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11.茶色の鍋料理

『なんでだよ』


 ユーシスが、始まりの一言を魔流通話で言葉にする。

 出来上がったカレー鍋を前に、シエルと御者を除いた全員で緊急の会議が開かれた。


『いやー、本当は牛肉入れたかったんだけどな? 店においてなかったから仕方が無く鶏肉にしたんだよ』


『そういうことじゃない!』


 ユーシスと烈による同時の声がとんだ。


『これ、カレー……だよね? 昔、ヨウコさんが作ってくれたことあるよ』


 レイアはその鍋を前に、以前、烈の母が作ってくれた料理を思い出した。


『なんでカレーになっちゃったんだよ! 俺たちがいなくなる前は普通の鍋だったろ!?』


 ユーシスの疑問は当然であった。シエルと御者、烈、ユーシスで今後の日程などを確認するため、彼らは馬車のほうに一度席をはずしたのだ。そのときはまだ、リナが主体で鍋料理をつくる、ということになっていたはずだった。


『否、途中までは寄せ鍋風にする予定だったのよ? 出汁もちゃんとして。でも兄さんたちが離れた後、アギトが――』


『――いやぁ、具材みてたら久々にカレー食いたいなぁとか思っちゃって。で、手持ちにカレーのルーで賞味期限大丈夫なのがあったの思い出したから、そのまま入れちゃったわけよ』


『入れるなー!』


 結果が、今である。辺りにはスパイスのよい香りが充満しており、食欲を刺激される。


『あれ? でも、カレーってそもそもレイ・ウィングズにない料理だよね?』


 レイアの指摘通り、カレーという料理はレイ・ウィングズでは一般的ではない。指摘に烈が頷いた。


『ああ、カレーはマザー・イニーツィオ発祥だ。発祥というよりあの世界にしかないはずだ』


『……問題はそれだ。異世界、というのはマザー・イニーツィオほどではないが、レイ・ウィングズでもそれほど一般的ではない。本来、異世界との交流は中央政府の上級仕官以上や魔法学院に入学する相応の身分をもつなど、限られた者だけがするもの。ただの冒険者が異世界の料理なんて作るものか』


 烈とユーシスの言葉に、なるほど、とレイアは思いながら、しかし、

 ……あれ、それだとこれが異世界の料理だって知る人もそんなにいないし、シエルだって若いけど普通の商人で、異世界に通じてるような子でもないんだし、別にいいんじゃ――。

 真実をふと思うレイアだが、烈とユーシスが神経質なのだろうか。


『みろ! シエルがこちらをみて怪しんでるぞ!』



●●●



 シエルは眼前に出された料理を見て困惑していた。

 ――これは……、茶色ですねー……。

 リナとアギトが鍋のなかで、野菜や肉などを煮込んでいたので、今日は鍋料理と思いながら、今後の確認をするために席を外した。だが、先ほど戻ってきたら、嗅いだ事のない香りを出す茶色い液体に変貌していた。

 茶色、というだけであれば、珍しいにしても素材によっては出せる色ではあるが、汁物で茶色というものはほぼ無い。その上、さらさらというよりは、どろっとした液体で、

 これはもう、どう表現しても……。

 ちらっと、レイアたち一行をみてみれば、何か無言で目配せをしあっている。

 ユーシスと烈、リナが料理を見ながら険しい顔をしていたので、予想外の展開に彼らも困惑しているのだろうか。

 こちらの視線に気づいたリナが狼狽しながら言った。


「えぇと! ちょっと……珍しい料理だけど、ちゃんとしたものだから!」


 色のことでしょうか……。

 だが、確かに香りは芳ばしく、食欲をそそるものだ。


「あ、はい。そうですね。珍しい、というか初めて見ましたが、美味しそうな匂いですね」


「ほんとは米がありゃ最高なんだけどなー。ナンも無いし、今回は普通のパンで代用ってことで」


 この料理を作った当のアギトが各員の皿に具材入りの汁物をよそい始めながら言った。

 米、ですか……。ナンというのはよくわかりませんが、米は確かラインベルニカ周辺の一部地域で作られているはず。

 そう思ったシエルは、一つの結論を出した。それを確認するように、


「つまり……これは極東地域の郷土料理なんですね?」


「え? ――そ、そうよ! ただ本当に一部の地域でしか作ってないから、知る人ぞ知るって感じの料理なの」


「なるほど――。あ、ありがとうございます」


 アギトから皿を受け取ったシエルは一緒に渡されたスプーンを持った。

 せっかく作ってくれた郷土料理、食べないと失礼ですもんね。まだ色には抵抗ありますが――。

 

