10.商人少女
ユーシスは、空を見ていた。快晴だ。
レイア、烈、リナと合流した十一月から一ヶ月半が過ぎ、現在は十二月の中頃といった具合だ。
完全に夏季に入ったと言ってよい気温ではあるが、キュレン山麓を抜けてから街道に入ったことで馬車に乗れる機会も増えたため、炎天下に徒歩で移動しなくていいことは正直言ってありがたい、というのがユーシスの素直な思いだ。
自分たちが乗っている馬車は大陸南の最大都市ウェルーに直通のものであり、位置としては残り約三日ぐらいで到着するところだ。
彼らが三日前に乗ったこの馬車は大きいタイプであり、数人が乗って横になっても余裕がある具合だ。
横、アギトが昼寝をしているが、正面のレイアはその横で伏せているネインを撫でながら烈と世間話をしており、残るリナはと言えば、
――シエルと魔法についての談議か・・・
今、馬車に乗っている人間は自分たち一行と馬車の御者、そして紫の髪を持つ少女シエルだった。
自分たちがシエルに出会ったのは四日前のことである。
町間で丁度馬車が出ていない地域があり、次の馬車を待つまでの距離でもなかったため、足による移動で次の町を目指していたときに彼女に出会った。
魔物に襲われ、戦っていた彼女を助太刀したのが付き合いの始まりだ。どうやら同じ理由で次の町に徒歩で向かっていたようで、また魔物に襲われる危険も無くはないため、同行することになった。
道中、彼女から聞いた話では、シエルは十六歳にして商人をしており、ここ最近はウェルーを拠点にしているらしい。
だが、知り合いが病になったと聞いて、薬を届けるためにこちらまで来ており、その帰りに魔物の襲撃にあったということだった。
次の町に行けば知り合いの馬車を雇えるといったシエルは、自分たちがウェルーに向かっている事を知ると、御礼といってその馬車に同行させてくれた。
レイアや烈もシエルが危険ではないと判断し、特に断る理由も無いため、ありがたく乗せてもらい三日経って現在に至る。
シエルに同行し、その様子や話を聞くと驚くことが多かった。若くして商人をしているという話は本当のようで、立ち寄る町でも彼女を知る者は多く、誠実な商いをするということで人気を博していた。
さらに驚くのが魔法を得意としていたことだ。シエルは収納魔法ストックスを商品の保管に使用していたが、他の魔法も多く扱えるようだった。
ストックスはその性質上、商人には言葉通り魔法のような力である。
だが、分類は中級魔法となっているそれは、癖が強く、おいそれと誰もが使えるような簡単なものでもない。
今もリナと魔法について色々話している。リナは歳が近く、同じように魔法が得意としている同性と出会った事が無かったからか、シエルとよく話し、今では彼女と友人、と言っても差し支えないレベルにまでなっている。
「――兄貴としては、妹に友人出来て良かったってところか?」
横から声をかけられ、見るとアギトが昼寝から起きていた。
「まあな。今までの生活で同年代の友人なんてほぼできるような環境じゃなかったことを考えると、今のあの光景は正しいだろうさ」
小さく返したユーシスは、ただ、と更に声を小さくしてつぶやくように、
「親しくなりすぎて別れが辛くなったり、余計なことを喋らないかが心配だがな……」
『悪いやつじゃないだろうし、すべて終わったら会えばいいだけだろ。そんときはシエルが驚くだろうけどな』
あくびをしながら魔流通話に切り替え、ユーシスにしか聞こえないように言ったアギトは、今度は正面のレイアに声をかけた。
『レイアー、俺にもネインもふらせてくれ』
『アギト様! ネインは犬ではないのですぞ!?』
周囲、シエルや御者に聞こえないように調整した魔力通話で抗議しながらもレイアから離れたネインがアギトに近寄っていく。
対外的には犬ということで通している手前、ネインとはここ数日は魔流通話で話している。
ネイン自体はこちらが話す言葉を魔流通話でなくとも理解できるので、こちらがあえて魔流通話で話す必要は無いのだが、流れでついつい使ってしまう。
また、ネインと会話をする場合、魔流通話でないと犬と話す者と見られ、不審がられるので、魔流通話を用いるが、流れでそのまま使用していると、今度は無言で犬や他のものと見つめ合う人間と見られてしまい、不審な集団になるので注意が必要だった。
面倒なものだな……。
自分やアギト、リナが今までいた環境では、レイガルフもそうだが、それこそ自分たちを理解している人間がある程度を占めていた。かと言って、それに甘んじるつもりも無かったし、実際相応の立ち舞いをしてきたはずだが、いざ外に放り出されると大変という一言に尽きる。
