閑話~蜘蛛の足跡~
ドマ・アルテフがアープラグでギルドマスターになったのは7年前。A級の冒険者として名前を売りアープラグで根を張ってから、それなりに苦労をしてきたつもりであったし、ある程度は上手くやってきたつもりでもあった。
街では権力者として力をつけて、自身で使える駒も勿論持っていた。
それなのに街中を走り回るような事になってしまったのにはもちろん理由がある。
本当に至極単純に。
使える駒が、すべて無くなったからだ。
謀略的な意味を持たず、完全に物理的な意味で。
状況はまさしく壊滅だった。
アープラグを根城にするC以上の冒険者が一夜にして排除された。
あるものは焼け焦げてバラバラに、あるものは穴という穴が塞がれて。
どれも酷いものだったが、いつかA級にあがるだろうと噂されていたパーティーが全員一緒に『丸められて』いる様は久々にドマを震え上がらせた。
普段なら一番に聞き付ける女が現れないこともドマの不安を掻き立てた。とにかく厄介な女だが、その女がアープラグを拠点にして以来。
耳聡く、良いも悪いも嗅ぎまわっていた存在であり、それで回避できた事態も多かった。
だからこそまず、ドマはその女を探すことを選択した訳だが、まるで足跡が辿れない。
ドマが貸した金を女から取り立てようとしていた時もそうだが、普段から足跡が多すぎるのだ。
飯屋で見かけたと言われて行ってみれば、風呂屋にいたといわれ、行ってみれば別な場所にいる。
情報屋として脚で稼ぐようなタイプでもないはずなのに、とにかく尻尾が掴めないのだ。
上手いこと捕まえる事が出来るとして、毎度、必ず、その女の都合の良いように事態が動いていて、言われるのだ。
「利子分は働いた、酒をくれ」
ほとほと困った人間だが、酷く有能で扱いに困る。
そういった女だった。
「まさか、やつまでやられたんじゃないだろうな」
走り疲れ、水を飲んで、息を整えてから最悪の事態を想定する。
一昨日、運の良いことに女を捕まえた時。
この国では珍しい獣人を連れた子供たちに、ドマは出会った。
借金の取り立てをその子供にすがりつく形で乗り切られ、つくづく運の良い女だと思っていたのだが、その子供の片割れ、白髪の美少女に偶然出会い、居場所を聞いたが手懸かりもない。
そろそろ軍も動き出す頃合い。
それまでに手札を増やして起きたかったドマとしても、不本意な結果が見えていた。
「軍に借りなんて作りたくないってのに…………」
苦々しく、口から出た言葉を髪を掻きながら、すりつぶしていく。
「もし、そこの人よ。失礼する」
「ああ?」
イライラしながら、声の主を見れば、そこにいたのは銀色の髪に紅い瞳を持った女。さらによく見れば、長い尻尾に僅かに見える鱗。
「蜥蜴族……?」
ドマが呟いたのは獣人が珍しい連合でも、さらに珍しい種族。さらに言えば、人よりの姿を持っていることは殊更に稀だった。
言葉を聞いた女は少し眉を潜めたが、浅い溜め息をついて、すぐに話始める。
「すまないが、街の上役とお見受けする。主を探しているのだが、聞いてくれ。猫耳で豊満な乙女、黒髪で美しい少女、白髪で逞しい少年の一行に覚えはないだろうか?」
「は?ああ、あるな」
一人ばかり、認識の誤っている人間がいるような気もしたがドマは答える。
「本当か?どちらにいるか、わかるだろうか?」
少し女の声が上向いたところで、ようやくドマの直感が働く。
「教えてやってもいいが」
「悪いが、その方についていく気はないぞ」
紅い眼の女はドマが言い終わる前に即答し、それとなくドマは武器に手を掛ける。
「そりゃまた何で……?」
「私の白い主に会いに行かねばならないからだ。その方に構ってやる時間はない。情報をくれ」
「ムシが良すぎだろう」
「金か?悪いが持ち合わせがない」
ドマの中でイライラが募り始める。
どうしても、目の前にいる紅い眼の女が何かを知っている気がしてならなかった。
武器を抜こうとして、すぐにやめた。
「その方、利口だな」
紅い眼の女が少しだけ笑った。
その顔を見て、ドマの体から汗が噴き出す。
現役時代、上位の魔物と出くわした時ですら感じなかった命の危機を感じていた。
「それにしても、この街。一夜にして、血生臭さが増したな。我が主の行方も……、いや、主ならば無事だろうが」
「なん、なんだ?お前が、やったんじゃないのか?」
ドマの絞り出すような声を鼻で笑い、紅い眼の女は言った。
「興味が無い。特に、そういったものを主は望まない。しかし、ああ……。逆にそういうものに愛されているとも言える……。なら、そちらに向かえば良いのか」
「いったいなんの話を……」
「時間をとらせたな。もう、その方から情報は求めぬ。ではな」
一方的な話は終わり、紅い眼の女の後ろ姿が見えなくなる頃。
ようやくドマが武器から手を離す。
走り回っていた時よりも疲労感が大きく、そのまま地面にへたりこんでしまう。
そうして、目線が低くなった時。
紅い眼の女が立っていた場所に一枚の鱗を見つけた。
銀色に輝くそれは、ただの蜥蜴族のものではないことを先程の体験も含め思いしる。
この案件を、これ以上自身だけに留めるのは命に関わる。
ドマの錆び付いていた感覚がようやく滑らかに動き出した。
次に彼が向かうのは軍の詰所。
もしくは街の議会所だ。
今、得た情報。
紅い眼の女と白い逞しい少年とやらの情報がどれほどの意味を持つのかを、重い脚を動かしながら、ドマはゆっくりと考えていた。