「――では、いただきます」


 シエルは覚悟をもって、ひとまず、具材とともに汁を掬い上げ、そのまま口に運んだ。

 ……これは――。

 美味しい、その一言だ。汁自体が強烈に味を主張している。が、具材の味を蔑ろにしているという感じでもない。逆に具材に汁の味が染み込んでおり、調和が取れている。汁がどろどろなため、口に残るが、それもまた後味を残し、この料理の特徴を主張しているといったところか。

 自分の右、御者も抵抗があったようだが、自分の反応を見て安心したようで、口に運んでいる。

 そしてふとシエルは気づくことがあった。


「香りからして少し辛そうなイメージがありましたが、そうでもないのですね」


 言葉に、アギトが右手の人差し指を立てながら言った。


「ん? あぁ、本来はすげえ辛いんだよ、これ。ただ、シエルとか御者のおっちゃんとか、初めてだろうしあんまり辛すぎてもきついかなぁと思ってだいぶ甘めに調整したんだわ」


「そうだったのですか。お気遣い感謝します」


 こちらへの気遣いに、感謝の意を述べる。

 それに対し、いいっていいって、とアギトが手のひらを向けてくる。それをなぜかレイアたちが半目でみていた。



●●●



『ほんとは甘口のルーしかなかったから甘いんだけどなー』


 魔流通話による副音声をきいて、一行は半目でアギトをみていた。

 シエルの正面、烈はカレーを食べながら、アギトに感謝の意を示す彼女を見て、


『お前、平然と嘘つくのは本当にどうかと思うぞ、人間的な意味で』


『なんだよ! 中辛とかだったらチョコとかいれて甘くしてたから結果嘘じゃねえよ! チョコ持ってねえけど!』


『じゃあ駄目だよ……!』


 皆の同時のツッコミにもアギトはめげる様子は無い。


『とはいえ、とりあえずは追求とかされずに済んだわけだね』


 レイアがそう言った時だ。シエルがスプーンをおいて、


「しかし、これほど美味しいならもっと広まっていいと思うのですが……。よろしければ作り方など、教えていただきたいのですが」


『――なかなか厳しい感じだね?』



●●●



 これだけ美味しいなら、商品化はできなくとも、自分で食べたり、お得意様に提供してもよさそうだと思い、作り方を聞いてみた。

 ……見た目はともかく美味しいのは事実ですからねー。

 だが、返ってきた答えは、


「うーん、教えたいのは山々なんだけど、俺も旅の途中で、これを入れれば良い、って言われたのをもらっただけだから詳しい作り方とか知らなくてなぁ。すまないけどそもそも教えるってレベルじゃないんだ」


「そうなのですか、残念です」


 アギトの顔をみるに、本当に知らないのだろう、それは仕方が無いことだ。



●●●



『今度は嘘ではないな』


 アギトの言葉をきいたユーシスが頷くのをレイアは見た。


『カレーってそんなに作るの大変なの?』


 レイアが見ていたのは、鍋の中にアギトが茶色の固形物をいれるところだけだった。それだけ見れば簡単そうに見えるが。


『さっきアギトが入れてたのがルーっていうんだけど、あれは元々、様々なスパイス――香辛料や原材料から出来てるものなの。さすがにレイ・ウィングズにそれらがあるかはわからないわ……』


『カレーってインド発祥だろ? こっちの世界だと……ここから北北東の位置、キワル大火山の西あたりにあるもん色々混ぜたらできるんじゃね?』


 キワル大火山の西地域となるとここから一ヶ月はかかる。

 だが、レイアとしてはアギトの言った言葉が気になった。


『インド?』


『あぁ、インドってのはマザー・イニーツィオにある国――うーん、まぁ地名みたいなもんだよ。くそ暑いところでなー、行った事無いけど』


 無いんだね……、と内心でツッコミをいれるレイアは、ふと思うことがあった。


『烈はともかく、アギトとユーシス――リナもかな。異世界、というよりマザー・イニーツィオについてくわしいんだね』


 アギトたちと合流してから一ヶ月ほど経つが、彼らから聞いた話は直近のことが多く、アギトたち自身のことはそこまで話題にあがらなかった。

 仲間、それ以前に家族、兄弟でもあるのだ。何でも知りたい、というのはデリカシーに欠けるが、家族としては知らないことが多すぎる。


『んー、そこらは追々、ウェルーに着いて落ち着いたら話すわ』


『――うん、わかった』


 今、無理には聞かない事にした。話してくれるというなら、別に隠すことでもないのだろう。ゆっくり安全なところで聞けばいいだけと思い、レイアはカレーを食べるのを再開した。

 その後、カレーがこびりついた鍋の後始末の大変さに一行が苦労することを知るのは数十分後の話だった。

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