ただ、楽しい、という実感もあった。
レイアが隠れ里を出たことが無いように、アギトやユーシスらもまたレイ・ウィングズを自由に歩いたことなど無い。
都市に篭っていては知ることが出来ない、体験することが出来ないことも多々あるだろうが、
俺たちの力がどこまで通用するか……。
強くなるために、今まで努力はしてきた。が、世界は広い。世の中には自分の思い至らぬ強さを持つ者もいるだろう。
こちらが負けることは許されない旅ではあるが、吸収することは多い。
なにより目標がレイ・ウィングズで最も強いといわれていた父を殺したアーインスキアの王だ。
この先、敵対していく中で、かの王とはどこかで必ずぶつかるだろう。そのときまでに父を超えた力を持ち、父の分も含めて返礼する。それが、幼い頃、父が死んだことを話す母の顔をみたときから思っていたことだ。
「……あんま気張りすぎんなよ?」
ネインとじゃれていたアギトがこちらを見ずに言った。
「――俺がしっかりしていなきゃ、お前がまた馬鹿するからな。気張りもするさ」
言って、ユーシスはまた空を見上げ始めた。
●●●
シエルはリナの話を聞いて、感心していた。
リナより若い自分が言うのもなんではあるが、リナは成人前であるというのに、よく魔法のことを学んでいる。それこそ、異世界にある魔法学院ステラリベルスで学ぶようなことをだ。
誰か師にあたる人はいるのか、と訊いてみれば、
「あー、まあ。いろんな意味ですごい先生はいるわ。最近は教えてもらっては無いけれど」
微妙にごまかされた気がする。あまり詮索もしないほうがいいだろうと思って、そのことはそれ以上聞かなかったが、少なくともリナが師事するだけの実力者であるのは確かなのだろう。
というより、シエルからしてみれば、この集団が特異の様にも感じた。
全員がそこまで歳を重ねてもいないのに、力を持っているように見える。最初に助けてもらったとき、すでにその戦闘力は見ているが、
――何者なんでしょうかねー?
気にはなるが、詮索は出来ない。こんな時代だ、様々な事情を抱えたものはいる。加えて、自分は商人だ。情報は商品そのものにもなるが、余計な詮索をして信頼関係を失えば、無駄に敵を作ることになるし、客商売をしている身としてはそれは避けたい。
そもそもシエルとしても彼らを詮索する気はなく、友好関係を維持したい、と思っていた。それは、出会いで助けてくれたことなどもあるが、数日一緒に過ごしてきて思えたことだ。リナとは友人、という間柄にもなれた気がする。
これでも人を見る目は自信ありますからね……。
商人なんて関係なく、付き合う人間を見る力だけは身につけておけ、と口うるさく師匠に言われたものだ。おかげで、危険だと思える話には巻き込まれていない。
油断だけはできないが、少なくとも、リナたちがこちらに悪意を持って近づくような人間とは思えない。
「――どうかした? シエル」
リナに声をかけられ、はっと思案から戻る。
「……いえ、今日の晩御飯はどうしようかなぁと考えてただけです。今日中に次の町までは着かないと思いますので野宿になるかな、と」
「そういうことね。なら私に任せてもらっていいかしら?」
「いいのですか? 一応、私のほうでも皆さんの分を賄えるだけの備蓄はありますけど……」
「いいのいいの。だいたい、私たちの分ってシエルの商品から削るってことでしょ? ウェルーまでの馬車に乗せてもらってるんだから、少しはお返しさせて」
リナの言葉にこちらのやり取りを聞いていたアギトが会話に参加してきた。
「お? じゃあ俺も料理しちゃおっかなー、丁度前の町でいろいろ素材買ったし」
アギトの一言にレイアが反応した。
「今夜はアギトとリナのコンビ料理? 二人ともすごい美味しいのつくるからすごいことになりそうだね」
「そうなのですか?」
レイアの言葉にシエルは驚く。
リナはともかく、アギトまで料理が出来るとは思っていなかった。アギトは容姿、雰囲気的に一行の中で、最も家庭的という言葉から離れているように見えるからだ。
こちらの、意外だ、という表情が読まれたのか、
「小さい頃に少し興味もってなー、今じゃ趣味の一つだぜ」
「こいつの腕に関しては本物だ。リナもいるし、きちんとしたものができるはずだ」
レイアに続いて、烈も言うのであれば、本当なのだろう。
だからシエルは頷いて、
「……では、今夜はお願いします」
夜になり、皆の前にアギトとリナが作った料理が出された。
鍋料理だった。