方、進路方向の視界が徐々に明るく開けてきたのを感じた。

 森が終わるのだ。元々朝早くからこの森に入り、歩を進めていたのに加え、先ほどからさらに加速して森を横断したレイアたちは既に森の端に差し掛かっていた。

 烈の話ではこの先は草原が広がっており、迎撃するならばそこだろう。

 もっとも、ゴブリンがこの森を出てまで自分たちを追撃してくるかといわれれば、疑問である。

 ふつう、いくら『美味しい』獲物がいたとしても、ゴブリンが自らのテリトリーから出てまで追うことはない。それは知能の良し悪しではなく、生物としての本能に由来するものであり、何もゴブリンに限ったことではない。

 レイガルフなどの魔物の中でも大きな力を持つ上位種や本能が薄れていても知恵や道具で対処できる人間などの例外を除いて、自らの領域を出ることは死地に赴くこととほぼ同義なのだ。

 仮に自分たちを仕留めたとしてもイレギュラーが起こり、身の危険が迫る可能性があることを考えるとゴブリンも彼らの領域であるこの森の端かその周辺までしか追ってこないだろう。

 既に木々もまばらでもはや草原に差し掛かる一歩手前と言ってもいい。森林よりも足場がしっかりとしている草原であればゴブリンとの距離も開く。

 ……あとはこのまま逃げ切れば。

 そう思った瞬間だった。レイアはふいに、悪寒が走るのを感じる。

 そして見たのだ、前方の空間が揺らぐのを。



●●●



 「――烈!」


 あまり聞かないレイアの大声での呼びかけに、烈は返答としてさらに加速しようと踏み込もうとしていた足を急停止するための踏み込みへと変えた。

 いや、そうせざるおえなかったと言う方が正しい。視界に走りを止めたレイアが映ったからだ。

 せっかくゴブリン達が有利となる森林地帯を抜け、逃げることも容易い草原地帯へと入るこの時に何故足を止めるのか。

 レイアの真意を確認するため声をかけようとした烈は熱気を感じた。

 瞬間、つい先ほどまで自分たちが進もうとしていた方に炎の壁が出来上がるのを見た。


「そういうことか!」


 状況を理解した烈は踵を返すと同時に収納空間に手を伸ばす。

 掴むのは一般的にカタナと呼ばれる刀剣の柄だ。納刀状態で取り出された刀の鞘をそのまま左手に持ち、右手をあけておく。

 それから前方に追走してきたゴブリンたちを捉え、ちらりと横目で炎の壁を見る。

 高さが五メートルほどはあるだろうか。大きな半円状でこちらの行く手を阻んでいる。

 魔法だ。それも日常生活に使う弱いレベルのものではない、れっきとした攻撃魔法だ。

 中級火属性魔法、ブレンウォール。

 中級は七つある等級のなかで下から二番目にあたるが、全魔法の八割以上が下から三つ目の上級の枠に収まることを考えると、決して軽く見る魔法でもない。

 壁の高さ、形状は術者の操作と魔力量で変化するが、一般的な魔法兵士が使うブレンウォールが平均三メートルほどである事を考えるとそれなりの実力を持った術者だと考えられる。

 そして、加えて言うならば、これは明らかに自分たちを狙ったものだ。自分たちを援護するのであるならば、ゴブリンたちの眼前に壁を展開するだろう。ゴブリンらとの距離は開いているし、件の術者であれば、展開位置は狙い定めることが出来るはずだ。

 厄介だ、というのが烈の最初の感想だった。

 壁は横にも広く、地上を移動して逃げようにも必ずゴブリンたちとぶつかる。かと言って、魔流活性で壁を跳躍しようとすれば身動きの取れない空中で魔法の狙い撃ちにされるだろう。

 しかし、それゆえに対処法はシンプルだ。術者を倒し、ゴブリンを蹴散らす。

 幸いに、ここは森林を抜けたほぼ草原地帯だと言っていい。生い茂った木などなく、若く低い木が転々としているだけであるため、木の上から不意をつかれる心配は無い。

 ――まずは術者だな。

 そう思った烈は、口ではなく、脳内で言葉を作る。


『ブレンウォールの術者、特定できるか?』


 魔流通話(まりゅうつうわ)という、魔力を用いた念話の一種による問いかけに返答はすぐ返ってきた。


『……うん、ゴブリンたちの少し後方。隠れる気もない感じかな、魔力バンバン放出してるね』


 言われたとおり、ゴブリンたちのさらに奥を見る。

 いた。三体のゴブリンに周囲を守られており、レイアの言うとおり、魔力を隠す様子は無い。


 通常、だいたいの魔法は術者が行動不能になると効果が切れるタイプが多いため、術者は敵に位置を特定されることを嫌う。更に言えば、それなりの集中力が必要であるために前に出てこない。

 魔法使いが近接が苦手、という偏見が世間では流布しているが、それは大きな間違いだ。

 魔法が扱えるということは魔力操作が上手いということであり、結果として魔流活性も得意であることを示している。

 魔流活性による肉体強化は、基礎の身体能力に比例するので、身体を鍛えていなければ劇的に強化されるわけではないが、それでも魔流活性していない状態と比べると差は明確であり、下手に魔法使いに格闘戦を挑んで逆にやられたという事例も多々ある。

 また、魔法使いが魔法を安定させるために使う杖なども材質に拠るが、棍棒代わりに使えなくも無い。

 このようなことから世間には魔法使いを装って迂闊に接近してくる相手を近接戦で倒す戦法をとる者もいる。

 というか身近にいた。王族親衛隊の一人にして隠れ里の民であるバロックだ。

 以前、烈は模擬戦ということでバロックと戦闘をしたことがあるが、魔法使いと自称していたので、魔法を使われる前に決着をつけようと戦闘開始直後、いっきに距離を詰めたところ、いきなり格闘の構えを取って、


「はっはっはっ! 迂闊だなぁ! 烈ぅ! 若さゆえのあやまぐふぉっ」


 斬らなければいけない気もしたが、さすがにアレなので鞘でみぞおちを突いて黙らせた。

 その後、バロックはレイアとも模擬戦をしていたが、自分との戦闘を見ていたレイアにまったく同じ行動を取って同じ方法で対処されてるあたり、過去は忘れるタイプか、もしくはあの一連の流れが持ち芸なのか。

 このように、稀に姿を公然とするタイプの魔法使いは存在するが、詠唱の必要などの隙が出来る行動が求められることを考えるとやはり状況が変化する環境に身をおくのは得策ではないため、基本的に魔法使いは姿を隠すことが多い。

 だが、今自分たちを妨害している者は、護衛をつけている様子から察するに生粋の魔法使いだと推測できるが、姿を隠すわけでもなく、堂々とその存在を周囲に知らしめている。

 ――余裕って訳か……!

 甞められている。

 人間よりも魔力を多く保有する魔物のほうが、戦闘に関して言えば強力だ。さらにゴブリンは集団での戦闘しか行わないため、環境はともかく、この状況はゴブリンにとって得意とするものだ。

 なにしろ、こちらは二人、相手は前衛だけで十五体、飛び道具を持った援護兵が五体、件の魔法使いが一体と護衛が三体の計二十四体だ。数の利は圧倒的に向こうにある。

 さらに言えば、烈には気懸かりがあった。それは、魔法使いのゴブリンの大きさだ。

 ……ハイ・ゴブリンか!?

 遠めに見ただけであるが一般的なゴブリンの倍はあるだろうか。護衛のゴブリンと比べても明らかに大きい。

 魔物は種類にも拠るが、魔力量の多さで体格が変化する。

 レイガルフが良い例で、上位魔物である彼らは成長すれば、成人男性を背に乗せて疾駆できるほどには巨大であるが、他の狼型の下位魔物でそこまで大型なのはほぼ確認されたことが無い。

 ハイ・ゴブリンも例に漏れず、確認されたもので人間よりも少し小柄なぐらいまでになると言われている。そのことを鑑みると、今相対しているゴブリン・ウィザードはそれよりも小さめではあるが、条件を満たしていると言っても良い。

 可能性があるとすれば、ゴブリンの集団の中で一体が何らかの影響で特異進化した場合だが……。

 魔物は一般的な動物と違い、一代で種を進化できるようなので、あり得ない話ではないが、一体だけというのは引っかかる。


『レイア、あのウィザードだがハイ・ゴブリンの可能性がある。……が、状況が不透明だ。何か感じたらすぐ知らせてくれ』


『了解だよ』


『よし……。出方を見るのが良いかもしれんが増援や他にウィザードがいたら辛い。こちらから出て、ゴブリンどもを掃討、可能な限り早くウィザードを倒す。五秒後に動くぞ』


 横目でレイアの軽い頷きを確認した烈はゴブリンたちを正面に捉えなおす。

 今、ゴブリンたちは威嚇をしながらじりじりとこちらに近寄ってきている。すぐに攻めてこなかったのは、味方が出したものであるのに、こちらの背にある炎の壁に怯えているからだろうか。

 烈は深く息をついて、


「出る!」


 反撃の開始だ。


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